ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第二章

運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 17

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 那美に連れ立って、九宇時家の廊下を進む。明かりはついておらず、暗い。
「どこに行くの?」
「訓練場」
 那美が答える。答えが端的過ぎる。相変わらずやりづらい。
「訓練場?」
「退魔屋としての訓練場だよ。私と那岐はそこで訓練していたの、戦い方や術の扱いを」
 廊下の先に、大きくて重そうな岩が二つあった。
 岩だ。どこからから切り出してきたような剥き出しの岩が二つ。そこに鉄の輪の取っ手が二つ。
 扉だった。巨大な岩の扉。その片側に、ダイヤルのようなものがついている。
「ここが訓練場?」
「これは九宇時家の人間が代々受け継いできた人工のゲート。こちらから異界に行かなきゃならない時に使う。でも今回行くのは異界じゃないから安心して」
 言いながら、那美は白い手をダイヤルにかざす。
「右に十一、左に二、右に三、左に十二」
 暗い廊下に仄かな桜色の光が灯る。那美の手が触れているわけではないのに、那美が手を動かすのに従ってダイヤルがガチャガチャと音を立てて、右へ左へと動く。
「九は九にしてとなりときをまとめ九を九に帰す。シートベルトを締め、禁煙サインが消えるまでお煙草はご遠慮ください。それでは、開け、訓練場エンター・ザ・マトリックス
「……禁煙サイン?」
「禁煙サイン」
 何か変? という顔で見つめられ、思わず煌津はたじろぐ。
「呪文とか、もっと仰々しいものだと思ってた。この間のも……」
「ああ。これは那岐と作った呪文だから」
「……自由なんだね」
「そういうものだよ」
 そういうものだろうか。
 ぐわぁーんという大きな音を響かせて、岩の扉が開いていく。 
 向こう側の光の量が多過ぎて、煌津は目が眩んだ。那美は気にした様子もなく前に進んでいく。遅れないように、煌津はそのあとを追う。
 光の中に入った瞬間、体がふわりと浮かんだような感覚に陥る。
「退魔屋の世界には、基本となる四つの力がある」
 那美の声が響く。足は、半ば自動的に光の中を進んでいく。
「《魔力》、《呪力》、《妖力》、《浄力》。それぞれの力は、この世界に対する作用を表している。たとえば、魔力は与える力であり、呪力は減らす力と考えてくれればいい。魔力を生きている人間に与えれば、身体を発達させ精神を高揚させる。呪力をぶつければ、身体を蝕み精神を腐らせる。魔力と呪力は対立するエネルギーであり、この世のプラスマイナスそのものでもある」
 景色が変わる。煌津は宇宙の中にいた。空には無数の星々があり、足元には地球があった。煌津と那美の周りを、二つの大きな光球がぐるぐると回っていた。光球はぶつかっては互いに弾かれ、ぶつかってはまた弾かれ、を繰り返している。
「ここは……?」
「ここは私と那岐で作った訓練場の一つ。総称して、私たちは《マトリックス》って呼んでいた。仮想現実だから。見た事ある? 映画」
「いや……」
「まあ古い映画だからね」
 光球がぶつかり合う。ばーん、ばーん。
 次の瞬間、景色が一変し、煌津は見知らぬ校庭にいた。夕暮れの校庭だった。薄暗く、夕焼けと闇の色は濃く、不気味である。
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