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5.めちゃくちゃな鳥居

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 ケンに後ろを任せたまま、ぼくらはまたダンゴ状で前進し始める。
 そしてすぐに、作戦がムダだと思い知らされたんだ。
 だって……また同じ真っ黒な影が、その先の低木の奥にいるんだもん。

 ぼくが足を止めると、ケンが「え、なに?」とおびえた声をだした。
 なんとなくこの先に、さらにまた先にも、同じ真っ黒な影がいる気がしてしまう。
 怖くないはずがない。
 でも、こんなところでいつまでも立ち往生しているわけにはいかない。
 ぼくら八班の次は、四組の一班が続いているはずだから――そういえば、ほかの班の話し声や悲鳴が一度も聞こえてこないけれど、なんでだろう?

 黒い影がおそいかかってきませんように……って、祈りながら前進再開。
 ようやく赤い鳥居が見えてきたときは、心底ホッとしたよ。
 でもね、鳥居に近づくにつれて安心が不安に変わっていったんだ。一歩ごとに。

 なぜって、鳥居の形がヘンだったから。
 たとえばだけれど、鳥居をかいて、っていわれたらどういうふうにかく?
 ぼくだったら、まず赤い横棒を一本引いて、その下に少し短めの横棒をもう一本引いてから、長い横棒から短い横棒をつらぬくように縦棒を引くと思う。
 左右のバランスを考えながらね。

 でも、ぼくらの進む先にある鳥居は、確かに赤いんだけれど……まるで鳥居を見たことがない人が作ったとしか思えないようなかたちだった。
 普通の鳥居は裏も表もまったく同じ形に見えるものだけれど、その鳥居は違った。まず右の柱を立てて、そこから横木を取り付け、そこから倒れないように左の柱をつけたしたような形。
 左右でかたちが違うんだ。
 不安をかきたてるような、悪いもののような気がしてしかたがない。

 怪しさまんさいの鳥居だったけれど、確かにふうとうは置いてあった。
 うすい水色の、無地のふうとう。
 特に組や班の番号も書かれていなかったから、てきとうなひとつを手にとった。

「どうする? 開けてみる?」

「こんなところで立ち止まるのは遠慮したいところだけれど、この中に次の指示が書いてないとも限らないからねぇ」

 ぼくの問いかけに、ドクが真っ当な意見をだしてくれる。
 『ドラゴン・オデッセイ』でパーティを組んでいるときもこんな感じで、謎解きや強敵の攻略に欠かせない、心強い仲間だ。

「じゃ、開けましょ。それからすぐゴールへ向かう。スピード勝負よ」

 サツキは、まさにぼくがいいたかったことを発言してくれた。
 だからうなずいて、ふうとうを開いた。
 心もち手がふるえて、うまく開けなかったけれど。
 なかには、一枚の紙切れが入っていた。
 表にして、懐中電灯の光を当てる。

 肝試し おつかれさまでした
 でも オバケはこの後も 追いかけてくるかもしれない
 この紙は 強い神様の 霊力をふうじたもの
 オバケに のろわれそうな人は 大事にもっておこう

「んーっと、どういうこと?」

「悪霊退散のおフダ、みたいなものかな」

 不思議そうなケンに、かみくだいて説明してあげた。
 ドクもそれにうなずいて、さらに一歩踏み込んだ話を始めた。

「ようするにこの紙は、オバケよけのお守りということらしいねぇ。オバケが追いかけてくるって設定なら、人数分用意しておいてくれてもいい気はするけれど」

「つまり、この紙のいうことを信じたとして、誰が持つか……って話よね?」

「そういうこと。ボクはオバケの存在を今のところ信じていないから、辞退させてもらうよ」

 ドクは宇宙人の存在は信じているけれど、オバケはいないと考えているんだって。
 宇宙はメチャクチャ広くて、惑星は数えきれないほどあるんだから、地球人以外に知的生命体がいないと考えるほうが非科学的……なんだそう。
 ぼくは今のところ、どっちも存在するんじゃないかと思っている。
 発見されなかったから今まで知られていなかっただけで、ある日突然ニュースになる新種の生物、みたいなものじゃないのかな、オバケも宇宙人も。

「ぼくも大丈夫かな。サツキかユリ、持っておく?」

 一応、男だしさ。
 こういうときはレディーファーストってやつ?
 紳士を気取ってみたんだけれど……。

「わたし平気。ユリは?」

「ここ、オバケいないから……いらない」

 なーんだ、やっぱり先生たちの演出だったのか。
 でも、よく考えたらそうだよね。
 本当にのろわれたり、取りつかれたりする危険なオバケがいるようなところで、肝試しなんかさせないよね。
 今はいろいろウルサイから、「子どもになんて危険なことをさせるんだ!」って、保護者やPTAなんかがさわいで、ニュースになっちゃう。

「じゃあ、オレがもらう!」

 せっぱ詰まった声をだしたのはケンだ。
 ぼくをふくめた四人が、先生たちのせっかくの演出を受け止めかねていたところへ、一人だけ立候補するかたちになった。
 もちろん、反対する理由なんかない。

「じゃあ、ケンが持つってことでいいよね?」

「オーケー」

「いいわ」

「……うん」

「どうぞ、ケン」

 全員が賛成して紙切れはケンのものになった。
 ぼくはちょっとニヤッとしながらケンに紙を差しだしたんだけれど、笑顔が固まっちゃった。
 もっとこう、ギャグのノリで紙切れをもらおうとしたのかと思ったのに、ケンがひどく真剣だったから。
 懐中電灯の明かりで見るケンの顔は、日焼けを気にするサツキたちより白いんじゃないかと思った。
 おまけに、暑いわけでもないのに汗をかいていた。
 ってことは多分、冷や汗なのかな?

 ケンは受け取った紙切れを両手にはさみ、一度おがむようなポーズをしてからていねいに折りたたんでシャツのポケットにしまった。
 おまけにポケットのボタンをしっかりとめるほどの念の入れよう。
 ケンのやつ、どうしちゃったんだろう?

 ぼくらは再び前進を開始する。
 先々の低木には相変わらず黒い影がいたけれど、やっぱりピクリともしないから少しずつ慣れてきた。
 ここまできて、急にオヤクソクを無視しておそいかかって来ることもないだろう、ってことで。

 実際、肝試しはなにごともなく終わった。
 ぼくらがゴールであるコトリ荘の正面玄関に戻るまで、コンニャクひとつ、先生ふんするオバケひとりでてこないまま終わってしまったんだ。
 たしかに、真っ暗な道を懐中電灯の明かりだけを頼りに進むのはそれだけで怖かったし、黒い影も超不気味だったけれど、なんだか拍子抜けした気分。
 ぼくが下級生に林間学校の話をしてあげるときは、「キモ試しぜんぜん怖くなかったよ」っていわないといけないのは少し残念だ。
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