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学園編

閑話 優しい夢

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Side イグニス




おれには夢があった
母さんがまだ生きてた頃、知り合いの商人が手伝ってくれて、母さんと兄さんと一緒に初めて手作りの雑貨を作って…それを父さんの誕生日にプレゼントした日があった
長年騎士をしていて体格も良くて、厳つい顔をした父さんが初めて優しい笑顔になった日

おれは、父さんの笑顔を見て母さんと将来人を笑顔に出来る商人になるとこっそり指切りをして約束したんだ

おれの夢は商人になる事、それが叶うはずのない夢だと理解したのは父さんが笑顔になった日から半年後、母さんが野盗に襲われてこの世から消えてしまった時
父さんは仕事に行ってくると出ていき、鬼のような顔をして野盗を見つけ出し、血濡れで帰ってきた


「我が家の力が足りないからお前たちの母は命を落とした、その意味がわかるか?力を求め、力を周囲にしてしてこそ大切なものは守れる
お前たち二人は将来俺を超える騎士となれ、死んだ母のためにもこの国から悪を屠る存在となれ」


血なまぐさい甲冑を着たまま、血走った目でおれと兄さんに詰め寄る父さんは、あの日笑顔を見せてくれた父さんじゃなかった
母さんを失った事は本当に悲しくて辛かった…でも、おれは母さんとあの日、約束したから…
指切りしたから…おれは騎士じゃなくて約束した商人になりたい…そう伝えると父さんが怒鳴った、壁に飛ぶほど殴られたのを覚えてる



「誰も守れない存在が甘えた考えで夢を語るな!!!
バイゼル家は騎士となり自身も周囲も家族も全て守れる存在でなければならない!!」


騎士になる事を運命付けられた日、兄さんは父さんの気持ちについて行けたけど…おれにはそれが出来なかった





元々、体術の才能もなかったおれには地獄とも思える訓練と鍛錬の日々、魔力が判明し土が強く出たおれは肉体強化が使いこなせると更に訓練が酷くなる

泣いても、喚いても、吐いても終わらない訓練…そして鍛錬…おれが不器用だから、おれが才能が無いから…父さんも兄さんもおれのために怒ってくれる、罵倒し鼓舞してくれる…


「お前のために言っている!何故こんな事もできない!?ふざけているのか!この愚か者が!!!」


「イグニス、もっと努力しないとだめだ、お前はもっと強くならないとダメなんだ!わかるか?
失望させるな!お前はバイゼル家の次男だろう!?」


父さんと兄さんの声が響く…四六時中頭に響く
ああ、おれは騎士にならないといけないんだ…これは…望まれてみんなを守れる存在になる為の試練
もう母さんを失わないための…試練…おれはこんなにも必要とされて…シアワセナンダ



自宅に父さんの部下が泊まり込むようになってさらに訓練が激しくなった
身体だけはある程度大きくなったけど全然役に立てないおれを殴るなんて日常だ、これはおれの日常…
痛みも苦痛もおれが駄目な人間だから仕方ない…友達すらいないのもおれが駄目な人間だから父さんが許してくれない

泣いても喚いても、これは幸せなこと
最後に笑ったのはいつだろう…おれは笑うことすら許されない存在なんだ…でも、これが幸せなんだ








……………………
………………
………




「イグニス、聞いて…
人は、人間は自分が最初から辛い境遇に居続けると
、脳が錯覚して…それが普通に思えてしまうんだよ…
でも、心も身体も苦痛に悲鳴を上げないわけじゃない…涙を流す、痛みを感じる…そんな信号を出し続けて普通じゃない事を教えてくれる

ねぇ、イグニス…キミは今、今まで幸せだったと言える…?涙が出るのは辛いのかもしれないじゃない…辛くて苦しくて、心が泣いてるからじゃないの…?」




その言葉を聞くまでおれは長い悪夢の中にいたような気持ちに襲われた



王太子殿下の側近の話題が出て、兄さんが本気にしてしまい、いつもよりも酷い訓練を強要されてた時、意識が朦朧として死ぬかもしれないと喉が渇きすぎて血を吐きそうになった時、おれはルディヴィスに出会ったんだ
体格の良い兄さんとおれの間に入り、おれを守ってくれる初めての存在…焼けそうなほど傷んでた喉に優しい味のする水を恵んでくれた存在…それがサングイス公爵家の子息…ルディヴィス

何故おれを気にかけてくれるのか分からない…でも彼と話をしていると心が安らぐのは何故だろう
自分の境遇を幸せだと暗示を掛けてまで耐えてた事に何故気付いてくれたのだろう…
華奢な身体で、まるで母さんのような温かさで抱き締めてくれるのはどうして…?


ルディヴィスの言葉でおれは気付いた…いや思い出した…おれは騎士になりたいんじゃない、母さんと約束した商人になりたかった…
皆に笑顔を届ける存在になりたかったって、訓練を鍛錬を受けることが辛い、殴られるのも罵倒されるのも辛い…そんな当たり前の事を何故今まで見て見ぬふりをして来たんだろう
心のサインに蓋をして幸せだと必死に暗示を掛けてまで…


それは逃げ場が無かったからだって…理由までわかって苦しかった、悲しかった…
でもそんなおれにルディヴィスは手を伸ばしてくれる、逃げる選択肢をくれる、違う未来のキッカケをくれたんだ



何故見ず知らずのおれを助けてくれるのか分からない…でも救ってくれたことは事実だ、それにルディヴィスから友達になろうって言われて嬉しかった

公爵家に世話になるようになって、ルディヴィスが心から優しい人間だと改めて知る
時々、まるで母のような大人の優しさを持つ彼は何者なんだろうか…


おれはルディヴィスに、サングイス公爵家にどんな恩返しが出来るだろう…最近そればかり考えてしまう



この生活がずっと続いてほしいと願うほどルディヴィスがくれた今は…まるで幸せな夢のような生活なのだから







どうか、この夢が覚めませんように…






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