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第13話 太陽と常闇(後篇)
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「晴山くん、お弁当ありがとう」
昼食を終えた後、雪花は晴山を追って会議室を出る。晴山が振り返って笑顔を見せた。
「こちらこそ、弁当無駄にしなくて済んだし、良かったわ。久々に浦河さんとも話できたし」
「――え、晴山くん、浦河課長と仲良いの?」
意外な接点だ。そういえば随分と二人は親しげに会話していた。
「仲良いっていうか、俺が新人の時、まだ浦河さんシステムエンジニアリング部に居てさ。すごくお世話になったんだ。他にも良くしてくれるひとは勿論居たけど、あのひと超優秀だったから、どんな厳しい案件も最終的には何とかしてくれて……本当ありがたかったなー」
晴山が懐かしむような口調で話す。それは、雪花にとって初めて知る事実だった。
確かに浦河はかつてシステムエンジニアリング部に居たと雪花も聞いている。しかし、総務課に来たのがそんなに最近の話だとは思わなかった。
「だから、浦河さんが総務課に行くってなった時、皆びっくりしてさ。何かやらかしたのかって――」
そこまで言って、バツが悪そうに口を噤む。
「……ごめん、総務課の鈴木に言うことじゃなかった。忘れて」
「ううん、気にしないで」
よく言われることだ。総務課への異動者は職場で上手くいかず、ここに辿り着いたのだと――社外との接点をあまり持たないこの職場は、ほとぼりを冷ますには丁度良い場所なのだろう。事実、雪花は自分もその一人だとこれまでずっと思っていた。
――しかし、先日の鳥飼部長の話だと、全てがそういうわけでもないらしい。
仕事のやりがいも少しずつ感じ始め、雪花は総務課を自分の居場所だと思っている。だからこそ、晴山の言葉に傷付くこともなかった。
「――さっきも俺、余計なこと言っちゃったよな。マークさんに」
晴山が珍しく溜め息を吐く。
「もしかしてここに来る前ブラック職場に居たのかな。何だか嫌なこと思い出させちゃったようで、悪いことしたわ」
――そう、確かにあの時のマークの様子は雪花も気になっていた。普段から決してにこやかなわけではないが、あんなにも昏い表情は雪花も見たことがない。
しかし、晴山もそんなつもりであの話を振ったわけではないだろう。
少ししょげた様子の晴山に、雪花は笑みを浮かべて「大丈夫だよ」と伝えた。
「マークさん優しいひとだから。あとはこっちでフォローしておくね」
「うん、お願い。この埋め合わせはどこかで――あ、さっきの弁当でチャラかな」
そう言って笑う晴山を見ながら、ふと雪花の胸に疑問が浮かぶ。
これまでの会話を踏まえると、晴山はシステムエンジニアリング部と特段仲が悪いわけでもなさそうだ。それならば何故、営業部から最も遠いフロアの総務課までお弁当を持ってきたのだろう。
「あの、晴山くん」
「ん?」
「――お弁当、何でわざわざ7階のうちの課まで持ってきてくれたの?」
雪花の言葉に、晴山がぴたりと動きを止める。
そのままじっと雪花を見つめ――思いがけず二人で見つめ合う形となった。
静かな時間が流れ、雪花の胸の心拍数が少し上がった――その時
「鈴木に逢いたかったから」
思いがけない言葉に、雪花が言葉を喪う。
そして、次の瞬間――晴山の表情が、へにゃりと笑顔に綻んだ。
「なーんちゃって」
そのまま晴山はひらひらと手を振りながら、総務課を立ち去って行く。
雪花は無言でその背中を見送ることしかできなかった。
「――鈴木さん」
「はいっ!?」
背後から急に響いた声に慌てて振り返ると、そこには古内が立っている。彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「今日はお忙しいところ、ご対応ありがとうございました。私はこれで失礼しますね」
「――あ、はい、こちらこそ。エレベーターまでお送りします」
雪花は古内を連れて歩き出す。しかし、頭の中は、先程の晴山の言葉がぐるぐると回っていた。あれは一体どういう意味だったのだろう。
晴山とは勿論仲が悪いことはないが、特別に仲が良かったわけでもないように思う。いわゆる普通の同期同士だ。寧ろ、いつも同期の中心に居るような晴山とは、そこまで接点が多かったわけでもない。
エレベーターホールに到着した。雪花がボタンを押すが、昼時だからかなかなかエレベーターが来ない。
何か話した方が良いだろうか――そう思っていると、先に古内が「変なことを訊くようですが」と話を切り出した。
「鈴木さんは、晴山さんと仲が良いんですか?」
思わず古内の顔を見る。古内はいつも通りの涼しい表情でこちらを見ていた。
「いえ……普通の同期ですけど」
「そうですか。何だかお二人ともお似合いだから、お付き合いでもされているのかと思いました」
「えっ、違います!」
反射的に否定した雪花に、古内はまたにこりと笑ってみせる。
しかし、その表情からは――感情の色が見えない。
何も言葉が出てこない雪花を救うように、エレベーターが到着する音がホールに響いた。「やっと来ましたね」と古内が無人のエレベーターに乗り込む。そして、振り返りざまに、口を開いた。
「――それじゃあ、鈴木さん。マークのこと、これからもよろしくお願いしますね」
エレベーターのドアが閉じる。
その後も、雪花はなかなかその場を離れられなかった。
第13話 太陽と常闇 (了)
「晴山くん、お弁当ありがとう」
昼食を終えた後、雪花は晴山を追って会議室を出る。晴山が振り返って笑顔を見せた。
「こちらこそ、弁当無駄にしなくて済んだし、良かったわ。久々に浦河さんとも話できたし」
「――え、晴山くん、浦河課長と仲良いの?」
意外な接点だ。そういえば随分と二人は親しげに会話していた。
「仲良いっていうか、俺が新人の時、まだ浦河さんシステムエンジニアリング部に居てさ。すごくお世話になったんだ。他にも良くしてくれるひとは勿論居たけど、あのひと超優秀だったから、どんな厳しい案件も最終的には何とかしてくれて……本当ありがたかったなー」
晴山が懐かしむような口調で話す。それは、雪花にとって初めて知る事実だった。
確かに浦河はかつてシステムエンジニアリング部に居たと雪花も聞いている。しかし、総務課に来たのがそんなに最近の話だとは思わなかった。
「だから、浦河さんが総務課に行くってなった時、皆びっくりしてさ。何かやらかしたのかって――」
そこまで言って、バツが悪そうに口を噤む。
「……ごめん、総務課の鈴木に言うことじゃなかった。忘れて」
「ううん、気にしないで」
よく言われることだ。総務課への異動者は職場で上手くいかず、ここに辿り着いたのだと――社外との接点をあまり持たないこの職場は、ほとぼりを冷ますには丁度良い場所なのだろう。事実、雪花は自分もその一人だとこれまでずっと思っていた。
――しかし、先日の鳥飼部長の話だと、全てがそういうわけでもないらしい。
仕事のやりがいも少しずつ感じ始め、雪花は総務課を自分の居場所だと思っている。だからこそ、晴山の言葉に傷付くこともなかった。
「――さっきも俺、余計なこと言っちゃったよな。マークさんに」
晴山が珍しく溜め息を吐く。
「もしかしてここに来る前ブラック職場に居たのかな。何だか嫌なこと思い出させちゃったようで、悪いことしたわ」
――そう、確かにあの時のマークの様子は雪花も気になっていた。普段から決してにこやかなわけではないが、あんなにも昏い表情は雪花も見たことがない。
しかし、晴山もそんなつもりであの話を振ったわけではないだろう。
少ししょげた様子の晴山に、雪花は笑みを浮かべて「大丈夫だよ」と伝えた。
「マークさん優しいひとだから。あとはこっちでフォローしておくね」
「うん、お願い。この埋め合わせはどこかで――あ、さっきの弁当でチャラかな」
そう言って笑う晴山を見ながら、ふと雪花の胸に疑問が浮かぶ。
これまでの会話を踏まえると、晴山はシステムエンジニアリング部と特段仲が悪いわけでもなさそうだ。それならば何故、営業部から最も遠いフロアの総務課までお弁当を持ってきたのだろう。
「あの、晴山くん」
「ん?」
「――お弁当、何でわざわざ7階のうちの課まで持ってきてくれたの?」
雪花の言葉に、晴山がぴたりと動きを止める。
そのままじっと雪花を見つめ――思いがけず二人で見つめ合う形となった。
静かな時間が流れ、雪花の胸の心拍数が少し上がった――その時
「鈴木に逢いたかったから」
思いがけない言葉に、雪花が言葉を喪う。
そして、次の瞬間――晴山の表情が、へにゃりと笑顔に綻んだ。
「なーんちゃって」
そのまま晴山はひらひらと手を振りながら、総務課を立ち去って行く。
雪花は無言でその背中を見送ることしかできなかった。
「――鈴木さん」
「はいっ!?」
背後から急に響いた声に慌てて振り返ると、そこには古内が立っている。彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「今日はお忙しいところ、ご対応ありがとうございました。私はこれで失礼しますね」
「――あ、はい、こちらこそ。エレベーターまでお送りします」
雪花は古内を連れて歩き出す。しかし、頭の中は、先程の晴山の言葉がぐるぐると回っていた。あれは一体どういう意味だったのだろう。
晴山とは勿論仲が悪いことはないが、特別に仲が良かったわけでもないように思う。いわゆる普通の同期同士だ。寧ろ、いつも同期の中心に居るような晴山とは、そこまで接点が多かったわけでもない。
エレベーターホールに到着した。雪花がボタンを押すが、昼時だからかなかなかエレベーターが来ない。
何か話した方が良いだろうか――そう思っていると、先に古内が「変なことを訊くようですが」と話を切り出した。
「鈴木さんは、晴山さんと仲が良いんですか?」
思わず古内の顔を見る。古内はいつも通りの涼しい表情でこちらを見ていた。
「いえ……普通の同期ですけど」
「そうですか。何だかお二人ともお似合いだから、お付き合いでもされているのかと思いました」
「えっ、違います!」
反射的に否定した雪花に、古内はまたにこりと笑ってみせる。
しかし、その表情からは――感情の色が見えない。
何も言葉が出てこない雪花を救うように、エレベーターが到着する音がホールに響いた。「やっと来ましたね」と古内が無人のエレベーターに乗り込む。そして、振り返りざまに、口を開いた。
「――それじゃあ、鈴木さん。マークのこと、これからもよろしくお願いしますね」
エレベーターのドアが閉じる。
その後も、雪花はなかなかその場を離れられなかった。
第13話 太陽と常闇 (了)
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