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My favorite is you above all else
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嵐が東京に帰って来た。
彼女はわくわくしながらテーブルに行儀良く座り、灯理が料理を運んでくるのを待っている。
献立は勿論、彼女が別れ際におねだりしたものだ。
酸味によってキレのある味を仕立てるトマトを香味野菜と香草でスープに仕上げ、その中で煮込まれた透明感のあるキャベツに挽肉の塊を見せるロールキャベツ。
焦がしたケチャップで香ばしく作られたチキンライスをしっかりと卵で包んで、その上にハーブソルトが散らされてオリーブオイルが掛けられて照るオムライス。
甘味の強いトウモロコシを丁寧に裏漉しして、さらりと清涼な質感を魅せるポタージュスープ。
一つずつ並んでいく度に嵐の目は爛々と輝き、口の端からは今にも涎を垂らしそうだった。
「もういいぞ。食え」
「いただきます!」
灯理が席に着いたと同時に許可を得て、嵐はスプーンを手に取り、大きなオムライスに差し込んだ。しっかりと焼き上がった卵をぷつりと破り、チキンライスを巻き込んで口に頬張る。
香ばしいケチャップ味のご飯を、卵の確かな味わいと優しく爽やかなオリーブオイルの甘味が包み、そこにハーブと塩の辛味が舌を突いてきて美味しさを刺してくる。
「んーーーー!♪」
久しぶりの灯理の料理を食べた感激で嵐は頬に手を当て、足をテーブルの下でばたつかせる。
子供っぽくて行儀の悪いその態度を見ても、灯理は叱るでもなく穏やかに微笑んでいる。灯理自身が家に着いたのは嵐よりも一週間近く前だけれども、やっと家に帰ってきたんだなという安心感が胸に泡ぐんできた。
「おいしい! 灯理さん、とってもおいしいです!」
「はいはい、ありがとう。いいから、食え」
「うわーい♪」
それから嵐はガツガツと音を立てるように灯理の手料理を口に運んでは溢れる喜びで体を揺らし、見ていて段々と輝きを増しているようにも思えた。
本当に作り甲斐があるなと、灯理も自分の分に手を付けていく。
ふと、灯理は口にした自分の料理が一人でいた間よりも美味しく思えて、一拍だけ動きを止めた。
嵐に食べさせるからと自然と気合が入ったのか、それとも嵐と一緒に食べる幸福感が味覚を敏感にさせたのか。
両方かもしれないと灯理は目の前ではしゃぎながら食事をする嵐を見詰める。
「……め? え、もしかして、どっかにご飯粒ついてる?」
じっと見られていた嵐はそんな勘違いをして、ペタペタと自分の顔を触った。
「いや、違うけど」
灯理はおかしくて笑いながら、そうじゃないと伝える。どうせ嵐はたくさん食べるから、じっくりと眺めるは食後をコーヒーを飲みながらでいいなと自己完結させて灯理はスプーンを動かした。
美味しくて、幸せなら、こんなに素敵な食事もないだろう。
いろいろと悩んでしまうことも多いけれど、こうして嵐と一緒に食事をしていたら、ずっと、未来の先まで、いつも一緒に食事が出来たら嬉しいと自然に思えた。
嵐は食事を口に運ぶ灯理をきょとんと見返していた。
スプーンで運ばれるオムライスも、ロールキャベツも、嵐がスプーンに乗せるよりも少なめだった。
嵐はロールキャベツなんて丸々一つをスプーンに乗せてはみ出させて口に放り込むけど、灯理は半分か三分の一に皿の上で分けてからスプーンに乗せている。丁寧に作られたキャベツはスプーンでもあっさりと切れてしまうらしい。
嵐は灯理の食事を見てて、なんとなくだけど、彼が幸せを感じているらしいのが分かった。
灯理の体からほんわかしたのが立ち上っている。
それは嵐にとっても、すごく嬉しくて幸せで、にこにこと笑顔になってしまうくらい。
帰ってきたんだなぁ、って嵐も思った。
勿論、お母さんとお父さんのいる実家は落ち着くし、手足を伸ばしていられるし、山で木々の葉息を吸いながら散歩して、気が向いたら思いっきり歌声を山間に満たして、生きてるって実感があった。
でも、こうして灯理の仕草を気にしながら、ずっと見ていたいと心奪われるのも、もっと好きになってほしいと自分になかったものを試して見てもらうのも、生きていくのが実感できた。胸の中で自分が膨らんでいって、それで遂に弾けて羽化するような、広々とした景色が広がるような、そんな毎日だ。
羽成す間は、自分の内面が変わっていったり、気持ちがぐちゃぐちゃになったり、欲しくて堪らなくて襲ってしまったりするけど、そうして組み代わって生まれ変わっていく自分は震えるくらいに誇らしくて、彼に相応しくなれてるんだと思う。
きっと、ずっと、終わりもなく、お互いに変わったり変われなかったりしながら、一つずつ幸せを重ねていくんだろう。
そんなふうに胸に恋積もらせながら一緒に生きていきたい。
灯理にはたくさんのものを貰ってると嵐は思っている。
美味しい料理、安心できるお家、虚ろな情欲を満たしてくれる性、命を包み込んでくれる愛情、未来への希望や人生設計の目的、それからどうやって言葉にしていいのかわからないくらいにたくさんでいろいろな幸せ。
貰った分だけ返そうと嵐は決意している。
だから嵐は遠慮なく灯理の作ったロールキャベツで口を一杯にして、それからポタージュスープを喉に流し込んだ。
「ねぇねぇ、灯理さん、あたし、後でデザートもほしいな」
「デザート? なんも用意してないぞ。アイスなら買い置きあるけど」
嵐がいきなり追加注文をしてきて灯理は瞼を瞬かせる。
甘いものが欲しいんだったら東京駅に迎えに行った時についでに買えば良かったのにと灯理は考えているが、嵐が欲しているのは実は食べ物ではなかった。でも、味わえるものではある。
「ううん、甘いものじゃなくて、ずっとお預けされてた一番好きなものがほしいの」
「嵐の一番の好物? ……そういや、お前、何が一番好きなんだ?」
嵐は出したものはなんでも美味しそうに食べるから、改めて好物を聞いたことがないと灯理は気付いた。
うっかりしてたなと、灯理は嵐の知らない一面を頭にしっかりと書き留めておこうと姿勢を正す。
その灯理の顔に、嵐は人差し指をぴたりと向けた。
「あたしが一番美味しいって思うもの」
「……………………え、そういういみ?」
嵐の意図を正しく理解して冷や汗を垂らす灯理に向けて、嵐はずっとお預けされて昂った想いを、ちろりと舌で唇を潤わせて魅せ付けた。
彼女はわくわくしながらテーブルに行儀良く座り、灯理が料理を運んでくるのを待っている。
献立は勿論、彼女が別れ際におねだりしたものだ。
酸味によってキレのある味を仕立てるトマトを香味野菜と香草でスープに仕上げ、その中で煮込まれた透明感のあるキャベツに挽肉の塊を見せるロールキャベツ。
焦がしたケチャップで香ばしく作られたチキンライスをしっかりと卵で包んで、その上にハーブソルトが散らされてオリーブオイルが掛けられて照るオムライス。
甘味の強いトウモロコシを丁寧に裏漉しして、さらりと清涼な質感を魅せるポタージュスープ。
一つずつ並んでいく度に嵐の目は爛々と輝き、口の端からは今にも涎を垂らしそうだった。
「もういいぞ。食え」
「いただきます!」
灯理が席に着いたと同時に許可を得て、嵐はスプーンを手に取り、大きなオムライスに差し込んだ。しっかりと焼き上がった卵をぷつりと破り、チキンライスを巻き込んで口に頬張る。
香ばしいケチャップ味のご飯を、卵の確かな味わいと優しく爽やかなオリーブオイルの甘味が包み、そこにハーブと塩の辛味が舌を突いてきて美味しさを刺してくる。
「んーーーー!♪」
久しぶりの灯理の料理を食べた感激で嵐は頬に手を当て、足をテーブルの下でばたつかせる。
子供っぽくて行儀の悪いその態度を見ても、灯理は叱るでもなく穏やかに微笑んでいる。灯理自身が家に着いたのは嵐よりも一週間近く前だけれども、やっと家に帰ってきたんだなという安心感が胸に泡ぐんできた。
「おいしい! 灯理さん、とってもおいしいです!」
「はいはい、ありがとう。いいから、食え」
「うわーい♪」
それから嵐はガツガツと音を立てるように灯理の手料理を口に運んでは溢れる喜びで体を揺らし、見ていて段々と輝きを増しているようにも思えた。
本当に作り甲斐があるなと、灯理も自分の分に手を付けていく。
ふと、灯理は口にした自分の料理が一人でいた間よりも美味しく思えて、一拍だけ動きを止めた。
嵐に食べさせるからと自然と気合が入ったのか、それとも嵐と一緒に食べる幸福感が味覚を敏感にさせたのか。
両方かもしれないと灯理は目の前ではしゃぎながら食事をする嵐を見詰める。
「……め? え、もしかして、どっかにご飯粒ついてる?」
じっと見られていた嵐はそんな勘違いをして、ペタペタと自分の顔を触った。
「いや、違うけど」
灯理はおかしくて笑いながら、そうじゃないと伝える。どうせ嵐はたくさん食べるから、じっくりと眺めるは食後をコーヒーを飲みながらでいいなと自己完結させて灯理はスプーンを動かした。
美味しくて、幸せなら、こんなに素敵な食事もないだろう。
いろいろと悩んでしまうことも多いけれど、こうして嵐と一緒に食事をしていたら、ずっと、未来の先まで、いつも一緒に食事が出来たら嬉しいと自然に思えた。
嵐は食事を口に運ぶ灯理をきょとんと見返していた。
スプーンで運ばれるオムライスも、ロールキャベツも、嵐がスプーンに乗せるよりも少なめだった。
嵐はロールキャベツなんて丸々一つをスプーンに乗せてはみ出させて口に放り込むけど、灯理は半分か三分の一に皿の上で分けてからスプーンに乗せている。丁寧に作られたキャベツはスプーンでもあっさりと切れてしまうらしい。
嵐は灯理の食事を見てて、なんとなくだけど、彼が幸せを感じているらしいのが分かった。
灯理の体からほんわかしたのが立ち上っている。
それは嵐にとっても、すごく嬉しくて幸せで、にこにこと笑顔になってしまうくらい。
帰ってきたんだなぁ、って嵐も思った。
勿論、お母さんとお父さんのいる実家は落ち着くし、手足を伸ばしていられるし、山で木々の葉息を吸いながら散歩して、気が向いたら思いっきり歌声を山間に満たして、生きてるって実感があった。
でも、こうして灯理の仕草を気にしながら、ずっと見ていたいと心奪われるのも、もっと好きになってほしいと自分になかったものを試して見てもらうのも、生きていくのが実感できた。胸の中で自分が膨らんでいって、それで遂に弾けて羽化するような、広々とした景色が広がるような、そんな毎日だ。
羽成す間は、自分の内面が変わっていったり、気持ちがぐちゃぐちゃになったり、欲しくて堪らなくて襲ってしまったりするけど、そうして組み代わって生まれ変わっていく自分は震えるくらいに誇らしくて、彼に相応しくなれてるんだと思う。
きっと、ずっと、終わりもなく、お互いに変わったり変われなかったりしながら、一つずつ幸せを重ねていくんだろう。
そんなふうに胸に恋積もらせながら一緒に生きていきたい。
灯理にはたくさんのものを貰ってると嵐は思っている。
美味しい料理、安心できるお家、虚ろな情欲を満たしてくれる性、命を包み込んでくれる愛情、未来への希望や人生設計の目的、それからどうやって言葉にしていいのかわからないくらいにたくさんでいろいろな幸せ。
貰った分だけ返そうと嵐は決意している。
だから嵐は遠慮なく灯理の作ったロールキャベツで口を一杯にして、それからポタージュスープを喉に流し込んだ。
「ねぇねぇ、灯理さん、あたし、後でデザートもほしいな」
「デザート? なんも用意してないぞ。アイスなら買い置きあるけど」
嵐がいきなり追加注文をしてきて灯理は瞼を瞬かせる。
甘いものが欲しいんだったら東京駅に迎えに行った時についでに買えば良かったのにと灯理は考えているが、嵐が欲しているのは実は食べ物ではなかった。でも、味わえるものではある。
「ううん、甘いものじゃなくて、ずっとお預けされてた一番好きなものがほしいの」
「嵐の一番の好物? ……そういや、お前、何が一番好きなんだ?」
嵐は出したものはなんでも美味しそうに食べるから、改めて好物を聞いたことがないと灯理は気付いた。
うっかりしてたなと、灯理は嵐の知らない一面を頭にしっかりと書き留めておこうと姿勢を正す。
その灯理の顔に、嵐は人差し指をぴたりと向けた。
「あたしが一番美味しいって思うもの」
「……………………え、そういういみ?」
嵐の意図を正しく理解して冷や汗を垂らす灯理に向けて、嵐はずっとお預けされて昂った想いを、ちろりと舌で唇を潤わせて魅せ付けた。
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