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第4話 駆け出して

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 量販店に行くよ、と言うと衣真くんは目を丸くした。
「古着じゃないの?」
 日本一の古着の街・下北沢に集合させられたからには、当然の疑問だと僕も思う。
「トップスはまず新品を見てみたいかな~。衣真くんはきちんとした印象だから、上だけでもぱりっとしたのを着ておいた方がいいかも」
「ほほう~! 理屈があるんだね」
「ファッションにも理屈があるんです」
 わざとむつかしい顔で言うと、衣真くんはケラケラ笑った。そういうあけっぴろげな笑い方を見るのは初めてじゃないけど、僕と二人きりのときにも見せてくれるのがなんだか嬉しかった。
「伊藤くんはおしゃれさんですごいねえ。どうしてそんなにおしゃれなの?」
「あー、母の仕事がアパレル系で」
「そうなんだ! その影響で好きになったんだ」
「そうなんだよね」
「素敵だなあ~」
 雑談を交わしながら量販店のメンズフロアに到着し、まず目をつけておいた商品を見に行く。
「これとかどうかな?」
 リネン混の、襟なしのバンドカラーシャツだ。シャリっとした素材で、織り目が風合いを感じさせる。数色から、まずはアイボリーを手に取った。
「へえ~! こういうデザインを着てみようと思ったことがなかった!」
「どうかな~……」
 衣真くんにハンガーを渡して、肩に当ててもらって二人で鏡を覗く。
「このシャツを選んだ理屈は?」
 理屈から知りたがるところに、ふふっと笑ってしまった。聡明な理論派の衣真くん。やっぱりバンドマンじゃないんじゃない?
「衣真くんは今日みたいなきちんとした服が似合うから、それをお相手に合わせて少しカジュアルにしたいんだよね……。襟なしにして、素材もシャリっとさせたらいい塩梅かなと思ったけど……」
「ちょっと違ったんだ」
「うーん……衣真くんは気に入った?」
「ぼくは気に入ったな。こういう素材の服を持ってないから。デート用じゃない服として買おうかな」
「それはありだね。こういうの涼しいし」
 それなら、と別の色も試してみる。衣真くんは薄くて淡い色が似合うから、結局最初のアイボリーが一番似合うということになって、一旦その服からは離れた。
「難しいな……」
 僕は手を顎に当てて店内を歩き回る。こんなに真剣に、衣真くんにお似合い「じゃない」人とのデート服を探している自分に呆れてしまう。
「さっきのは何が違ったの?」
 ほら、衣真くんはいつだって理屈が知りたいんだ。あのバンドマンは、衣真くんの尽きない好奇心に応えられるの?
「素材と襟の形と、あとぶかっとしたシルエットの3点が全部カジュアルだから、カジュアルすぎたんだよね。もうちょっときちんと感のある方が似合うんだよ……」
「『きちんと感』!」
 衣真くんは目を輝かせて、今にもメモを取り始めそうなくらい真剣に僕の説明を聞いてくれる。かわいい。
 それにしても、さっきのシャツが本命だったから難しい。フリマアプリで未使用のブランドものTシャツを買う方がきちんとして見えるかな? でもTシャツなんて一瞬で脱がせられちゃうじゃん! ダメです! ダメ! ボタンがたくさんついたシャツじゃないと……。
 あれ……今、僕、バンドマン視点とはいえ衣真くんの服を脱がせる想像をしてしまった……!?
「……? 伊藤くん?」
「アッ、いや、ナンデモナイデス……」
「『きちんと感』とはなんですか? 先生」
 肩のあたりで軽く挙手して質問された。かわいい。バンドマンが「かわいいな」って思う気持ちはすごくわかってしまった。
「基本的に、スーツに近い方がきちんとしてるってことになってるんだよ。襟があって、ぶかぶかしてなくて、ハリのあるワイシャツみたいな素材で……」
「なるほど! あれはどうですか」
 衣真くんが指差した半袖シャツは確かにいい感じだった。レギュラーカラーだけど少し襟が大きめで、素材はワイシャツのようにハリがあって、五分丈の袖はワイドだけど身ごろは比較的ストンとしたシルエット。
「いいねえ~!」
「いいですか、先生」
「いいですよ! 衣真くんは気に入りそう?」
「袖がいつもと違ってなんかおしゃれな感じでかっこいいと思う!」
「試着してみよ。何色がいい?」
 キャッキャッと色を選んで、ライトグレーのSとMを試着して、Sの方がシルエットがきちんとしていたからそちらを勧めた。衣真くんは嬉しそうにレジから出てきて、「ありがとう」と言ってくれた。
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