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第四章
ハサミ女 14
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暗闇と彼女の長髪が同化する。
『――勝てるまでやるといいよ。獲物はたくさんいるんだし』
……誰かの声が入った。これは今の、画面に映っている女の子の声か?
「う、ぐっ……」
全身が砕けそうになる。煌津は呪われているのを実感した。
『さあ――……皆殺しに――――して――きて」
画面が変わる。曇天の下の一軒家が見える。
表札には――三原――と書いてある。
「何で俺の腕、切っちまったんだよおおおぉおおぉっ!」
突然の男の叫び声とともに、画面から幾本もの白い腕が飛び出した。
「――ッ!」
反射的に、煌津はビデオデッキを出現させている。ビデオを取り出し口の手前まで入れる。
「オン・マユラキ・ランデイソワカ」
右手側から、鈴木の張った声が聞こえた。その手は何か、印を結んでいるようだ。
「オン・マユラキ・ランデイソワカ」
まるで合わせ鏡のように左手側では佐藤が声を張っていた。やはり鈴木と同様に印を結んでいる。
二人の声が唱和する。煌津は自分を蝕んでいた呪力が遠ざかるのを感じた。
「「ノウモボタヤ・ノウモタラマヤ・ノウモソワキヤ・タニヤタ・ゴゴゴゴゴゴ・ノウギャレイレイ・ダバレイレイ・ゴヤゴヤ・ビジャヤビジャヤ・トソトソ・グログロ・エイラメイラ・チリメイラ・イリミタソ・ダメ・ソダメ・トオテイ・クラベイラ・サバラ・ビバラ・イチリ・ビチリ・リチリ・ビチリ・ノウモソトハボダナン・ソクリキシ・クドキャウカ・ノウモラカタン・ゴラダラ・バラシャニトバ・サンマンテイノウ・ナシャソニシャソ・ノウマクハナタン・ソワカ」」
飛び出してきた白い腕がのたうち回る。二人の唱和によって、呪力が削られていくのが目に見えてわかった。
「これは孔雀明王陀羅尼。陀羅尼というのは真言の事。名前の通り、孔雀明王の真言を唱えて、その浄力でもって呪詛や毒の如き念を浄化する」
隣で那美が解説してくれる間にも、白い腕がまるで、何者かによって啄まれるかのように、次々と部分部分が消失していくのが見えた。唱和が三周もする頃には、白い腕はすっかり消えて、劇場には明かりが戻っていた。
パァン! とプロジェクターのついた機械が何かを弾き飛ばした。白のビデオテープだ。飛び出した直後は、ぎりぎりまで形を保っていたが秒と持たずに、まるで溶けるようにぐずぐずと崩れ落ちていく。
「ありがとうございます。鈴木さん、佐藤さん」
「あ……ありがとうございます!」
那美が頭を下げたので、慌てて煌津もそれに倣う。
「礼には及ばない。退魔屋の補佐は我々の仕事だ」
「それより、手がかりはあったかね」
鈴木と佐藤が、交互に言った。
手がかりは……あった。少なくとも煌津は見覚えがある。
あの表札は……。
「三原」
煌津と那美は同時に呟いた。すかさず那美の目が煌津に向けられる。
「穂結君……どうして三原さんの事を?」
「ああいや、昨日――」
煌津は中華料理屋から千恵里を連れて逃げた際の事を話した。血のように真っ赤な空の下で、煌津は確かに、三原という表札のある家を見たのだ。
「たぶん、この三原って家の人が、先生に憑りついた我留羅や、ハサミ女と関係があるんじゃないかと思って……」
那美は、押し黙って煌津の言葉を聞いていた。サングラスで表情が見えない鈴木と佐藤も、口を真一文字に結んで開こうとしない。
「九宇時さん?」
「……穂結君」
那美は言った。
「三原稲はね、義兄さんの最後の依頼人なんだ」
『――勝てるまでやるといいよ。獲物はたくさんいるんだし』
……誰かの声が入った。これは今の、画面に映っている女の子の声か?
「う、ぐっ……」
全身が砕けそうになる。煌津は呪われているのを実感した。
『さあ――……皆殺しに――――して――きて」
画面が変わる。曇天の下の一軒家が見える。
表札には――三原――と書いてある。
「何で俺の腕、切っちまったんだよおおおぉおおぉっ!」
突然の男の叫び声とともに、画面から幾本もの白い腕が飛び出した。
「――ッ!」
反射的に、煌津はビデオデッキを出現させている。ビデオを取り出し口の手前まで入れる。
「オン・マユラキ・ランデイソワカ」
右手側から、鈴木の張った声が聞こえた。その手は何か、印を結んでいるようだ。
「オン・マユラキ・ランデイソワカ」
まるで合わせ鏡のように左手側では佐藤が声を張っていた。やはり鈴木と同様に印を結んでいる。
二人の声が唱和する。煌津は自分を蝕んでいた呪力が遠ざかるのを感じた。
「「ノウモボタヤ・ノウモタラマヤ・ノウモソワキヤ・タニヤタ・ゴゴゴゴゴゴ・ノウギャレイレイ・ダバレイレイ・ゴヤゴヤ・ビジャヤビジャヤ・トソトソ・グログロ・エイラメイラ・チリメイラ・イリミタソ・ダメ・ソダメ・トオテイ・クラベイラ・サバラ・ビバラ・イチリ・ビチリ・リチリ・ビチリ・ノウモソトハボダナン・ソクリキシ・クドキャウカ・ノウモラカタン・ゴラダラ・バラシャニトバ・サンマンテイノウ・ナシャソニシャソ・ノウマクハナタン・ソワカ」」
飛び出してきた白い腕がのたうち回る。二人の唱和によって、呪力が削られていくのが目に見えてわかった。
「これは孔雀明王陀羅尼。陀羅尼というのは真言の事。名前の通り、孔雀明王の真言を唱えて、その浄力でもって呪詛や毒の如き念を浄化する」
隣で那美が解説してくれる間にも、白い腕がまるで、何者かによって啄まれるかのように、次々と部分部分が消失していくのが見えた。唱和が三周もする頃には、白い腕はすっかり消えて、劇場には明かりが戻っていた。
パァン! とプロジェクターのついた機械が何かを弾き飛ばした。白のビデオテープだ。飛び出した直後は、ぎりぎりまで形を保っていたが秒と持たずに、まるで溶けるようにぐずぐずと崩れ落ちていく。
「ありがとうございます。鈴木さん、佐藤さん」
「あ……ありがとうございます!」
那美が頭を下げたので、慌てて煌津もそれに倣う。
「礼には及ばない。退魔屋の補佐は我々の仕事だ」
「それより、手がかりはあったかね」
鈴木と佐藤が、交互に言った。
手がかりは……あった。少なくとも煌津は見覚えがある。
あの表札は……。
「三原」
煌津と那美は同時に呟いた。すかさず那美の目が煌津に向けられる。
「穂結君……どうして三原さんの事を?」
「ああいや、昨日――」
煌津は中華料理屋から千恵里を連れて逃げた際の事を話した。血のように真っ赤な空の下で、煌津は確かに、三原という表札のある家を見たのだ。
「たぶん、この三原って家の人が、先生に憑りついた我留羅や、ハサミ女と関係があるんじゃないかと思って……」
那美は、押し黙って煌津の言葉を聞いていた。サングラスで表情が見えない鈴木と佐藤も、口を真一文字に結んで開こうとしない。
「九宇時さん?」
「……穂結君」
那美は言った。
「三原稲はね、義兄さんの最後の依頼人なんだ」
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