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第4話 籠の鳥

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 ソレイユと会うと心が温かなものになるのだが、翌日彼の姿が見えなくなるだけで空虚な気持ちになってしまう。

(今のわたくしにはソレイユしかいない)

 母が亡くなり、父の元へと来たのだが常に感じの目に置かれ、外に出る事も叶わないので、段々と心が寒々しいものになっていた。

「大事にされてはいるのだろうけれど」

 ここまで徹底的に外に出さないようにされ、人に会う事も制限されるなんて、まるで監禁されているような気分になる。

「子供の頃は外に出て遊んだはずなのに」

 記憶の中の自分は日の光の中で遊んでいたはずだ。

 自分と同じ銀色の髪を持つ母と、そしてもう一人……

「うっ……!」

 酷い頭痛が起きる。

(いつもそうだわ、どうして?)

 昔の事を思い出そうとすると何故か痛みを感じそれ以上思い出せなくなる。

 一体何故なのか。

「そういえば記憶の中のお母様はいつも笑っていたのに、いつからか悲しそうに微笑むばかりで」

 それは一体何故だろう。

 しかし考えようにも強い痛みに思考が出来なくなる。

 仕方なしにベッドに横になった。

 情事の後は神人達にすっかり片づけられていて、その痕跡は最早ない。

 口止めはしているが、父に知られないようにと願うばかりだ。

(いけない事でしょうけど、今のわたくしはソレイユがいないと死んでしまう)

 誰も訪れないこの寒々しい神殿に一人押し込められて過ごすわたくしはソレイユが居るから平静を保てている。そうでなければ孤独と恐怖で狂いだしそうだ。

「わたくしは、ただ愛でる人形ではないの……」

 意志もあり、心もある。

 それなのに父はそれを理解してくれない。

 涙を頬が伝うが、止める事は出来ない。

(寂しい寂しい寂しい……)

 そうして心の痛みに耐える内にノックの音が聞こえる。

「……はい」
 頬に涙を拭い返事をすると、声が聞こえる。

「ルナリア様、失礼します。天上神様がおいでになりました」

 その声は微かに震えている。

「わかったわ。それでは身支度をお願い」

 そう声を掛けると神人が数名入ってくる。

 涙の跡があるルナリアを見て若い神人は驚いたようだが、古参の者は動じない。

「ぼさっとしていないで、早く動きなさい!」

「は、はい!」

 叱りつけられた若い者が慌ててメイク道具を片手に近付いて来る。

「ごめんなさいね、手間をかけてしまって」

「いえ、ルナリア様はお気になさらずに」

 そうは言いつつも手慣れた者達の顔には焦りがある。

(わたくしに何かあれば罰を受けるものね)

 泣いている理由など聞かれた事はないし、彼女たちは必要以上の会話をしない。

 わたくしも必要な事以外は話さないようにしているのはあるけれど。

(昔は仲良くなろうと努力をしたのだけれど、今はもう疲れてしまったわ)

 話しをして仲良くなった者はどこかへといなくなってしまうから仕方ない。

 急いで支度をし、応接室へと行けば父が立って待っていた。

「お待たせいたしました」

 そう言うと父は満面の笑みでわたくしの背に手を回す。

「ルナリア、暫くぶりだな。元気にしていたか?」

(三日前にもお会いしたと思うのですが)

 豊かな金髪や大きな手、そして逞しい体。髪の色を除けばややソレイユに似ているかなと言う感じなのだけど。

(ソレイユとは違い、あまり親しみを感じないわ)

 小さい頃ならいざ知らず、こうして大きくなり色々見えてきたのはある。

 ソレイユと違い父からは気遣いを感じないからだ。

「お陰様で元気に過ごしておりました」

 常に部屋で過ごし、外に出る事もないのだから何かがあるわけはない。

「それならば良かった。おや?」

 どうやら目聡く見つけられてしまったようだ。

 父の声色に神人達がびくりと震える。

「目が少し赤いな、もしかして泣くようなことがあったのか」

 頬に触れられ、鋭い視線が神人達に向けられた。

「誰だ、儂のルナリアを泣かしたのは」

 低く怒りの言葉を放つ父に誰も答える事が出来ない。

 迂闊に答えれば罰が来るとわかっているからだ。

「お前か」

 射抜くような視線を浴びたのはあの若い神人だ。

「あ、あたしではありません。部屋に行った時には既にルナリア様は泣いておられて……何か辛い事でもおありなのではないでしょうか?」

 余計な事を!

 わたくしが止める間もなく、神人は強い力を受け、壁に叩きつけられた。

「げふ?!」

 見えない拳で殴られたように腹部が凹み背中は壁に打ち付けられ、溜まらず嘔吐してしまう。

「お前達の役目はルナリアに快適な生活を送らせることだ。辛い事があっただと? ならば貴様らは仕事を怠ったのだな?」

 神人達は恐怖で身を寄せ合い、誰も殴られた子を見る事が出来ない。

(助けないと)

 これ以上父の機嫌を損ねないようにと、わたくしは父の腕に手を回す。

「お父様、誤解ですわ。あなたが用意してくれたここはとても快適です。彼女達はわたくしの為に頑張っておりますわ」

「ではなぜ涙を?」

「恥ずかしながら怖い夢を見て泣いてしまったの。母が亡くなった時の事を思い出してしまって」

 そう言えば父はこれ以上神人達を責めないはずだ。

「そうか……可哀想に」

 そうして力強く抱きしめる父に、わたくしは一切抵抗をしない。

(その間に先程の怪我をした神人が手当されると良いのだけれど)

「でも今日お父様に会う事が出来て嬉しいです、ねぇ折角ですから二人で中庭のお花でも見ましょう、お部屋から見た時とても綺麗に咲いてましたので」

「二人でというのは良いのだがルナリアの肌が日に焼けてしまうのはいただけないな」

 父がわたくしを外に出さない理由の一つでもある。

 わたくしを外気に触れさせるのすら嫌だというのだ。

「そうですか、残念です。ではお花が良く見えるお部屋に移動しましょう」

 父の手を引いてわたくしはこの部屋を早く離れようと促した。

 皆父の挙動を恐れて動けないようだから、こうして離すしかないのだ。

(ごめんなさい。本当にごめんなさい)

 心の中で倒れた神人に謝りながら、わたくしは父をここから連れ出した。

 わたくしとて怖い。

 けれど父のこの偏執的で屈折した愛による被害を止められrのはわたくしだけだ。

 わたくしと仲良くなった者は父からの嫉妬で時に命を奪われ、時に遠くへと追いやられた。

(そんな悲劇は繰り返させてはいけない)

 だからわたくしは全てを諦めて独りになるしかなかったのだ。

 ソレイユに会うまでは。



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