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第12話 真昼の来訪者(後篇)
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――そして、今雪花は古内と共に廊下を歩いている。
隣を歩く彼女からは、あの時と変わらず、いい匂いがした。
「本日はお忙しい中お越し頂きまして、ありがとうございました。つくばからだと、少し遠いですよね」
「いえ、実は私は東京勤務なんです。意外と事務所も近いんですよ」
「え、そうなんですか?」
ヌードカラーで上品に彩られた古内の口唇が、にっこりと形を作る。
「はい――なので、本当は初日も一緒に伺おうと思っていたのですが、他のメンバーの初出社日と重なっていまして、マークにそちらを優先して欲しいと言われました。ご存知かも知れませんが、彼、非常に気を遣うひとなので」
『彼』という言葉に特に意味はないとわかっていても、雪花はその言葉にぎこちなく笑みを返すことしかできなかった。そして、そんな心に余裕のない自分が嫌になる。
何故だろう。何だか彼女と居ると、雪花は自分の存在がとてもちっぽけで、取るに足らないものだと感じてしまうのだ。
気持ちを切り替えようと雪花は小さく息を吐いて、もう一度笑みを作り直した。
「――あ、着きました。こちらです」
総務課のドアを開ける。雪花はそのまま古内を伴って部屋の中に入って行った。
それに気付いた浦河とマークが立ち上がる。マークが少し口元を緩めて「フルウチさん、おつかれさまです」と言った。
すると、古内が小首を傾げて小さく笑う。
「あら、すっかりサラリーマンね。見違えちゃった」
そのまま、古内はマークと会話を始めた。
雪花は二人の会話をあまり気にしないよう、奥の会議室に入ろうとして――そこで、浦河に引き留められる。
「何ですか?」
小声で浦河に問うと、浦河が小声で「なにあれ、すっげぇ美人」と返してきた。
「やっぱ火星人相手には、地球人代表クラスを選抜してんのかね」
一体どういう理論なのか。雪花が呆れた眼差しを向けると、浦河は「――冗談だよ、そんな汚いものを見るような目で俺を見ないでくれ」と苦笑いした。
最初は全員で会議室に入り、マークに任せている業務の内容や、普段の仕事の様子について情報共有を行った。
「そうですか。色々なことを経験させて頂いて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。マークのお蔭でだいぶ助かってますよ。なぁ、鈴木」
「はい、本当に。マークさんが来て下さったお蔭で、私自身はすごく楽させて頂いてます」
そう言って前に座るマークの顔を見ると、マークがその表情を嬉しそうに綻ばせた。
「そんな風に言って頂けて、とても嬉しいです」
そんなマークの表情に、雪花も思わず頬を緩める。マークの隣に座る古内が「良かったわね」と彼に微笑んだことも、気にならなかった。
――そして、マークは退席し、今度は浦河・雪花・古内の三者面談となる。
「まぁ、言えることはさっきと変わりませんね。マークの働きぶりは全く問題ないですよ」
「そうですか。まぁ、マークは火星人達の中でも技能レベルが高いですし、性格も非常に温厚ですからね。ご迷惑をおかけするようなことはないと思っていました」
成る程、火星人が全員マークのような人達というわけではないらしい。
「へぇ、結構個人差があるものなんですか?」
浦河の言葉に、古内が苦笑しながら頷いた。
「はい、かなり。技能については訓練があるので一定レベルは担保されていますが、特に性格は千差万別です。表立っては口にしませんが、中には地球人を下に見ているような火星人も居ますよ。そういうのはこちらにも何となく伝わってきてしまうので、あまり気持ちの良いものではありませんね」
「ふーん、じゃあ言い方悪いけど、マークは『当たり』ってことか」
そんな浦河と古内のやりとりを聞きながら、雪花はふと先日の鳥飼との夕食を思い出す。あの時、マークは『地球に派遣されているのは、地位が高いか厳しい選抜試験を潜り抜けた者』だと言っていた。
そんな選ばれし者達であっても、聖人君子ばかりではないということだろう。そして、マークはその中でスキルも人間性も優れているのだから、舌を巻いてしまう。
地球時間に換算すれば300年近くもの永い間、彼に与えられた地位か積み重ねてきた努力が、今の彼を創り上げている。雪花はやはり純粋にそれをすごいと思ってしまうのだった。
そして、一通り会話が終わり、古内に社内を見学してもらうことになった。それが終わった後は、マークも含めて社員食堂で昼食を取る予定だ。
「それじゃあ鈴木、案内頼むわ」
「わかりました」
そう言って、会議室の扉を開けた雪花の瞳に映ったのは――
「あ、鈴木。おつかれ」
「セツカさん、おつかれさまです」
「えっ……晴山くん!?」
何故か総務課の入口でお弁当を抱えている同期の晴山と、そんな彼の前に立つマークの姿だった。
第12話 真昼の来訪者 (了)
隣を歩く彼女からは、あの時と変わらず、いい匂いがした。
「本日はお忙しい中お越し頂きまして、ありがとうございました。つくばからだと、少し遠いですよね」
「いえ、実は私は東京勤務なんです。意外と事務所も近いんですよ」
「え、そうなんですか?」
ヌードカラーで上品に彩られた古内の口唇が、にっこりと形を作る。
「はい――なので、本当は初日も一緒に伺おうと思っていたのですが、他のメンバーの初出社日と重なっていまして、マークにそちらを優先して欲しいと言われました。ご存知かも知れませんが、彼、非常に気を遣うひとなので」
『彼』という言葉に特に意味はないとわかっていても、雪花はその言葉にぎこちなく笑みを返すことしかできなかった。そして、そんな心に余裕のない自分が嫌になる。
何故だろう。何だか彼女と居ると、雪花は自分の存在がとてもちっぽけで、取るに足らないものだと感じてしまうのだ。
気持ちを切り替えようと雪花は小さく息を吐いて、もう一度笑みを作り直した。
「――あ、着きました。こちらです」
総務課のドアを開ける。雪花はそのまま古内を伴って部屋の中に入って行った。
それに気付いた浦河とマークが立ち上がる。マークが少し口元を緩めて「フルウチさん、おつかれさまです」と言った。
すると、古内が小首を傾げて小さく笑う。
「あら、すっかりサラリーマンね。見違えちゃった」
そのまま、古内はマークと会話を始めた。
雪花は二人の会話をあまり気にしないよう、奥の会議室に入ろうとして――そこで、浦河に引き留められる。
「何ですか?」
小声で浦河に問うと、浦河が小声で「なにあれ、すっげぇ美人」と返してきた。
「やっぱ火星人相手には、地球人代表クラスを選抜してんのかね」
一体どういう理論なのか。雪花が呆れた眼差しを向けると、浦河は「――冗談だよ、そんな汚いものを見るような目で俺を見ないでくれ」と苦笑いした。
最初は全員で会議室に入り、マークに任せている業務の内容や、普段の仕事の様子について情報共有を行った。
「そうですか。色々なことを経験させて頂いて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。マークのお蔭でだいぶ助かってますよ。なぁ、鈴木」
「はい、本当に。マークさんが来て下さったお蔭で、私自身はすごく楽させて頂いてます」
そう言って前に座るマークの顔を見ると、マークがその表情を嬉しそうに綻ばせた。
「そんな風に言って頂けて、とても嬉しいです」
そんなマークの表情に、雪花も思わず頬を緩める。マークの隣に座る古内が「良かったわね」と彼に微笑んだことも、気にならなかった。
――そして、マークは退席し、今度は浦河・雪花・古内の三者面談となる。
「まぁ、言えることはさっきと変わりませんね。マークの働きぶりは全く問題ないですよ」
「そうですか。まぁ、マークは火星人達の中でも技能レベルが高いですし、性格も非常に温厚ですからね。ご迷惑をおかけするようなことはないと思っていました」
成る程、火星人が全員マークのような人達というわけではないらしい。
「へぇ、結構個人差があるものなんですか?」
浦河の言葉に、古内が苦笑しながら頷いた。
「はい、かなり。技能については訓練があるので一定レベルは担保されていますが、特に性格は千差万別です。表立っては口にしませんが、中には地球人を下に見ているような火星人も居ますよ。そういうのはこちらにも何となく伝わってきてしまうので、あまり気持ちの良いものではありませんね」
「ふーん、じゃあ言い方悪いけど、マークは『当たり』ってことか」
そんな浦河と古内のやりとりを聞きながら、雪花はふと先日の鳥飼との夕食を思い出す。あの時、マークは『地球に派遣されているのは、地位が高いか厳しい選抜試験を潜り抜けた者』だと言っていた。
そんな選ばれし者達であっても、聖人君子ばかりではないということだろう。そして、マークはその中でスキルも人間性も優れているのだから、舌を巻いてしまう。
地球時間に換算すれば300年近くもの永い間、彼に与えられた地位か積み重ねてきた努力が、今の彼を創り上げている。雪花はやはり純粋にそれをすごいと思ってしまうのだった。
そして、一通り会話が終わり、古内に社内を見学してもらうことになった。それが終わった後は、マークも含めて社員食堂で昼食を取る予定だ。
「それじゃあ鈴木、案内頼むわ」
「わかりました」
そう言って、会議室の扉を開けた雪花の瞳に映ったのは――
「あ、鈴木。おつかれ」
「セツカさん、おつかれさまです」
「えっ……晴山くん!?」
何故か総務課の入口でお弁当を抱えている同期の晴山と、そんな彼の前に立つマークの姿だった。
第12話 真昼の来訪者 (了)
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