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第二章
運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 16
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「どうって……」
「退魔屋というのは、たった一人で戦争をするような仕事だと、私は那岐と那美に教えてきました。私も、私の父も同じ教えを受け継いでいます」
「戦争……」
「私たちが相手にする悪霊や呪詛の類は、私たちのような者のほかに、対処出来る者はありません。私たち退魔屋は最後の一線なのです。決して越えられてはならない境界線なのです」
境界線。それは、あの世とこの世の境目の事か。
「だから、戦争?」
「そう。我々が負ければ人が死に、呪詛が世に撒かれ、悪霊が跋扈する。我々は戦わなければならないのです。決して負けてはいけないのです。たとえ命を落としたとしても」
そこで、那岐の父は言葉を切った。
「我々の仕事は世の中のほとんどには理解されないが、しかしこの仕事を必要とする人間は必ずいて、助けを待っている」
那岐の父の言葉を、那美はただ黙って聞いている。
「那岐は優秀な退魔屋でした。同世代でもあの子に並ぶ者はそういなかったでしょう。あの子には霊能者としての才能があった。本人が望んでいたかどうかはわかりませんが、私はあの子に自分の跡を継いで欲しかった。闇の世界から、この宮瑠璃市を守って欲しかった」
那岐の父の目が赤く充血していた。
「あの日、那岐は灯台の下で儀式を行いました」
「……儀式?」
「人身御供。術者本人を神様への供物とし、我が身を以て魔が出入りする異界への門を封じる。この宮瑠璃市には歴代の術者が張り巡らせた強力な魔術のネットワークがあり、あの子はその一部となって怪物どもの侵入を防ぐ事を選んだのです」
急な話に、何と言っていいのかわからない、というのが正直なところだ。
「事故だと聞いていました……」
「現場の状況は、そうとも取れるようになっていましたが、見る者が見ればわかります。あれは儀式です。那岐ほどの術者であれば確実に成し遂げているでしょう。那岐の魂は天に行く事も地獄に行く事もありません。この街の防壁として、永遠に働き続けるのです。しかし、それは……」
「お義父さんが望んだ形じゃない」
那美が静かに、あとを引き取る。
居間が静まり返っていた。物音ひとつ聞こえないほどに。
「……私はあの子に、生きていて欲しかった。生きてこの街を守って欲しかった」
静かに、那岐の父が言った。
「あの日、仕事を終えたあと、那岐から連絡がありました。どこか疲れていた様子でしたから、心配したんです。でも、一人で帰るとそう言って……」
那岐の父の声は震えていた。
煌津には到底理解し切る事の出来ない感情が、そこにはあった。
煌津は友人を失くしたが、目の前にいる那岐の父は息子を亡くしたのだ。自分が思ってもみなかったタイミングで。
その喪失感には、簡単に寄り添えるはずもなかった。安易な言葉など許されないのだ。ただ、亡くした人を思って、その死を悼む事が唯一出来る事だった。それ以外に出来る事など何がある。
「……息子は、聡い子でした」
絞り出すように、那岐の父は言った。
「きっと何かを見たのだと、そう思います。最期を迎える前に、何かを。でもそれが何なのか、私には知る由もありません」
それから、那岐の父は那美に目をやった。
「那美、穂結君に用があるんだろう。私はもう行くから、あとはゆっくりしたらいい」
「はい」
「穂結君。今日は来てくれてありがとう。那岐もきっと喜んでいると思う」
「……はい」
頭を下げて、那岐の父は静かに退室した。
「穂結君。ちょっとついてきて」
そう言って、那美は立ち上がる。
「ここでは出来ない話だから、向こうで話そう」
「……」
確かに、ここで異界の話などするのも何だ。
「わかった」
煌津は頷いた。
「退魔屋というのは、たった一人で戦争をするような仕事だと、私は那岐と那美に教えてきました。私も、私の父も同じ教えを受け継いでいます」
「戦争……」
「私たちが相手にする悪霊や呪詛の類は、私たちのような者のほかに、対処出来る者はありません。私たち退魔屋は最後の一線なのです。決して越えられてはならない境界線なのです」
境界線。それは、あの世とこの世の境目の事か。
「だから、戦争?」
「そう。我々が負ければ人が死に、呪詛が世に撒かれ、悪霊が跋扈する。我々は戦わなければならないのです。決して負けてはいけないのです。たとえ命を落としたとしても」
そこで、那岐の父は言葉を切った。
「我々の仕事は世の中のほとんどには理解されないが、しかしこの仕事を必要とする人間は必ずいて、助けを待っている」
那岐の父の言葉を、那美はただ黙って聞いている。
「那岐は優秀な退魔屋でした。同世代でもあの子に並ぶ者はそういなかったでしょう。あの子には霊能者としての才能があった。本人が望んでいたかどうかはわかりませんが、私はあの子に自分の跡を継いで欲しかった。闇の世界から、この宮瑠璃市を守って欲しかった」
那岐の父の目が赤く充血していた。
「あの日、那岐は灯台の下で儀式を行いました」
「……儀式?」
「人身御供。術者本人を神様への供物とし、我が身を以て魔が出入りする異界への門を封じる。この宮瑠璃市には歴代の術者が張り巡らせた強力な魔術のネットワークがあり、あの子はその一部となって怪物どもの侵入を防ぐ事を選んだのです」
急な話に、何と言っていいのかわからない、というのが正直なところだ。
「事故だと聞いていました……」
「現場の状況は、そうとも取れるようになっていましたが、見る者が見ればわかります。あれは儀式です。那岐ほどの術者であれば確実に成し遂げているでしょう。那岐の魂は天に行く事も地獄に行く事もありません。この街の防壁として、永遠に働き続けるのです。しかし、それは……」
「お義父さんが望んだ形じゃない」
那美が静かに、あとを引き取る。
居間が静まり返っていた。物音ひとつ聞こえないほどに。
「……私はあの子に、生きていて欲しかった。生きてこの街を守って欲しかった」
静かに、那岐の父が言った。
「あの日、仕事を終えたあと、那岐から連絡がありました。どこか疲れていた様子でしたから、心配したんです。でも、一人で帰るとそう言って……」
那岐の父の声は震えていた。
煌津には到底理解し切る事の出来ない感情が、そこにはあった。
煌津は友人を失くしたが、目の前にいる那岐の父は息子を亡くしたのだ。自分が思ってもみなかったタイミングで。
その喪失感には、簡単に寄り添えるはずもなかった。安易な言葉など許されないのだ。ただ、亡くした人を思って、その死を悼む事が唯一出来る事だった。それ以外に出来る事など何がある。
「……息子は、聡い子でした」
絞り出すように、那岐の父は言った。
「きっと何かを見たのだと、そう思います。最期を迎える前に、何かを。でもそれが何なのか、私には知る由もありません」
それから、那岐の父は那美に目をやった。
「那美、穂結君に用があるんだろう。私はもう行くから、あとはゆっくりしたらいい」
「はい」
「穂結君。今日は来てくれてありがとう。那岐もきっと喜んでいると思う」
「……はい」
頭を下げて、那岐の父は静かに退室した。
「穂結君。ちょっとついてきて」
そう言って、那美は立ち上がる。
「ここでは出来ない話だから、向こうで話そう」
「……」
確かに、ここで異界の話などするのも何だ。
「わかった」
煌津は頷いた。
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