転生しました、脳筋聖女です

香月航

文字の大きさ
上 下
44 / 111
連載

STAGE12-10

しおりを挟む
 ――ああ、全くなんてことだ。
 廃人プレイヤーだった私が、こんな単純な乗っ取りイベントに引っかかってしまうなんて!

(性格悪いとか言ってごめん、妹さん! 貴女も被害者だったのね)

 彼女に会った時に感じた嫉妬は本物だった。きっと彼女はクロヴィスのことが好きで、実の姉に対して嫉妬していたのも事実だ。
 でも、だからといって、奥さんや赤ちゃんを害する気はなかったのだろう。――少なくとも、今ここにいる青い目の誰かよりは、マシだったはずだ。
 『逃げて』と彼女は訴えてくれたのだから。

 サリィの体を使誰かは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたまま、こちらの様子を眺めている。
 全身が泥まみれだというのに不快感の一つも見せないのは、泥に関わる存在だからなのか。
 ――とにかく、こいつは敵だ。間違いなく、私たちの敵だ。

「今すぐ彼女の体から出ていきなさい」

 思わず口をついて出た声は、自分のそれとは思えないほどに低かった。
 どうやら自覚しているよりも私は怒っていたらしい。使えないとわかっているのに、メイスを掴んでしまうほどに。

『――――はあ?』

 クロヴィスに嘲笑を向けていた青い目が、ぐりんと私のほうへ動いた。
 体はひどく汚れているのに、その部分だけは妙に美しく輝いている。
 私が魔物たちの中に何度も見かけた、あの眼球と同じように。

『出ていけ、ですって? それを、“よりにもよって貴女が”言うなんて……はっ! あははははははははは!!』

「なっ!?」

 私を一睨みしたかと思えば、青目の泥女は突然大声で笑い始めた。
 先ほどまでの意味深なものではない。本当に、心から笑ってしまったという感じだ。……ちょっと引くぐらいに。

「な、何がおかしいの。笑うところなんてなかったわよ!?」

『おかしいわよ! おかしいに決まっているわ!! だってその台詞は――貴女にこそ言うべき台詞だもの』

「はあ?」

 そして今度は、わけのわからないことを言い出した。
 『今すぐ彼女の体から出ていけ』――これが、私にこそ言うべき台詞ですって?

「悪いけど、私は産まれてからずっと私よ。この体以外なんて知るわけもないし、貴女みたいに誰かを襲う予定もないわよ」

『それは嘘だわ。だって貴女は『偽者』だもの』

「にせ……」

 ふと、その名を呼び続けるカールの顔がよぎった。初めて会った時から今もなお、彼は私を決して名前で呼ばない。
 アンジェラは別にいて、そちらが本物である。お前は〝偽聖女〟だと。

 ――私の他に、本当に『聖女アンジェラ』が存在すると?

「……バカバカしい。アンジェラ・ローズヴェルトはこの私よ」

『貴女がどう思おうと、事実は事実よ。ねえ、貴女は誰なの? いつ自分の体へ戻るの?』

「お生憎あいにく様。私はアンジェラ以外の何者でもないし、どこへも行く予定はないわ」

 ぎっと泥女を睨み返せば、ニヤニヤと笑っていた彼女からも笑みが消えていた。
 頭上には【混沌の下僕】とハッキリ表示されている。こいつは魔物で、私たちの敵だ。
 ……たとえ思うところがあっても、話に耳を傾けてはいけない。

(全く、カールのせいでちょっと動揺しちゃったじゃない!! そりゃ、聖女様らしくはないけど、この世界のアンジェラは私しかいないわ)

 だいたい、私だってなりたくてアンジェラに転生したわけではないのだ。叶うなら、もっと前衛向きの体で産まれたかったとも。
 それでも、神様も皆も今の脳筋な私を受け入れてくれている。こんな魔物に怯む理由はないわよ!

『……ああ、全く腹立たしい。良かったわね、クロヴィス。貴方への嫌がらせはここまでよ。と言っても、最初から殺すつもりはないから安心なさい。ただ、貴方のせいで苦しむ人がいるのだと教えてあげたかっただけよ』

「……ッ!!」

 そっと自らの体をなぞるように見せつける泥女に、クロヴィスは悔しそうに奥歯を噛み締めている。
 彼に嫌な思いをさせるためだけに、サリィの体を泥まみれにして、奥さんや赤ちゃんを襲ったりしたわけか。
 この泥女こそ、性格が歪みきっているわね!

「……サリィは、無事なんだろうな」

『無事なように見えるのなら、貴方は頭だけではなく目も悪いのね』

「俺が嫌いなら、俺を狙えばいいだろう!!」

『嫌よ。貴方になんて、触りたくもないわ』

 ふん、と心底嫌そうに泥女は目をすがめた。
 ……確かに、サリィはどう見ても無事ではないけど、今すぐに泥を落とせれば助かる可能性はある。『浄化』の魔法を持っている私もいるからね。

「……ノア、さっきの魔術、まだ撃てる?」

「いつでも」

 チラッと視線を向ければ、賢者様から頼もしい返答が聞こえた。
 こういうお喋りなヤツは、まず話をさせないことが最善策だ。こいつの正体が泥なら、雷の魔術が効くはず。
 サリィを殺してしまう魔術ではないことを信じて、とにかく泥女を黙らせ――


『――ねえ』

「……ッ!?」

 ほんの一瞬だった。
 ノアへ意識を向けた私の目の前に――泥女が迫っている。
 抵抗するヒマもなく、広げられた手のひらがぱんっと私の目元に叩きつけられた。

「痛っ!?」

『私ね、貴女のことは――――殺したいぐらい大嫌い』

「アンジェラ!!」

 すぐ傍のジュードが慌てて引き寄せてくれたけど……泥が目に入ったのか、視界はどんどん真っ黒になっていく。

(くっ見えない! 早く浄化の魔法を……!)

 視界と共に意識まで落ちていく。ダメだ、私がいないと、サリィが――

『さよなら、偽者のアンジェラ』

 とぷん、と粘つく音を最後に、そこで私の意識は途切れた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

にゃこがやってきた

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:11

地球人

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

水の巫女の助手になる

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。