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妖精猫は女性を怒らせた
その3
しおりを挟むこうして妖精猫は酒場で働くこととなった。
その日の夜から早速、妖精猫にはウエイターの仕事が与えられた。
「お前は用意された酒や料理をそのテーブルに運べばいい。それだけだ、わかったな?」
「にゃあにゃあ、わかったよ」
意気揚々と、尻尾を振ってにんまりと笑顔で返す妖精猫。
働き方は何となく知っている。だから妖精猫はすぐに出来るだろうと楽観的に思っていた。
が、しかし。それは大きな間違いだった。
ガッシャ―ン。
トレイのバランスを崩してしまった妖精猫は、大きな音と共にグラスを思いっきりひっくり返してしまったのだ。
お酒は床一面にこぼれてしまい、当然飲めたもんじゃない。
「ごめんなさい…」
しょぼんとしながらも急いで落としてしまったお酒を拭く妖精猫。
だが失敗はこれで終わりではなく。
その後も彼は重さに耐えきれず料理をひっくり返してしまい、思わず酒をちょいと一舐めして酔いどれてしまい、最後にはアサガオのステージをお客と共に見て騒いでしまい。という始末。
それはそれはとてもお世辞にも『働いていた』とは言えなかった。
「働きに来たんだよな…お前は…」
「ご、ごめんなさい…でも明日はちゃんとするから」
「いや、明日は厨房の方で調理の手伝いをしろ」
頭を抱えながらマスターはそう告げる。ステージの見えない厨房でなら、少しは落ち着いて仕事をするだろうと思ったのだ。
まだ働けることとなった妖精猫は、また自信たっぷりに胸をどんと叩いてみせる。
「任せてよ! 今度こそちゃんと働いてみせるから!」
次の日。
厨房に立って調理担当のスタッフのお手伝いをすることとなった妖精猫。
今度こそ、と意気込んでみせる妖精猫であった。が。
結果は残念ながら失敗ばかりだった。
用意しようとしたお皿はすぐに落っことしてしまい、持ってくるよう頼まれた食材は間違ってしまい。
最後にはついつまみ食いしたまたたびパンでいい気分になってしまい、厨房で眠り込んでしまったのだ。
「お前はな…料理も作れない、酒もまともに運べない。じゃあ何だったら出来るんだ?」
マスターに叱りつけられ、今夜もまた妖精猫の尻尾はだらんと下げて、身体もしゅんと俯いてしまう。
しかも今日はアサガオの歌もちゃんと聞けていなかった。そのせいか妖精猫は余計に元気がない。
「今までやったことがなかったから、まだわからないだけだよ。でもがんばって出来るようになるから…まだ働かせておくれよ」
一生懸命頼み込む妖精猫の姿を見て、マスターも他のスタッフたちも困った顔をする。
正直なところ、彼らはただただ迷惑でしかないこの妖精猫を、さっさと追い出してしまいたかった。いくら仕事が忙しくて猫の手も借りたい状況だったとしても、この妖精猫にだけは借りたくない、と思うくらいだった。
そんなスタッフたちの気持ちを察したマスターは、意を決して妖精猫にクビを宣告しようとした。
が、そのときだった。
「ちょっと待って。この妖精猫はまだまだ未熟な子供のようなものなの。だから今だけは大目にみて…もう少しだけ面倒みてあげてもいいんじゃないかしら」
そう言って妖精猫に助け舟を出してくれたのは、調理担当のエルフの女性だった。
「…マリン姐さんがそう言うなら……その代わり、コイツの面倒はマリン姐さんが見てやってくれないか? オレらにはもう手に負えないんでな」
「わかったわ」
エルフの女性はそう言って頷くと、妖精猫の傍へと近づきしゃがみ込む。
「ちゃんとあいさつしてなかったわね。久しぶりね、妖精猫さん」
「にゃにゃ…もしかして、ハリボテがマスターだったときにもいた、あのエルフさん?」
妖精猫はやんわりと彼女のことを思い出す。確かにこのエルフの女性は、ハリボテがマスターをしていた時代にも調理担当をしていた、あのエルフだった。
「覚えていてくれてよかったわ。貴方っていつもアサガオしか見えてなかったみたいだったから」
真っ直ぐな金色の髪がステキなエルフの女性は、妖精猫に向けて優しく微笑んでくれた。
それはこの酒場に戻って来てから、ようやく見た笑顔でもあり、妖精猫は思わず泣きそうになってしまう。
「にゃあにゃあ…よかった…アサガオちゃんだけじゃなくて、他のみんなも怒ってるみたいだったから…みんなぼくのこと嫌いになったのかと思ってたんだ…」
毛むくじゃらの顔をくしゃくしゃにしてそう話す妖精猫。
この酒場は、マスターがハリボテから今のマスターに代わった際にほとんどのスタッフがついでにと辞めてしまっていたのだが。アサガオを含めた何人かはこの酒場を守ろうと残って働いていた。
しかし、そんな妖精猫の顔見知りであったはずのスタッフたちも、何故か他所他所しい、嫌そうな態度を見せていたのだ。
それを見て、妖精猫は他のスタッフにも嫌われたのだと、思っていた。
そんな彼の小さな頭をエルフの女性―――もとい、マリンは優しく撫でてあげる。
「そうね、みんな妖精猫さんがあの誕生日までに戻ってこなかったことを怒っているのよ。私だってそうだったわ」
「それは…ごめんなさい…」
「でもね、誰よりももっとショックを受けていたのはアサガオだったわ」
自分の誕生日になっても、それが過ぎても、何か月が経っても、何年が経っても。
戻ってくることのなかった妖精猫に、アサガオはショックを受け、毎日泣いていたんだという。
そうして、その悲しみはやがて裏切られたんだという怒りに変わっていったのだと、マリンは説明する。
「だからアサガオは貴方にあんな態度だし、その気持ちを知っている他のみんなも彼女の味方をしているの」
「にゃうにゃう……アサガオちゃんの気持ちは、ずっと怒ったままなのかな…もう許してもらえないのかな」
哀しい顔で俯いている妖精猫へ、マリンは優しく頭を撫でたまま、教えてあげる。それはかつてハリボテが彼にやってくれたことと同じように。
「私にもそれはわからないわ。人っていうのは素直に謝られても、それでもなかなか許せないときがあるから」
「……それじゃあもう、アサガオちゃんの笑顔は見られないなかな…」
「そんなことないわ」
少し考えてから、マリンは優しく教える。
「貴方のその真っ直ぐで純粋な気持ちがあれば、みんなもアサガオも、いつか許してくれると思うわ」
だって、私がそうだから。そう付け足して微笑むマリン。
彼女の言葉を聞いた妖精猫は、その落ち込んでいた様子から、みるみるうちに元気を取り戻す。
「じゃあぼくがんばるよ! 一生懸命働くし、一生懸命許してもらうんだ! 友達になれないとしても…アサガオちゃんの笑顔は絶対見るんだ!」
そう意気込んで鼻息を荒くする妖精猫。
まるで子供のようににんまりと笑うそんな彼を、マリンはくすくすと笑いながら見守っていた。
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