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【本編】騎士と兵士
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敵対する両国に、争いの無意味を伝えるが如く起こった丘の戦いの悲劇。
その全貌は黒い国の騎士、クロスの野望による人災である。
多くの命を奪ったこの事件にて、けっして交わることのなかった二人の運命はここから始まる。
アイは無言で窓の外を指差す。
何かあるのかな。
そう思い、スルは窓に近づき外をみる。
目の前には立派な木があり、
そこに鳥がいる。
鳥は親子のようだ。
その何気ない日常にスルは争いで尖っていた精神が丸くなっていくのを感じた。
「…私は…鳥が好きです」
突然会話するアイ。
「…私にも翼があったら…」
そう語るアイの表情は笑顔である。
自分のことがよくわかっていないようだが、心から溢れてくる感情のまま話している。
「空を飛びたいのですか」
アイの心情を察したスルは問う。
クスクスと笑いそれに応えるアイ。
「でもちょっと怖いかも」
和んでいる。
命のやり取りをしていた騎士や兵士の会話とは思えない。二人は穏やかな雰囲気で会話を楽しんでいる。
医療スタッフはその様子をこっそり監視していたが、スルに悪意がないことや、アイが和んでいたのでそっとその場を後にした。
「私は全身の骨が弱っているらしくて、動き回れないの。それに考え事をすると頭がすごく痛いの。記憶は朧気だし…」
アイは胸の内を打ち明けた。
なんだろう、ずっと我慢していた気がする。記憶はないけど、自分に嘘をついて生きてきたのだろうか。
「ほら、鳥が飛び立っていったよ」
突然のスルの言葉に驚くアイ。
親鳥がエサを探しにいったのだろうか。
「頭痛がするのはきっと、嫌な事や悪い記憶だからかもね。みんなそういう時は頭が痛くなるものだよ」
相手をわかってあげること。
スルはアイを理解して、得たいの知れない不安定から解放してあげたいと思った。
「私は自分のことがよくわからないわ。どこの誰でどのように生きてきたのか。わからないの。だけど…もしよけれまた会いに来てほしい…」
過去はわからないけど、今を生きて進まねばならない。アイは新たなる一歩を踏み出そうとしていた。
スルはアイと一緒にいると、兵士であることを忘れられそのままの自分でいられることを感じていた。
初陣を終えてわかった自分に眠る未知の部分。
人を斬ることに抵抗がない非情な面。
その面が表に出れば戦場は血の海になる、スルはそれが怖かった。
「…ねえ、あなたの名前を終えて」
考え込むスルにアイは優しく問いかける。
「私はアイ…たぶんだけど…」
曖昧な記憶だが、所有物から名がわかったようだ。スルはそれを聞き笑顔で返す。
「スルです。また会いたいです」
アイの体力を配慮し、長時間の面会はできない。スルは再び上層部のところへ報告しにいった。
「お疲れ様です。どうでしたか」
「はい、今後も面会して継続的にいろいろ聞きたいかと思います」
スルの発言に上層部は何やらヒソヒソと会話をし、驚くべき事を伝えた。
「ではあの騎士と一緒に暮らすのが良いでしょう。お互いにコミニュケーションがとれたなら十分生活できるでしょう」
「えっ、ちょっと言っている意味が…」
突然の提案に驚くスル。
まさかの展開にどうしていいのかわからない。
「我々もどうすべきか悩んでいたのです。あの騎士は捕虜なのですがこういった、重傷者は例が少ないので…」
上層部たちは明らかにアイを厄介払いしたいようだ。スルと意気投合したならそれで解決させるつもりだ。
スルは上層部の意向を受け入れた。
アイとの生活が始まった。
だが彼女はまだ病院での治療がメインで、その間にスルは国が提供してくれた住居への引っ越しを準備していた。
病室のアイはスタッフとの会話に積極的となり短期間で明るくなった。
「上機嫌ですね。最近何か良いことがありましたか」
わざとらしく問う医療スタッフ。
だが、心身ともに負傷してしまった人をケアするということはものすごく神経質になる。
「うふふ、内緒です。スタッフさんには支えてもらい本当に感謝しております。物事を前向きに考えられるようになりましたし、別に私がどこの誰であってもいいかなと思えるようになりました」
全てに絶望して暗い印象だったアイだが、スルとの出会いをきっかけに、今まで抑圧されていた人間らしさが表現されはじめた。身体は急に回復することはないが、精神が安定したことは大きな前進だ。
「ふふ。アイちゃんは恋でもしているのかな」
冗談も交えた日常会話もできる。
なんだろう、心が軽くなった気がする。
今までのことはわからないけど、この溢れてくる気持ちは何?
楽しい。
生きていることが嬉しい。
これからの事で不安や心配はあるのだけれど、それ以上に期待やこうしていきたいなど望みを持てる。
「希望」
「…私は…まだがんばれる…」
もっと世界をみてみたい。
私の知らない世界がきっとあるはず。
そう思わせてくれたあの人。
「…また会いたいな…」
思わずこぼれ出た小言をスタッフは漏らさず聞いていた。
「この前の方がまた来てくれるといいですね」
照れ臭そうに頷くアイ。
「それではリハビリ施設へ向かいましょう」
スタッフがそういうと、アイは車椅子に乗った。
その全貌は黒い国の騎士、クロスの野望による人災である。
多くの命を奪ったこの事件にて、けっして交わることのなかった二人の運命はここから始まる。
アイは無言で窓の外を指差す。
何かあるのかな。
そう思い、スルは窓に近づき外をみる。
目の前には立派な木があり、
そこに鳥がいる。
鳥は親子のようだ。
その何気ない日常にスルは争いで尖っていた精神が丸くなっていくのを感じた。
「…私は…鳥が好きです」
突然会話するアイ。
「…私にも翼があったら…」
そう語るアイの表情は笑顔である。
自分のことがよくわかっていないようだが、心から溢れてくる感情のまま話している。
「空を飛びたいのですか」
アイの心情を察したスルは問う。
クスクスと笑いそれに応えるアイ。
「でもちょっと怖いかも」
和んでいる。
命のやり取りをしていた騎士や兵士の会話とは思えない。二人は穏やかな雰囲気で会話を楽しんでいる。
医療スタッフはその様子をこっそり監視していたが、スルに悪意がないことや、アイが和んでいたのでそっとその場を後にした。
「私は全身の骨が弱っているらしくて、動き回れないの。それに考え事をすると頭がすごく痛いの。記憶は朧気だし…」
アイは胸の内を打ち明けた。
なんだろう、ずっと我慢していた気がする。記憶はないけど、自分に嘘をついて生きてきたのだろうか。
「ほら、鳥が飛び立っていったよ」
突然のスルの言葉に驚くアイ。
親鳥がエサを探しにいったのだろうか。
「頭痛がするのはきっと、嫌な事や悪い記憶だからかもね。みんなそういう時は頭が痛くなるものだよ」
相手をわかってあげること。
スルはアイを理解して、得たいの知れない不安定から解放してあげたいと思った。
「私は自分のことがよくわからないわ。どこの誰でどのように生きてきたのか。わからないの。だけど…もしよけれまた会いに来てほしい…」
過去はわからないけど、今を生きて進まねばならない。アイは新たなる一歩を踏み出そうとしていた。
スルはアイと一緒にいると、兵士であることを忘れられそのままの自分でいられることを感じていた。
初陣を終えてわかった自分に眠る未知の部分。
人を斬ることに抵抗がない非情な面。
その面が表に出れば戦場は血の海になる、スルはそれが怖かった。
「…ねえ、あなたの名前を終えて」
考え込むスルにアイは優しく問いかける。
「私はアイ…たぶんだけど…」
曖昧な記憶だが、所有物から名がわかったようだ。スルはそれを聞き笑顔で返す。
「スルです。また会いたいです」
アイの体力を配慮し、長時間の面会はできない。スルは再び上層部のところへ報告しにいった。
「お疲れ様です。どうでしたか」
「はい、今後も面会して継続的にいろいろ聞きたいかと思います」
スルの発言に上層部は何やらヒソヒソと会話をし、驚くべき事を伝えた。
「ではあの騎士と一緒に暮らすのが良いでしょう。お互いにコミニュケーションがとれたなら十分生活できるでしょう」
「えっ、ちょっと言っている意味が…」
突然の提案に驚くスル。
まさかの展開にどうしていいのかわからない。
「我々もどうすべきか悩んでいたのです。あの騎士は捕虜なのですがこういった、重傷者は例が少ないので…」
上層部たちは明らかにアイを厄介払いしたいようだ。スルと意気投合したならそれで解決させるつもりだ。
スルは上層部の意向を受け入れた。
アイとの生活が始まった。
だが彼女はまだ病院での治療がメインで、その間にスルは国が提供してくれた住居への引っ越しを準備していた。
病室のアイはスタッフとの会話に積極的となり短期間で明るくなった。
「上機嫌ですね。最近何か良いことがありましたか」
わざとらしく問う医療スタッフ。
だが、心身ともに負傷してしまった人をケアするということはものすごく神経質になる。
「うふふ、内緒です。スタッフさんには支えてもらい本当に感謝しております。物事を前向きに考えられるようになりましたし、別に私がどこの誰であってもいいかなと思えるようになりました」
全てに絶望して暗い印象だったアイだが、スルとの出会いをきっかけに、今まで抑圧されていた人間らしさが表現されはじめた。身体は急に回復することはないが、精神が安定したことは大きな前進だ。
「ふふ。アイちゃんは恋でもしているのかな」
冗談も交えた日常会話もできる。
なんだろう、心が軽くなった気がする。
今までのことはわからないけど、この溢れてくる気持ちは何?
楽しい。
生きていることが嬉しい。
これからの事で不安や心配はあるのだけれど、それ以上に期待やこうしていきたいなど望みを持てる。
「希望」
「…私は…まだがんばれる…」
もっと世界をみてみたい。
私の知らない世界がきっとあるはず。
そう思わせてくれたあの人。
「…また会いたいな…」
思わずこぼれ出た小言をスタッフは漏らさず聞いていた。
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