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第13話 太陽と常闇(前篇)
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――私の知らないあなたの姿が、そこにはあったのですから。
第13話 太陽と常闇
「いやー、それにしてもマークさんって本当に日本語上手ですね。話してて全然違和感ないっすもん」
晴山が唐揚げを摘まみ、明るい笑顔で言う。
「ハレヤマさん、ありがとうございます。そう言って頂けると、勉強を頑張ってきた甲斐があります」
マークはこんにゃくの煮物を器用に箸で取り、穏やかに答えた。
「確かにマーク、箸の使い方も随分慣れてきたな。これなら今度社食でそばいけるだろ!」
浦河が鮭の身をほぐしながら、笑い声を上げる。
「社員食堂があると便利ですよね。コンビニのお弁当より栄養バランスもいいでしょうし、安心です」
古内が優雅な仕種でほうれん草の胡麻和えを口に運んだ。
――そんな中、雪花はこの場でどんな会話が繰り広げられるのか、一人気が気でない。
一体何故、こんな事態になっているのか。
***
「お弁当が余っちゃった?」
雪花の言葉に、キャビネットの上にお弁当を置いた晴山が「そ」と軽く頷いた。
「今日全国の営業会議用に出席者分の弁当発注してたんだけど、北関東地域のメンバーが急なトラブル対応で来られなくなったらしくて。うちのフロアも結構人出払っちゃっててさ、それで食べてくれそうな職場に回そうと思って来たわけ」
それでも、わざわざ9階の営業フロアから7階の総務課まで、何故持って来てくれたのだろう――そう考えて、雪花ははたと思い当たる。
8階に入っているのはシステムエンジニアリング部だ。顧客の要求をできるだけ通したい営業部と、納期・価格に余裕を持ちたいシステムエンジニアリング部は、あまり反りが合わないと聞いたことがある。
だから、わざわざ晴山は7階まで来ざるを得なかったのではないか。
色々と大変だなぁと思いつつ、今日総務課は古内と社員食堂で昼食を食べることになっている。システムエンジニアリング部がダメなら、隣の財務部を紹介しよう。
そう雪花が口を開こうとした時――
「あれ、晴山じゃん。どした?」
会議室から出て来た浦河が、雪花の横に顔を出した。途端に、晴山の表情が明るくなる。
「浦河課長、お久し振りです! このお弁当余っちゃったんですよ。費用はうち持ちのままでいいんで、総務課でいかがですか?」
「あ、そうなの? じゃあもらうわ」
即答で了承した浦河を、雪花は二度見した。
「課長、これから古内さんを社員食堂にお連れするんじゃ……」
「社食は別に今度でもいいだろ。って――弁当、5個あるな。晴山、おまえも食ってけば?」
「えっ」
「あ、いいんですか? じゃあ一緒に」
「えっ」
――そして、現在に至る。
晴山も一緒に昼食を取ることについて古内に伝えると、彼女は全く気に留めない様子で「他の部署の方の様子も拝見したいので、全然問題ないですよ」と答えた。そういうものなのだろうか。
今のところは核心に迫るような話題もなく、晴山を中心に話が盛り上がっている。さすが営業だなぁと雪花は晴山を見ながら思った。業務中だけでなく、立ち振る舞いからも自信が伝わってきて、一方で嫌味も感じさせない。
このまま平和に終わってくれればいいんだけど――雪花はお弁当の隅に居るお漬物を控えめにポリポリと咀嚼した。具沢山でおいしいお弁当だ。
「――で、古内さん。うちの会社ってマークさんの実習先としてどうですか?」
晴山が古内に話を振り、雪花は固まった。
古内は海外から来た実習生の取次をする団体の職員ということになっている。正直にJAXA職員とも言えず、どうしたものかと思っていた矢先、自分からそう名乗り出たのだ。
内心はらはらしている雪花に気付かない様子で、古内はこくりと一口ペットボトルのお茶を飲む。
「そうですね。総務課のお二人には大変よくして頂いていますし、マークもきちんと業務ができているようなので、本当にこの会社が実習先で良かったと思います」
そう答えて、古内は上品な笑みを浮かべた。
その回答を受けて、晴山が身を乗り出す。
「それは良かった。実は、僕が居る営業部でも、将来的には外国人の実習生を受けてみたいと思っているんです。一部の海外営業のメンバーはいいんですが、やっぱり国内営業だとなかなか外国の方と接する機会もなくて……マークさんみたいな方がうちの部署に来てくれたら、若手のモチベーションも上がるし、上の世代の意識も少し変わる切っ掛けになるんじゃないかなと。僕の個人的な考えなんですけど」
そんなこと、考えていたんだ――雪花は新鮮な心持ちで彼の話を聞いていた。
自分のことではなく、職場や周囲のメンバーにも気を配っていて、ようやくやりたいことができるようになってきた自分と同期とはとても思えない。
「やっぱおまえしっかりしてんな。さすが営業部のエース」
「でしょ。もっと褒めてください。僕、褒められて伸びるタイプなんで」
そんな浦河と晴山のやり取りに、思わず雪花は吹き出してしまう。古内も「それはいい考えですね」と答え、会議室内に穏やかな空気が満ちた。
「――あ、そうだ。ちなみに、マークさんはここに来る前どんなお仕事をしていたんですか?」
おもむろに晴山がマークに話を振り、緩んでいた雪花の表情が再度固まる。
そろりとマークの方を窺うと、マークは真面目な表情で晴山を見つめ返していた。
「……そうですね」
マークは静かに瞼を閉じる。
その仕種は、何かの記憶を辿っているようで――古内が静かに「マーク」と声をかけた。
「色々なことをしていました。一言では言い尽くせないくらい、色々なことを。とてつもなく永い間――」
マークがゆっくりと目を開く。その瞳に浮かぶ色は、雪花の目には昏さを纏って見えた。
「――光の届かない、昏い世界で」
第13話 太陽と常闇
「いやー、それにしてもマークさんって本当に日本語上手ですね。話してて全然違和感ないっすもん」
晴山が唐揚げを摘まみ、明るい笑顔で言う。
「ハレヤマさん、ありがとうございます。そう言って頂けると、勉強を頑張ってきた甲斐があります」
マークはこんにゃくの煮物を器用に箸で取り、穏やかに答えた。
「確かにマーク、箸の使い方も随分慣れてきたな。これなら今度社食でそばいけるだろ!」
浦河が鮭の身をほぐしながら、笑い声を上げる。
「社員食堂があると便利ですよね。コンビニのお弁当より栄養バランスもいいでしょうし、安心です」
古内が優雅な仕種でほうれん草の胡麻和えを口に運んだ。
――そんな中、雪花はこの場でどんな会話が繰り広げられるのか、一人気が気でない。
一体何故、こんな事態になっているのか。
***
「お弁当が余っちゃった?」
雪花の言葉に、キャビネットの上にお弁当を置いた晴山が「そ」と軽く頷いた。
「今日全国の営業会議用に出席者分の弁当発注してたんだけど、北関東地域のメンバーが急なトラブル対応で来られなくなったらしくて。うちのフロアも結構人出払っちゃっててさ、それで食べてくれそうな職場に回そうと思って来たわけ」
それでも、わざわざ9階の営業フロアから7階の総務課まで、何故持って来てくれたのだろう――そう考えて、雪花ははたと思い当たる。
8階に入っているのはシステムエンジニアリング部だ。顧客の要求をできるだけ通したい営業部と、納期・価格に余裕を持ちたいシステムエンジニアリング部は、あまり反りが合わないと聞いたことがある。
だから、わざわざ晴山は7階まで来ざるを得なかったのではないか。
色々と大変だなぁと思いつつ、今日総務課は古内と社員食堂で昼食を食べることになっている。システムエンジニアリング部がダメなら、隣の財務部を紹介しよう。
そう雪花が口を開こうとした時――
「あれ、晴山じゃん。どした?」
会議室から出て来た浦河が、雪花の横に顔を出した。途端に、晴山の表情が明るくなる。
「浦河課長、お久し振りです! このお弁当余っちゃったんですよ。費用はうち持ちのままでいいんで、総務課でいかがですか?」
「あ、そうなの? じゃあもらうわ」
即答で了承した浦河を、雪花は二度見した。
「課長、これから古内さんを社員食堂にお連れするんじゃ……」
「社食は別に今度でもいいだろ。って――弁当、5個あるな。晴山、おまえも食ってけば?」
「えっ」
「あ、いいんですか? じゃあ一緒に」
「えっ」
――そして、現在に至る。
晴山も一緒に昼食を取ることについて古内に伝えると、彼女は全く気に留めない様子で「他の部署の方の様子も拝見したいので、全然問題ないですよ」と答えた。そういうものなのだろうか。
今のところは核心に迫るような話題もなく、晴山を中心に話が盛り上がっている。さすが営業だなぁと雪花は晴山を見ながら思った。業務中だけでなく、立ち振る舞いからも自信が伝わってきて、一方で嫌味も感じさせない。
このまま平和に終わってくれればいいんだけど――雪花はお弁当の隅に居るお漬物を控えめにポリポリと咀嚼した。具沢山でおいしいお弁当だ。
「――で、古内さん。うちの会社ってマークさんの実習先としてどうですか?」
晴山が古内に話を振り、雪花は固まった。
古内は海外から来た実習生の取次をする団体の職員ということになっている。正直にJAXA職員とも言えず、どうしたものかと思っていた矢先、自分からそう名乗り出たのだ。
内心はらはらしている雪花に気付かない様子で、古内はこくりと一口ペットボトルのお茶を飲む。
「そうですね。総務課のお二人には大変よくして頂いていますし、マークもきちんと業務ができているようなので、本当にこの会社が実習先で良かったと思います」
そう答えて、古内は上品な笑みを浮かべた。
その回答を受けて、晴山が身を乗り出す。
「それは良かった。実は、僕が居る営業部でも、将来的には外国人の実習生を受けてみたいと思っているんです。一部の海外営業のメンバーはいいんですが、やっぱり国内営業だとなかなか外国の方と接する機会もなくて……マークさんみたいな方がうちの部署に来てくれたら、若手のモチベーションも上がるし、上の世代の意識も少し変わる切っ掛けになるんじゃないかなと。僕の個人的な考えなんですけど」
そんなこと、考えていたんだ――雪花は新鮮な心持ちで彼の話を聞いていた。
自分のことではなく、職場や周囲のメンバーにも気を配っていて、ようやくやりたいことができるようになってきた自分と同期とはとても思えない。
「やっぱおまえしっかりしてんな。さすが営業部のエース」
「でしょ。もっと褒めてください。僕、褒められて伸びるタイプなんで」
そんな浦河と晴山のやり取りに、思わず雪花は吹き出してしまう。古内も「それはいい考えですね」と答え、会議室内に穏やかな空気が満ちた。
「――あ、そうだ。ちなみに、マークさんはここに来る前どんなお仕事をしていたんですか?」
おもむろに晴山がマークに話を振り、緩んでいた雪花の表情が再度固まる。
そろりとマークの方を窺うと、マークは真面目な表情で晴山を見つめ返していた。
「……そうですね」
マークは静かに瞼を閉じる。
その仕種は、何かの記憶を辿っているようで――古内が静かに「マーク」と声をかけた。
「色々なことをしていました。一言では言い尽くせないくらい、色々なことを。とてつもなく永い間――」
マークがゆっくりと目を開く。その瞳に浮かぶ色は、雪花の目には昏さを纏って見えた。
「――光の届かない、昏い世界で」
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