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妖精猫は女性を怒らせた
その4
しおりを挟むその次の日も、妖精猫は酒場で働いては同じ失敗ばかりをしていた。
料理は落とすし、酒はまともに運べない。バケツの水もひっくり返し、壁の穴だって爪を研いでばかりで直せやしない。
しかし。それでも、妖精猫はめげずに働き続けた。
食材の名前も一個ずつ覚えたし、料理をこぼさない配膳の仕方も覚えた。バケツの水も少しだけ入れればひっくり返しても大惨事にはならないことを知ったし、壁の穴も無理して直す必要はなくなった。
怒られながらも叱られながらも、それでも妖精猫はただただ働き続けた。
「それもこれも全てはアサガオちゃんの笑顔のためなんだ! ぼくはそれさえ見られれば後は何もいらないんだ」
いつもいつも、口ぐせのようにそう話しては酒場のため、アサガオのためにと尽くし続けた妖精猫。
やがて、そんなひたむきな彼の姿を見て、他のスタッフたちは一人、また一人と妖精猫を認めるようになっていった。仲間だと思うようになっていった。もう一度信じるようになっていったのだ。
たった一人———アサガオだけを、除いては。
アサガオは歌のステージのとき、妖精猫が一番真ん前の席にいても微笑もうともせず。
妖精猫がおひねりを投げ込んだとしても、笑ってあげることもしなかった。
そうして、いつもいつも。彼女は歌い終わると同時に、さっさとステージの奥へと消えていってしまうのだった。
「アサガオちゃんはまだまだぼくを見てはくれないんだね…」
この日も妖精猫はアサガオに無視されてしまい、だらんと尻尾を垂らしていた。
「けどな、アサガオは君を嫌いなわけじゃないんだ」
「そうよそうよ。本当はとっくに許してあげたいんだけれど、なかなか素直になれないだけなのよ」
しょんぼりと落ち込んでいる妖精猫へ、すっかりと仲良くなったスタッフたちが慰めてくれる。彼らは項垂れている妖精猫の肩を組み、頭を優しく撫でてくれていた。
「……にゃあにゃあ、どうすればアサガオちゃんは素直になってくれるんだろう…?」
妖精猫にそう尋ねられ、今度は周りのスタッフたちが困った顔をしてしまう。
頭を抱え、首を傾げる妖精猫とスタッフたち。
すると、そんなみんなのもとへやって来たマリンが言った。
「だったら…今度こそ成功させればいいんじゃないかしら。アサガオの誕生日を」
気づけば暦はアサガオの誕生日が近いことを報せていた。
気づけば妖精猫がこの酒場へと戻ってきたあの日から、もう一年が経とうとしていたのだ。
「にゃにゃ、それは気づかなかったよ。いつの間にかそんな時間になろうとしていたんだね」
「貴方にとって一年はあっという間かもしれないけれど、アサガオにとってはとても長い一年だったと思うわ。だってあの子はずっと、貴方を見る度に悩んだ顔をしていたから。きっと貴方を許してあげるタイミングを探していたんだと思うの」
だから、あの日渡せられなかったプレゼントを、祝えなかった誕生日を。今度こそしてあげられれば、それがきっかけになってアサガオも素直になれる。許してくれると思う。と、マリンはそう説明する。
「つまりは…あのとき渡せなかった『人魚の涙』のペンダントを今度こそちゃんとプレゼントすれば、アサガオちゃんも素直になってぼくを許してくれるってことだね」
頷くマリンに、妖精猫は早くも大喜びとなって、尻尾をふりふりと揺らしながらその場を飛び跳ねる。
「やったあ! それじゃあ早速ペンダントを用意するよ! あ、それとついでに最近ぼくが焼けるようになった、とっておきのまたたびパンもプレゼントしよう!」
「…それは貴方くらいしか食べないと思うから、止めておいた方が良いと思うわ」
マリンの忠告にきょとんとした顔をする妖精猫。
彼は今の今まで、またたびパンが酒場で大人気の料理だと思い込んでいた。
猫くらいしか食べない料理であることを知らなかった。
「…とにかく、私たちも誕生日の手伝いをしてあげるから。アサガオを盛大に祝ってあげましょう」
「そうだな。なんたってこの酒場で一番の歌姫でもあるしな。それくらいのお祝いはしてあげないと」
「マスターもそう説明しておけば、文句は言わないよね」
そう言って他のスタッフたちもみな、アサガオの誕生日にやる気がみちあふれていた。
話を聞くと、妖精猫が戻って来なかったあの誕生日以来、ちゃんとしたアサガオの誕生日は一度も開かれてはいなかったのだという。
「にゃあにゃあ、そうだったんだね。それじゃあなおさら、お祝いしてあげなくちゃ」
妖精猫はそう言うと頭上高くに拳を突き出して、そのやる気を表した。すると他のスタッフたちも彼に続くように拳を突き出していく。
それはまるで、みんなの気持ちが一つにまとまっているようだった。
「にゃにゃあ! アサガオちゃん誕生日大作戦開始だよ!」
そんな、協力してくれようとしているみんなの様子がまた、妖精猫は嬉しくて楽しくて。
意気揚々と、拳も尻尾もぴんと上げて、大声をあげた。
が、しかし。
妖精猫が叫んだ直後、みんなから一斉にその口に人差し指を当てられた。
「しーっ!」
「聞こえたらばれちゃうでしょ!」
「にゃうにゃう…そうだったね、ごめんなさい…」
妖精猫は尻尾をしゅんと下げて、ちゃんと謝った。
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