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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十六話 暴風が如く(9)

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   ◆◆◆

 声が聞こえた。

“起きなさい”と。

 それは自分がよく知っている者のように思えた。
 そしてその声に従わなくてはならないように感じた。
 そして声は続いた。

“あなたがあれを止めるのです”と。

 何を止めるのか、それすらおぼろげであったが、不思議とそれは確かにその通りであるように思えた。
 だから飛び出した。光差す空洞に向かって。
 そして気付けば、自分の前に、その光の中に母が立っていた。
 だが、生きていたのですね、良かったなどとは言えなかった。思わなかった。
 なぜなら、

“あれはもう私ではありません”

 と、声が響いたからだ。
 そしてその声は直後に大きく鮮明に変わった。

“だから、あなたがあれを倒すのです、リックよ!”と。

 内側から響いた母のその叫びに、リックは、

「雄応ッ!」

 同じ叫びを部屋に響かせて応え、そして構えた。
 そしてその気勢に突き動かされたかのように、目の前にいる母の残骸も構えた。
 奇しくも、いや、当然と言うべきか、二人の構えは鏡合わせであった。
 そしてその瞬間、ルイスは感じ取っていた。
 女が戦闘用の人格を咄嗟に作り上げたのを。
 しかし急ごしらえ。
 ゆえに、シャロンの記憶と結合出来ていない。そも、シャロンという人格がまだ完成していない。
 だから混沌は別のものを使った。それが一番手っ取り早かった。
 それは女の戦闘技術の基本になっているもの。
「あの男」の人格を基本としたもの!
 ゆえに双方の構えは、その形は鏡合わせ!
 しかし一つだけ違うところがある。
 リックの両手が握り締められているのとは対照的に、女の形は開手。
 つまり、これはただの同門対決では無い。
 新旧対決である。
 多様化し、そして複雑化した古き技か。
 それとも、動作が少なく隙の少ない技のみに絞り、その錬度を極めることを重視した現代の技か。
 どちらが強いのか、それを決める戦いなのだ。
 だが、まだ女の人格は不完全。
 ならば、今仕掛けるしか無い!
 ルイスはその思いを、

「攻めろ! リック!」

 叫び、そしてリックは、

「疾ッ!」

 踏み込んだ。
 そしてこの動きも鏡合わせ。
 リックの革靴が地を打った乾いた音と、女の左足の義足による金属音が寸分違わず重なる。
 そしてぶつかり合う二つの影。
 いや、ぶつかったというよりは、互いにいなしたという様相。
 リックが放った右正拳突きを女が左手で受け流し、同時に女が放った左義足によるすね蹴りをリックは右に体を流して避けた。
 そして両者の影は勢いのまま交錯。
 この初手は互いに様子を見るためのもの。
 そしてリックが右に体を流したのは、左義足による足払いを避けるためだけでは無く、右手による迎撃、または反撃を警戒してのものであった。
 しかし女の右手は動かなかった。
 なぜか。
 直後にその理由が女の中から響いた。

「深く切られた右腕の反応が鈍い」、と。

 その声が響き終わるよりも早く、

「神経の多くが切れている。手先まで信号がろくに届いてない」

 誰かが反応し、

「ならば、アランの真似をすればいい」

 誰かが答えを響かせた。
 開手であった理由の一つはこれ。まともに握れないからだ。
 そしてそれら三つの声はわずかな遅れをもって重なり、下手な演劇のように響いた後、即座に実行に移された。
 女の脳から仕事を割り当てられた虫達が飛び立つ。
 その情報をルイスから受け取ったリックもまた、同時に動いた。
 女の右腕側に回り込みながら一気に間合いを詰め、左拳を一閃。
 右腕の不能を突く一撃。
 これに対し、女は半身ずらしながら後退。
 しかし間合いはほとんど離れない。アランの時のような機動力の差があるわけでは無い。
 そして再び女を射程内にいれたリックは両腕の中で星を輝かせ。

「でぇりゃ!」

 気勢と共に右の閃光を繰り出した。
 半歩後退してこれをかわす女。
 食らい付くようにそれを追いかけ、今度は左を放つリック。
 そして立て続けに、

「りゃりゃりゃりゃぁッ!」

 踏み込みながら突き、突き、突き。息もつかせぬ連打。
 だが一発も当たらない。
 女の息が触れるところまで拳骨が近付く。
 しかしそこまで。届かない。
 なぜか。
 その回避の秘密を、リックは感じ取っていた。
 女の意識の線が自分の足と背中、そして肩にだけ向いているのだ。
 リックが踏み込んだ分だけ、女も同じく後退する。
 リックが背中を前に倒した分だけ、女も同じく背をそらす。
 リックが肩を前に入れた分だけ、女も同じく上半身を捻る。
 そして関節でも外さない限り、腕が長くなることは無い。
 間合いを完全に見切られている、それを察したリックは、

(では、これなら!)

 体当たりの要領で深くねじこむ、その意思を力と共に込めた左拳を脇の下に置きながら、重心を下げた。
 背中反らしで回避されないように、狙いは、

(そこだ!)

 女の右脇腹。
 視線と意識をそこに集中させる。
 虫が取り付き、作業を始めているが、女の右腕に魔力が通り始めた気配はまだ無い。
 ならば、回避されることはあっても、受け止められることは無い、リックはその確信とともに地を蹴った。
 これに対し、女は大きく後退しながら構えを「片羽の構え」に変えた。
 それを見たリックは、

(そんなもの!)

 ねじ伏せる、という気迫を女に叩き付けた。
 その気迫に虚勢の色は一切無かった。
 なぜなら、軸足が義足の方だったからだ。
 金属の足で踏ん張れるほど自分の拳は軽くない、その自信がリックにはあった。
 そしてリックはその自信を証明せんと、勢いを乗せた左拳を放った。
 避けなければ体が衝突する勢い。
 されど、女は微動だにしなかった。
 そして、リックの拳が右脇を守るように構えられた女の右足に触れかけた瞬間、

「!」

 突如、女は右足を下げた。
 まるで右脇にリックの拳を迎え入れるかのように。
 何を――その答えはルイスの高速演算を通じて示されたが、時は既に手遅れだった。
 もう拳を止められない。軌道を変えるのも間に合わない。
 成す術も無く拳が誘いに吸い込まれる。
 そして直後、女は右脇へ真っ直ぐに進むリックの左拳に向かって、右肘を振り下ろし、同時に右膝を上げ戻した。

「ぐぅっ!」

 女の肘と膝に挟まれた手首から「ミシリ」という音が響き、そして生じた重い痛みにリックは思わず苦悶の声を漏らした。

 女は、「偉大なる者」は事前にこれを考えていたわけでは無かった。
 これは全て反射によるもの。思考は直前。はっきり言えば咄嗟の思いつき。
 そうだ。「偉大なる大魔道士」もリックと同じなのだ。本能が行動権を強く握っている性質(タチ)なのだ。思考が極端に短く、動作に移るまでが速いのだ。
 なんと似ている二人。
 されど微妙に違う。左右の向きだけが変わる鏡合わせのように。右足を出せば相手は左足を出す、二人はそんな関係なのだ。
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