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サナの今後

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 トリスタンとの距離感はなかなか掴むことができずに、いつのまにか彼が王立学園に入る時を迎えた。
 トリスタンは、王立学園に向かうその足で、私のところに最後に挨拶に来てくれた。

「行ってくるよ」
 
 こんなにも、彼と離れ離れになることなんて一度もなくて、寂しさ、不安、焦り、色々な気持ちが心の中で渦巻いて私は今にも泣き出してしまいそうだった。
 けれど、私は教え込まれた淑女の仮面を被り涙を我慢した。
 トリスタンは、寂しそうというよりも腹痛を我慢しているような顔をしていた。
 意外と彼は平気なのかもしれない。
 
「トリスタン、なんか、凄い顔してるわよ」
「お嬢様、寂しくて泣きそうなのを堪えている顔なので、あまり突っ込まない方がよろしいかと」

 サナの補足説明にトリスタンの顔を見ると、確かに両目が少しだけうるうるしているのが確認できた。
 自分だけ寂しくなくて、お互いにそう思っていてよかった。
 
「な、なるほど」
「サナ、余計な事を言うな!間違ってないけど」

 トリスタンは、否定せずにそれを認めて、余計な事を言うなとサナに怒り出した。
 
「間違ってないんだ」
「ポーリーンとしばらく離れ離れになるんだぞ、寂しくないはずがないだろう」

 照れながらもすんなりと認めてしまえるトリスタン。
 私なら、強く否定してへそでも曲げてしまいそうだ。
 
「そ、そっか」

 トリスタンの勢いに気押されていると、突然視界が暗くなった。
 トリスタンが私に覆い被さって、というよりも抱きしめられていたのだ。
 もともとトリスタンの背は高かったが、身長差が前よりも出たような気がする。
 体つきも前よりも前よりも大きく逞しくなった。
 トリスタンは、少しずつ大人になっていくのだ。私の知らないところで……。
 そう思った瞬間に頬に柔らかな感触がして、私は驚いて固まった。
 
「……!」

 何をされたのかすぐにわかった。頬にキスをされたのだと。
 見上げるとトリスタンは、顔を真っ赤にさせてそれはもう恥ずかしそうな顔をしていた。
 私と目が合うと、嬉しそうに目を細めた。
 そこには、確かに大切な宝物を見るような、慈しみに満ちた優しさがあった。
 
「行ってきます」

 トリスタンは絞り出すようにそう言って、ふたたび私を抱きしめて、今度は額に口づけをして行ってしまった。
 私はしばらく呆然として突っ立っていると、私たちのやりとりをバッチリと見ていたサナが吐き捨てるように呟いた。

「……あの男、意外と手が早いから気をつけた方がいいですよ」

 トリスタンの事を少し酷く言いすぎではないか。

「雇い主のことをそんなふうに言ってもいいの?」
「私はポーリーン様一筋ですから、そういうの気にしなくていいです」

 とても雇い主に向ける言葉ではないので窘めると、どうでもよさそうな顔をサナはした。

「いや、気にした方がいいわよ」

 彼女の今後が心配になってしまった。


 

 
 
 
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