振り向いてよ、僕のきら星

街田あんぐる

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第4話 駆け出して

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 どうして、衣真いまくんはこんなに人のいる世界で、一番にぼくの目に飛び込んでくるんだろう。

 休日の下北沢駅の改札を出て、待ち合わせの人たちの奥をふっと見たらそこに、明るい笑顔の衣真くんがいた。衣真くんが身体の脇で小さく手を振るものだから、「かわいい」と口をついて言いそうになった。
 そこから一瞬遅れて思考が追いついてくる。今日は衣真くんが、衣真くんの好きな人と会うときの服を選ぶ手伝いをするんだって。
 バンドマンが好きなんだって。お相手のSNSも見たけど、チャラそうな人だった。誰かを大切にできるのか怪しい、そんな格好をして、そんなSNS投稿をして、そんな歌を歌う人。でも衣真くんはこの人が好きなんだ。
「伊藤くん。こんにちは。今日はありがとう」
 僕が手を振り返したら、ぱたぱたと駆け足でこちらへ来てくれる。衣真くんはデートの日にもこんな風に駆け寄って、「こんにちは。今日はありがとう」ってこんな笑顔で言うんだろうか。それとも、好きな人にしか見せない顔が、あるんだろうか。
「こんにちは。いやいや、衣真くんの服を選ぶなんて、楽しみだから」
 僕はなんにも気にしてないみたいな顔で、モヤモヤと心配な心を隠して、このセリフを言えているだろうか。
「伊藤くん、今日もとってもおしゃれでかっこいい。上級者って感じ」
 衣真くんは一歩引いて僕の全身を眺めて、それから輝く笑顔で褒めてくれる。
「そうかな……まだまだ上級者じゃないかもだけど……」
「そうなの!? でもすっごく似合ってるよ」
 素直な反応がかわいい。僕はもう、衣真くんを「かわいい」と思うことを自分に許可せざるを得なかった。
 今日の僕は、あえて衣真くんのデート相手みたいなコーディネートにしてみた。ユーズドのブラウンカーキのバンドTに、スキニーデニムに厚底のショートブーツを履いて。いかにもバンドマンって感じだ。
「似合ってると思う?」
「うん! 伊藤くんは雰囲気がクールだから似合ってるよ」
 雰囲気がクールな人が好きなの、衣真くん。こういう格好が似合う人が好きだから、あのバンドマンが好きなのかなあ。
 そんなの全然似合ってないよ。衣真くんは今日もレモンイエローのポロシャツにセンタープレスのスラックスで、綺麗に手入れされた白のスニーカーで、すごく、初夏の空に弾ける炭酸みたいに清潔だ。
 そのまんまデートに行けばいいのに。それで「おれのファッションには釣り合わない」って言われてデートなんてなかったことになっちゃえばいいのに。
 僕はそのバンドマンのことを知らないけど、衣真くんが彼を大切にする分の「大切」を衣真くんに返せる人じゃないと思う。衣真くんを傷つけるような、散らかった言葉でしゃべる人だと思う。
 それなのに僕は、「衣真くんがバンドマンに気に入られるための服」を見繕う役目を果たさなきゃいけないんだから、物事というのはうまくいかないものだなあ、と少し悲しくなる。
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