林間学校に待ち受ける異次元のワナ

Ryo

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6.ついに起こった最悪の展開

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 これにて、一日目の行事はすべて終了。
 あとは寝るだけだ。
 ぼくらはコトリ荘の階段を上り、左右の大部屋に男女でわかれて入っていく。
 向かって右手にあるのが男子部屋だ。
 壁際にあるフスマみたいな引き戸つきの低い物入れ――地袋じぶくろというらしい――に寄せて置いたリュックから、それぞれ洗面用具を取り出して洗面所へ向かった。
 ちょっと学校の手洗い場に似ていて、親しみを感じるような残念なような、複雑な気分になる。
 鏡の前に知った顔を見つけて声をかける。

「あれ、ケンはパジャマに着替えないの?」

「ふっふっふ……なんとオレの私服はパジャマ兼用なのだっ!」

 いわれて改めて見てみると、ケンの服は上がポケットつきのTシャツ、下はゆったりしたハーフパンツ。
 お父さんが家で過ごすときの格好だし、近所のコンビニに行くくらいならそのままでも大丈夫そうな気がする。
 オシャレにうるさいサツキたちは絶対同意してくれないだろうけれど、荷物も少なくてすむしアリかもしれない? なんて思えてくる。

「なるほど、いいアイデアだね」

「忘れ物王をナメるなよ?」

 とりあえずホメたら、ケンは歯ブラシをくわえたままキザったらしいポーズをとりはじめたので、ぼくは「カッコ良くないし」といいながらひじで小突いた。

 歯みがきが終わればいよいよ就寝。
 敷き布団がひとつ残らず生徒でうまっていることを、二組の藤田先生が指さし確認してから電気が消された。

「いいか、静かに寝るんだぞ」

 なーんて先生はいうけれど、合宿だよ? 泊まりだよ? 友だちがとなりにいるんだよ? そんなぼくらがいいつけを守って静かに寝るはずがないよね。

 ぼくは左右のドクやケンと、ヒソヒソ話のボリュームでゲームの話をする。
 ちょうど今日、『ドラゴン・オデッセイ』のバージョンアップがあって、新しい装備やボスモンスターが追加されているはずなんだ。
 だから明日帰ったら、さっそくチームを組んで倒しにいかないといけない。
 その作戦会議だよ。

 でも……大部屋に百人近くの男子生徒を集めたら、そりゃあおとなしく小声で話すやつばかりじゃないこともたしか。
 ちょっかいの出しあいから笑い声が起こったり、ついに起き上がってまくら投げをはじめたり。
 さすがにそこまで騒ぐと先生に気づかれるから、ぼくらとしてはちょっと迷惑。
 まくら投げがヒートアップして、誰かがタタミにドタッと倒れこんだ。そのとたん、

「誰だ! 騒いでいるのは!」

 スパーン! って音がしそうなくらい勢いよくフスマが開いて、藤田先生が部屋に飛びこんでくる。
 ほら、ね?

 ぼくらはすぐに顔をまくらにつけて寝たフリをしたけれど、ふとんから出て暴れていた連中はさすがにごまかしがきかなかったみたいだ。
 先生に廊下に連れ出されてしまった。
 そうだね、怒るにしてもここで声を出すと、本当に寝ている人たちに迷惑だもんね。
 お説教グループは一階まで連れて行かれたらしく、だいぶ遠くから先生の怒る声が聞こえてきた。

 しばらくしてまたフスマの開く音がしたので、ぼくはうす目を開けた。
 ほんの数分前とくらべて明らかにシュンとした男子三人が、足音をしのばせて自分の布団に入った。
 静まり返った大部屋に、先生がフスマを閉める音がやけに大きく聞こえた。
 そのまましばらく、たぶん大部屋のほとんどの生徒たちが、先生の足音が遠ざかるのに耳をすませる。
 足音が階段を降り、一階の奥へと消えていくと、また少しずつ、紙をこすりあわせるような小声の会話がそこらじゅうで始まった。

「やれやれ。でもこれでみんな、適切な声の大きさがわかっただろうねぇ」

 ソロソロと体を起こしながらドクがいった。
 いつもみたいにメガネをかけていないから、別人に見えて変な感じ。
 ぼくとケンも体を起こしかけたとき。

「あなたたち!」

 石原先生のするどい声に、急いでふとんに倒れこむ。
 けれども、今回はフスマが開けられていない。

「なんだ、女子部屋か」

 ケンが長いため息とともにつぶやいた。
 石原先生の声に耳をすます。
 どうやら女子の誰かがスマートフォンを使っていたらしい。

「林間学校のたった一晩も手放せないとはねぇ。小学生にしてスマホ依存症なのかな」

「イゾンショウ?」

「やめられなくなる、ってこと。タバコとかお酒とか、やめたくてもやめられない大人が結構いるじゃない」

 ドクの説明に、ケンは思い当たるフシがあったみたい。
 明らかに暗い声を出した。

「うちのトーチャン、タバコ依存症かも……」

 だからぼくは、さり気なく話題をそらすことにした。

「ま、ぼくらも気をつけようよ。ゲーム依存症、なんていわれて、ゲームが世の中で悪者あつかいされないように、さ」

「だな、気をつけよう」

 男子の大部屋は、なんとなく落ち着いてきたみたいだ。
 マジメに寝ているやつもいるし、話しているのは声のトーンを落として先生に気づかれないよう気配りのできるやつだ。
 まくらに頭をつけたままだと本気で眠ってしまいそうだから、ぼくはうつぶせになり、ひじをついて体を起こした。
 ドクとケンもそれにならう。

「今日は妙なことばかりだったね」

「ホントにな。あのバスの煙はマジでこわかった!」

 ケンがしみじみうなずきながら、体を震わせていった。
 思い返してみると、妙なできごとは、バスが立ち往生してから始まったような気がする。

「確かにねぇ。あのときはボクも、ケンが神かくしにあうんじゃないかと思ったよ」

「カミカクシってなんだ?」

 ぼくはドクと顔を見合わせてから、どうぞどうぞと解説役をゆずった。
 どう考えたって、ぼくよりドクの説明のほうがわかりやすいからね。

「神かくしは、人が突然消えてしまう現象のことだよ。子どもの場合だと、実際には誘拐だったってことが多いけれどね」

「消えるって、なんだよ? 手品みたいに、パッと消えるのか?」

「タネもしかけも、あとかたもなく消えるのが神かくしさ。木の周りをクルクル回って遊んでいる我が子が、父親の見ている目の前で消える……なんてこともあったみたいだねぇ」

「マジか……」

「船の中で、湯気の立つ食事を残したまま乗組員全員がいなくなったとか、戦争中に兵士300人がピンクの雲に飲み込まれて消えたとか、まぁいろいろあるよ。のちに創作だったというオチもあるけれどね」

 どんどん顔が引きつっていくケンのためにドクがつけ加えたひと言は、どうやら耳に入らなかったみたい。
 ケンは真っ青な顔になって「怖ぇ……」とうわごとのように繰り返している。
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