ダークライトラブストーリー

雪矢酢

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【女性】ダークストーリー

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「雨が降ってきたわね」

ここは我々にとって重要な地。
もともとは敵国の地であったが、私の父が争いを制して我が領土とした。
その功績で父は部隊長を任された。

父はとても厳しい人間で、幼少より礼儀、剣術、体術を仕込まれ、私は自分のやりたいことができずにすぐ軍へ入隊させられた。
この国は男女の差別が一切無い。
強者が上に立つ実力主義国家なのだ。
そのため小さな子供は軍隊か職業訓練所に入れられ、本人の意志とは関係なく育っていく。将来のため、親は子に英才教育を受けさせるのだ。だが、子供たちはそんな教育よりも、近所で友達と遊んだり、動物を飼ったりする子供らしい生活を望んでいた。よって英才教育によって精鋭に育つのは極一部の少数だけだった。

私の父はその少数だった。
当然、私も同じ道を進めと言われた。
だが軍隊で出世して将校になるよりも正直、争いとは無縁の普通の生活に憧れていた。


「アイ殿、部隊長がお呼びです。私と一緒に来て下さい」

「これは失礼、少々考え事を」

「数時間後には敵が攻めてきます。ここは重要な地です。それをお忘れか」

「申し訳ない。気を引き締めねばな」

アイはキリとした表情で部隊長、つまりは父のもとへ向かった。
この騎士は将来有望の名家の子息、名はクロス。アイの許嫁である。


「失礼します。連れて参りました」

「うむ、入れ」

権力者の部屋という感じだ。
この国は実力さえあれば何でも手に入るのだ。

「敵は想定を上回る兵力でこちらへ進軍しておるようだ。残存する兵力ではおそらく勝てぬわ」

「なっ」

「えっ」

「訓練生や子供らが混ざった混合部隊では敵国の打破は難しい」

「どういうことですか」

突然の敗北宣言にクロスは鋭い目つきで睨み付ける。

「ここはもともと敵国の倉庫であった。殲滅作戦での制圧後、本国の輸送部隊が到着し、必要な物資を運び出してしまったのだ。そして気づいた時には精鋭はおらず、ここは事実上放棄されたのだ」

「つまり、私たちは用済みということでしょうか」

アイも状況が把握できずに困惑している。

「落ちつくのだ。お前たちは本国へ帰還せよ。これは命令だ」

「わかりました。アイ殿、さあいきましょう。ここはもう用済みだ」

「クロス殿、私は本国へは帰りません。ここが堕ちる時は運命を共にします」

それを聞いた部隊長は涙した。
そして娘を軍に入れたことを後悔した。

「何を言うか、上官の命令は絶対だ。直ちに本国へ帰還するのだ。ここは戦地になる」

雨がより激しくなり気温が低下。
ヒートアップするクロスとは真逆だ。

「アイよ、クロス殿と帰還を命ずる。混合部隊だけでなく兵士の士気も低い。こちらが不利になると一気に崩れ、逃げ出す者も出るだろう」

「私はここで死ぬ訳にはいかない。心中なら一人でやりたまえ。部隊長として誇り高き死を」

「そんなのはおかしいわ。父一人の責任ではないわ」

「おいおい、落ち着きたまえ」

クロスに斬りかかる寸前のアイ。
クロスも身構えて抜刀すべく剣に手をかける。

「止めんか二人とも」

怒声が響く。

「二度は言わん。アイよ、本国へ帰還せよ。クロスよ、アイを連れて本国へ帰還せよ」

「はっ、承知しました。上官の言う事に従うんだ。さあきたまえ」

クロスはアイの腕を掴み強引に連れ出す。
アイは放心状態になり抵抗せず従った。
外を見ると白い軍団が確認できる。

「どうか、どうかご無事で」

アイはクロスの手を払い、敬礼し部屋を出た。既に砦の内部は人がおらず、残存する兵力は全て表に集結していた。

「屈強な兵士はいるが確かに子供がいる。これでは戦いにならない」

「わからんぞ。地の利はこちらにある。部隊長には秘策があるのかもしれん」

「…」

あるわけないだろ…。
父はどんな事もゴリ押す性格なんだぞ。
それが有効な場合なら良いが、この雑兵集団であの軍団相手では分が悪い。

「何か策はないのか…争いを止める方法はないのだろうか」

激しさを増す雨。
ふと丘の上にある貯水池が目に入る。

「あの水が…」

そう思うとアイは丘へ向かい走り出した。クロスは走り出した方向にある貯水池を確認するとすぐに納得し、あとを追いかけた。
二人は貯水池を決壊させることについては共有していたが、動機は異なっていた。

アイは争いを止めるため。
クロスはここで手柄をたて出世するため。

「…ダメだ。こんなに頑丈では」

目の前にある重厚な壁にアイは困惑した。遠目ではわりと小さくみえたのだが、いざ、近くでみたそれはあまりにも巨大。

「くっ、敵前逃亡は死罪に値するぞ。」

クロスは敵を前にして、大勢で逃亡する兵士たちに苛立っている。 

「おい、そこで何してる、ここは関係者以外立入禁止だぞ」

警備員が二人を注意し、追い払おうとする。こんな状況でも働く姿には脱帽である。

「おい、爆発物を出せ、さもなくば堤防を解放し水を放て」

注意する警備員を威嚇するクロス。
いくら名家でも自国が敗走し、手ぶらで本国へ帰還したらば待つのは厳罰だ。ならばここで全てを流せばいくぶん評価される、そういう思考だ。

「このままだと我々は負ける。そしてここも敵国に蹂躙される。そうなる前に一矢報いるのだ。発破作業で使う爆発物を堤防に設置しろ、急げ」

警備員はクロスに焚き付けられすぐに行動した。一方のアイはこの作戦に疑問を感じていた。本当に大量の水が放たれたら自国の兵士も流されてしまう…父も…。

ここは丘の上にあるため戦地がよくみえる。部隊長である父が囲まれている。

「ち…父が、…父上が…」

黒い国の敗走が確定した瞬間、アイは座り込んでしまった。戦地にいる以上、避けては通れない宿命だ。

「ちっ、威張っていても最後は呆気ないものだな」

クロスの冷徹な言葉に怒る気力すらない。そうこうしているうちに準備は進み、後は退避するだけになっていた。
クロスは少々性格に難があるものの兵法や臨機応変に対応できるなど個人の能力は非常に高い。


「アイ殿、部隊長と運命を共にするか…それもよいだろう。もうそなたは国には帰れないだろう」

そうだ。
敗軍の兵に未来はない。
だから黒い国の士気は低く、不利となるや即、逃亡するのだ。
戻ると処刑されるからだ。

「…私は大勢の命を奪うことはできない。クロス、このまま去って。あなたなら戻ってもまだ再起できる」

「敵兵に背を向ける輩など我が国にはいらぬ。あなたもそのような世迷い事を言うのであれば、ここでお父上のもとへ導いてあげます」

クロスはあろうことか、許嫁に抜刀をした。 
それを敵と認識したアイも剣を手に取った。

「私は…もう誰にも従わない。ここを爆破するつもりならあなたを止めるまでよ」

激しさを増す雨。
対峙するアイとクロス。

「おい、ここはいい、スィッチを持って貴様は退避しろ。安全なところに避難したら躊躇せず起動せよ」

クロスは警備員へ指示した。
すぐさま起動スィッチを手に取り安全な方向へ逃げる警備員。


「これで我々の戦いに意味はない。覚えておくがいい」

納刀して去ろうとするクロス。
スィッチが持ち出された以上、まもなくここは爆破される。

「自己を満たすだけの刃では私には勝てぬぞ、アイ殿」

「なっ…私は…」

父を失った不安定な状態では勝負にならんと、心刃でアイを斬ったクロス。

「さらばだ。ここで散るもよい」


その時、突然機械音が周囲に響く。
そして爆破した。


剣を投げ捨てアイは崩れ落ちた。
この数時間で人生の転機があり、彼女の運命は動き出した。
黒い国の兵士ではなく、一人の人間としてどう生きるのか。

目の前では凄まじい勢いの水が放たれ両陣営を浄化した。

アイは衝撃に耐えきれなくなった足場が崩れ落下。
その際に頭部を殴打してしまう。
そしてそのまま激流にさらわれて流れされてしまった。

「すばらしい。力とは実ににシンプルだな。力あるものは全てを得られる」

「はぁ、私にはよくわかりませんが、これでよかったのでしょうか。たぶん両陣営の兵士は全滅ですよ」

困惑する警備員。
だがクロスはブレない。

「この戦いを締めくくったのは我々だぞ。逃亡者を処刑し、敵国を浄化したのだ」

「…」


警備員の指摘した通り、
この貯水池決壊は両陣営にとっては悪夢だった。避難することもできず、抵抗すらできず全てを等しく流していった。

「みろ、栄光への歩みを祝う日差しだ」

雨はあがり日が差してきた。

泥と草木の残骸にまみれ、
気絶したアイはかろうじて生存。
到着した白い国の救援部隊によって救助された。


この戦いは後に丘の戦いと呼ばれ、
両国の兵士はほぼ全滅した。
もちろん全滅した原因は貯水池の爆破である。黒い国は一部精鋭がいたが雑兵の処刑など見方によっては白い国より被害は少ない。本国に帰還したクロスは自身が描いていたストーリーのように出世した。
一方のアイは白い国で治療を受けていた。
身体的には問題がないのだが、
頭部へのダメージ、様々な精神的なショックにより記憶喪失となった。


黒い国は子供の頃より成長と将来を管理された、徹底した軍事国家である。
だが王の言うことは絶対ではない。
王は力あるもの、という風土のため実力がない者は謀殺されたり暗殺されたりする。

絶対強者

その力バランスが強国へと成長させた。
実力をつけ、出世することが正義。その思考が幼少期の管理育成と噛み合い、強固な軍事体制が維持されている。

黒い国は分厚壁で守られ、重厚で禍々しい北門からのみ出入りが可能。
だが入国には厳重な検査があり、誰にでも気軽にいう開かれた国とはいいがたい。
壁内は城と城下町のシンプルな構成で活気があるとは言えないが、最低限の生活は保証されており、力のない弱者を虐げることは厳罰対象である。厳しい法律により国外逃亡する兵士が多数いるが、たいてい捕縛され懲罰となる。



「…ここは…」

目覚めたアイ。
日にちの感覚がない。寝たきりだったようだ。

「うぅ、いったい何が…」

頭痛がひどいようだ。
また、全身の骨がダメージを受けており、目覚めると痛みが発生する。

すぐ医療スタッフが駆けつけ鎮痛剤を打つ。

「私は…いったい…」

薬が効き大人しくなるが、目には涙が流れていた。

「…気の毒よね。家族や身内がいなくて、今後どうするのかしら」

スタッフたちがアイについて話始める。

「ある程度回復したら戦いの事情聴取らしいわ。生存者全員を集めて真相を究明するとか…」

「軍人っぽいけれど、もう戦えないわよ。骨格へのダメージが大きくて武器を持てないわ」

「せめて寄り添う誰かがいればいいのだけど…」


皆、アイの心配をしている。
黒い国では動けぬ者も一定の生活は保証されるが、それを生きていると実感できるかは別だ。

スタッフたちが部屋を出たのを確認すると、アイは車椅子に座った。
歩くことは困難だが、簡単な移動は痛みを我慢すれば可能だ。


窓から外を眺める。


「鳥の親子がいる」


ああ、私にも翼があれば…。

よくあるセリフだが、車椅子に頼る生活がいざスタートすると、健全がどれだけ恵まれているかわかる。


自分自身にもよくわからないが突然涙するアイ。



その時ドアが開き誰が部屋に入ってくる。


誰なの…。

また私に薬を打つの?



身構えたアイだが、部屋に入ってきた男性をみて、かつてない優しさを感じた。


この出会いが自分にとって運命的なものなのかもしれないとアイは心の奥底で感じていた。
    
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