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妖精猫は女性を怒らせた
その2
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妖精猫は目を覚ますなり、真っ先に酒場へと向かっていた。
時刻はお昼過ぎ。丁度歌姫が一回目の歌を披露しようとしていたところだった。
「にゃあにゃあ、間に合った…!」
酒場の扉を思いっきり開けると妖精猫は空いていた席へ迷わず座る。ステージの一番真ん前の、彼の特等席だった場所だ。
ステージに立っていたアサガオは妖精猫を見つけた途端、しかめっ面をしていた。あの懐かしい笑顔はまだない。
それでも妖精猫は構わず、テーブルへ前のめりになってアサガオの歌を今か今かと待つ。
「さあさあお待ちかね! この町一番の歌姫アサガオによる歌が始まるよ! ステキな歌だからみなさんぜひとも聞いてやってくださいな!」
酒場のマスターはそう叫んだ後、その手をアサガオへと向けた。
深々とお辞儀をするアサガオ。キレイに化粧を施し、緑色のドレスを着て。
以前とは違ってピアノの演奏と共にアサガオは歌い始める。
*
烈しく燃える太陽よ 熱く燃える太陽よ
貴方の輝きで この心も燃やしてよ
貴方の温もりで この心も燃やしてよ
この冷たい気持ちをなくしたいから
この震える感情を消してしまいたいから
赤々と照りつける太陽よ 白々と照りつける太陽よ
貴方の情熱で 私を溶かして
貴方の恩情で 私を許して
このつまらない気持ちをなくしたいから
この稚拙な感情を消してしまいたいから
この嫌な思い出を忘れたいから
だから太陽よ 早く私をあわれんで
*
歌が終わると同時に酒場中に拍手が巻き起こる。歓声が、ステージに立つ歌姫を包む。
それに負けじと妖精猫もまた、頭の上で両手をパチパチと叩きながら喜びを表した。
「すごいよ、キレイだよ、ステキだよ、美しいよ!」
相変わらず歌詞の意味はわからなかったけれど、それでも妖精猫は感動していた。久しぶりに聞いたアサガオの歌に涙をぼたぼたと流して感激していた。
「ありがとうございます、ありがとうございます。もしよろしければおひねりをお願いします」
その言葉を合図に、今度は金貨や銀貨がステージへと投げ込まれる。
それは以前のときにはなかった、妖精猫にとって初めて見る光景だった。
「にゃにゃ、あれは何をしているの?」
妖精猫にとっては何かを投げつけられている動作にしか見えず、驚いた彼は慌てて近くの席にいた男性へ尋ねる。
「ああ、あれは『おひねり』ってさ。まあ簡単に言うと歌がステキだったからその感動のお礼としてお金を投げてあげているんだ。歌姫さんはそのお金で生活が出来るんだよ」
「にゃにゃ!? そうなのかい?」
それならば自分も『おひねり』をしなくてはいけない。そう思った妖精猫は身体中をぺたぺたと触って金品になりそうなものを探す。
しかし、ポケットの中身を見ても出てくるのは旅の道中で拾っていた木の実やら花の種やらばかり。お金なんて一枚も持っていない。
と、妖精猫は小さな荷包みの中にしまい込んでいたあるものを思い出す。大きな葉っぱの中へていねいに包んでしまっていたそれは、アサガオにプレゼントするはずだった『人魚の涙』のペンダントだった。
「……これなら、おひねりになるかもしれないけど……」
これは投げて渡すようなものじゃない。ちゃんと手渡しして、喜んでもらいたいものなんだと、妖精猫はペンダントをしまい直す。
そんな妖精猫がそうこうとしているうちに、アサガオはステージの奥へと消えてしまっていた。投げ込まれたおひねりは、マスターが回収していた。
「あ、アサガオちゃん…」
消えていってしまったアサガオを想い、しょぼんと項垂れる妖精猫。
すると、そんな彼のもとへマスターが近づいてきた。
「また来てたのか…お前は…」
「アサガオちゃんに嫌われちゃったかもしれないけれど、歌を聞きに来るのはダメなのかな…?」
ふふんと得意げでいる妖精猫に言われて、マスターはムッとした顔を返す。まるでここには来て欲しくないといった顔だ。
が、マスターは妖精猫のテーブルを見るなり表情を一変させた。
「はぁ~…お前はなあ、酒場はそもそも酒や食事を楽しむところなんだぜ。なのに酒一つすら注文してないのはな…どうなんだぁ?」
「え…でも、前はそんなこと言われたことないよ…?」
そう言い返した妖精猫のテーブルをバンと、勢いよく叩くマスター。
その大きな音に周囲のお客も驚いた顔で、妖精猫の方へと視線を向ける。
「昔は昔。今は今だ。で、今のマスターはオレなんだから、オレのルールに従ってもらわなきゃダメだ!」
得意げな顔をお返しするマスター。今度は妖精猫がムッとした顔をすることとなる。
マスターは妖精猫が反論するよりも早く、その首根っこを摑まえると、昨日と同じように妖精猫を酒場から追い出そうとする。
「ま、待ってよ! 注文さえすれば良いんだよね、金さえあれば良いんだよね!」
「ああ。金を持って出直してきな」
そう言ってマスターは妖精猫を酒場の外へ投げようとした。
が、しかし。
「にゃあにゃあ! ぼくはここで働くよ!」
慌てて叫んだその言葉を聞いて、マスターの手が投げる寸でで止まる。
「働くだと…?」
「ほら、あれってスタッフ募集の貼り紙だよね?」
妖精猫はそう言うと壁に貼ってあった一枚の紙を指差した。
『酒場で働いてくれる人募集中! 年齢・性別・種族は問いません』としっかり書かれてあった文章を見つけ、妖精猫は尻尾をゆらゆらと揺らす。
「つまり、ぼくだって働いて良いってことだよね」
そう言われてしまえば反論することも出来ず、マスターは口をへの字に曲げてしまう。
「だが、なあ…オレはお前をただ追い出したいわけじゃなくてな…アサガオがあんなにも嫌がっているから、追い返しているんであってな……」
「あたしは別にいいよ」
マスターの言葉を遮って聞こえてきた声。その声の方を見ると、そこにはいつの間にかステージに戻ってきていたアサガオの姿があった。
「アサガオちゃん!」
思ってもいなかったアサガオの言葉にマスターは驚き、妖精猫は大喜びする。
「本当にぼくここで働いても良いの!?」
「…勘違いしないでよ。のんきなアンタにさっさと諦めてもらうには、その方が手っ取り早いと思っただけだよ」
それだけ言うとアサガオは再び、ステージの奥へと戻っていってしまう。
首根っこを掴まれたままの妖精猫は当然追いかけることも出来ず。その背を見続けることしか出来ない。
しかし、妖精猫はそれがアサガオの優しさだと信じていた。まだ友達だと思ってくれているんだと信じた。
嬉しさと喜びとでギュッと締めつけられる胸を押さえながら、妖精猫はいつまでもアサガオの笑顔を思い浮かべていた。
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