転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE12-11

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「…………ここ、どこ?」

 目覚めてまず視界に飛び込んだのは、見知らぬ天井だった。
 ……記憶はハッキリとしている。ドネロンの街でクロヴィスの家族に会い、そこで【混沌の下僕】の襲撃を受けて――私はあの泥女に気絶させられたはずだ。

(全部覚えてるわ。だけど、ここはクロヴィスの家じゃない)

 機能的な中に可愛さがあったあの家に対し、今私がいるのはシンプルな一室だ。視界に入る壁やカーテンは全部無地。テーブルや椅子も質は良いけど、装飾は一切ない。
 ……いやまず、私も寝転んでいたわけではなく、その椅子の一つに座っていたみたいだ。

(気絶したはずの私を椅子に? すぐ近くにジュードがいたし、彼なら多分寝かせてくれると思うけど)

 環境に違和感を覚えながら一通り見回してみて、そこでもう一つ嫌なことに気付いてしまった。

「……うわ。服が白いわ」

 私がいつも着ている修道服は、全体的に黒いワンピースだ。しかし、今着ているそれは、ほとんど白くて裾が長くて――残念ながら、見覚えがある。

(これ、『聖女礼装』か……なるほど、ここは『夢』ね)

 服装を確認した途端に、嫌な疲れが圧し掛かってきた。
 以前にもこのタイプの『夢』は一度見た。確証はないけど、恐らく神様が見せている“ゲーム版のアンジェラ”の追体験だ。
 やたら暗い鎧姿のジュードと、よそよそしい仲間たちとが織りなす、胃が痛くなりそうな人間関係のお話。
 情報を与えてくれるのはありがたいけど、正直に言えば遠慮したいです神様。切実に。

(まあ、もう始まっているみたいだし。現実の私が起きないと、この夢は終わらないのよね)

 もう一度ぐるっと周囲を見回してみるも、ゲームでは見た覚えのない場所だ。ただ造りから察するに、どこかの宿屋だろう。ということは、これは戦闘に出る前の幕間的なイベントだろうか。
 今までの『夢』は真っ白な空間に放り出されていたから、ちゃんと背景があるだけでも違った印象になるわね。

「……ああ、居た。待たせて悪かったな」

「え?」

 さて、どうしたものかと考える前に、机とは反対側の扉がノックもなしに開かれた。
 慌てて顔を向ければ、視界に飛び込むのは予想外の人物。

(――クロヴィスッ!?)

 現れたのは、先ほどまで共闘していた男性――だけど違う。彼は、ドネロンの街で出会った『父親』のクロヴィスではない。
 服装が、ジュードやダレンと同じ藍色の騎士団制服なのだ。恐らくこのクロヴィスは、シエンナさんとは結婚していない彼。かつての部隊の仲間であり『攻略対象』の彼のようだ。
 ……この私が『聖女』であるように。

(似合うわね、制服)

 さすが正統派前衛キャラ。体格も現実のクロヴィスよりがっちりしているし、焦げ茶色の目も好戦的な印象が強い。
 それに、父親クロヴィスからは感じられなかった『特別感』が、こちらの彼にはハッキリと残っている。やはり『攻略対象』は存在の格が違うのでしょうね。

「他の連中に文句言われそうだし、手短に済ませるぜ」

 つかつかと大股歩きで寄ってきたクロヴィスは、躊躇いなく私の前のテーブルに手をつく。しかし、椅子には座らないので、本当に手短に済ませるつもりなのだろう。
 さて、これはどういうイベントなのかしら? 大人しく耳を傾けてみれば……


「簡潔に言うぞ、聖女サマ。アンタ、これからは戦闘について来ないでくれないか?」

「…………はい?」


 ……いや。
 いやいやいやいやいや!?
 思わず「何言ってんだコイツ」とツッコんでしまうところだった。
 いや、本っ当に何言ってんの!? 回復役をはぶいて戦いに出るなんて、自殺志願者か何かなの!?

(回復ナシとかどんな縛りプレイよ!? そんなの、あえてリスクを負って遊ぶ上級者ぐらいしかやらないわよ!?)

 ましてや、彼は生身の人間だ。戦闘での負傷は、放っておいたら命に関わる。そしてこの部隊には、アンジェラ以外には回復魔法が使える人間がいない。
 破壊師弟はもちろんのこと、薬学に詳しいノアも回復魔術は使えない。未登場のディアナ様の幼馴染キャラも同様だ。
 その唯一無二の私に、ついて来るなですって!?

「……あの、それはどういうことでしょうか?」

 私が驚愕している中、勝手に『私』の口が質問を喋った。
 なるほど、今回の夢はイベント中は勝手に進んでいくらしい。ついさっきまでは普通に話せていたので、クロヴィスとの会話のみが『オート進行』になっているのだろう。夢だからって何でもアリね。
 まあ、うっかりなツッコミが出ないのは良かったけど。

 当社比三割増しぐらいで大人しい私の質問に、クロヴィスは乱暴に頭をかいている。それはもう、非っ常に面倒くさそうに。
 おかしいな。乙女ゲームの攻略対象って、主人公にこんな適当な対応をするはずがないのだけど……

「まあ、ハッキリ言うとさ。アンタ、足手まといなんだよ」

 ――――あったみたいね。
 一瞬クロヴィスの発言の意味がわからず、フリーズしてしまったわ。
 『足手まとい』ね……言うに事欠いて、この私を……いや、聖女アンジェラを足手まといとおっしゃいますか。

 ふつふつと、黒くて重い感情が胸の中にたまってくる。
 これは私だけではなく、今オートで喋っている外側の『聖女アンジェラ』も同じように感じているのだろう。

「私が、足手まとい……ですか。皆様のお邪魔にならないよう努めているつもりですが」

「努めるって言っても、ようは一番後ろで大人しくしてるだけだろう? 最前で戦っているこっちとしちゃ、常にアンタを守ることを考えながら戦わないといけないんだよ。俺は頭がよくないから効率なんてわからないし、思いっきり突っ込んでいけない今の状況がすっげえ面倒なんだよな」

 反論した私を睨むように見つめるクロヴィスは、またも『面倒』だと深いため息を吐いた。
 同じ部隊の仲間だというのに、まるで敵同士のような冷たい空気が間を流れていく。

「……確かに私は、クロヴィスさんのように戦える力はありません。ですが、敵性反応を正確に感知できる自信はありますし、回復魔法だけではなく、皆さんの能力を高める魔法も使えます! エルドレッド殿下に見出していただいた以上、やるべきことは果たしているつもりです。それでも、不要だとおっしゃいますか?」

 現実の私よりほっそりとした手が、悔しげに胸元を握りしめる。
 同じ『アンジェラ』である以上、使い方の差はあれど、この聖女様だって同じことができるはずだ。
 そして、索敵も能力アップも、戦闘ではとても重要な能力である。『ゲーム』ではもちろん、生身で戦うにしても情報は命綱だ。第一、強化魔法は私の戦闘スタイルの要よ?
 それを『不要』と言う人間がいるなんて、私としては信じられないのだけど……必死に訴えるアンジェラを見つめる彼の目は、とても冷たい。

「まあ、俺からしたら不要だな。あったほうがいいのはわかるぞ? けど、それがなかったとしても、別に死にやしない。アンタの存在は、戦場において必須じゃないんだよ」

「そ、んな……」

 アンジェラの唇から、泣きそうなか細い声が落ちた。
 『必須じゃない』か……すごい発言ね。そんなことを言ったら、最低限の衣・食・住以外は全て、人間にとって『必須じゃない』のだけど、コイツわかっているのかしら。

 どうやらクロヴィスという男は、私がゲームで知っているよりも、ずいぶんと嫌なヤツだったみたい。
 あるいは、ここまで嫌われているアンジェラが嫌な女だったのか。
 ……どちらにしても、私たち二人の相性が最悪だというのは伝わったわよ、神様。

「別に部隊から抜けろとは言わないし、俺にそんな権限はない。ただ、アンタだって安全な場所で留守番しているほうが楽だろう? 俺の話はこれだけだ。考えておいてくれ」

 言いたいことだけを好きに言うと、クロヴィスは机から離れ、さっと私に背を向けた。
 そこに迷いなどはなく――私が『私』として、オートモードから解放されたことにも気付いていないようだ。

「…………ねえ、クロヴィス」

「あ?」

 よし、ちゃんと私の意思で話すこともできた。
 オート会話は今のやり取りだけだったみたいね。いつも通りの〝慣れ親しんだそれ〟を、たっぷりと右手に凝縮していく。

 心底面倒くさそうに、赤髪の男がふり返る。――ああ、いい位置ね。


「これが、アンタが不要だと言った、強化魔法の力よ!!」


 華奢な腕から繰り出されたとは思えない右ストレートが、思った通りに彼の頬に食い込んでいく。

 ゴリッとかメキッとか、骨や歯の嫌な音が聞こえたけれど、知るものか!
 吹き飛ばされた体が派手に壁に叩きつけられても。その音で人が集まってこようとも、どうでもいいわ。
 だって私は、この部隊唯一の癒し手だものね!

「何度骨折したって、何本歯が折れたって、すぐ元通りにしてあげるわよ? 何度でも。何度でもね!!」

 慣れないことをしたせいで私の拳も傷付いてしまったけど、それすらも即座に治して見せる。
 壊して治して、壊して治して。その両方がいくらでもできる私を敵に回したいなんて、本っっ当に良い度胸だわ、この野郎!!

 ああ全く、現実のクロヴィスは部隊に加わらないでくれて、本当によかった!!

「クロヴィス、私、貴方のこと大っ嫌いよ」

 …………それはしくも、あの泥女と同じ想いだった。
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