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STAGE12-10
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――ああ、全くなんてことだ。
廃人プレイヤーだった私が、こんな単純な乗っ取りイベントに引っかかってしまうなんて!
(性格悪いとか言ってごめん、妹さん! 貴女も被害者だったのね)
彼女に会った時に感じた嫉妬は本物だった。きっと彼女はクロヴィスのことが好きで、実の姉に対して嫉妬していたのも事実だ。
でも、だからといって、奥さんや赤ちゃんを害する気はなかったのだろう。――少なくとも、今ここにいる青い目の誰かよりは、マシだったはずだ。
『逃げて』と彼女は訴えてくれたのだから。
サリィの体を使っている誰かは、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべたまま、こちらの様子を眺めている。
全身が泥まみれだというのに不快感の一つも見せないのは、泥に関わる存在だからなのか。
――とにかく、こいつは敵だ。間違いなく、私たちの敵だ。
「今すぐ彼女の体から出ていきなさい」
思わず口をついて出た声は、自分のそれとは思えないほどに低かった。
どうやら自覚しているよりも私は怒っていたらしい。使えないとわかっているのに、メイスを掴んでしまうほどに。
『――――はあ?』
クロヴィスに嘲笑を向けていた青い目が、ぐりんと私のほうへ動いた。
体はひどく汚れているのに、その部分だけは妙に美しく輝いている。
私が魔物たちの中に何度も見かけた、あの眼球と同じように。
『出ていけ、ですって? それを、“よりにもよって貴女が”言うなんて……はっ! あははははははははは!!』
「なっ!?」
私を一睨みしたかと思えば、青目の泥女は突然大声で笑い始めた。
先ほどまでの意味深なものではない。本当に、心から笑ってしまったという感じだ。……ちょっと引くぐらいに。
「な、何がおかしいの。笑うところなんてなかったわよ!?」
『おかしいわよ! おかしいに決まっているわ!! だってその台詞は――貴女にこそ言うべき台詞だもの』
「はあ?」
そして今度は、わけのわからないことを言い出した。
『今すぐ彼女の体から出ていけ』――これが、私にこそ言うべき台詞ですって?
「悪いけど、私は産まれてからずっと私よ。この体以外なんて知るわけもないし、貴女みたいに誰かを襲う予定もないわよ」
『それは嘘だわ。だって貴女は『偽者』だもの』
「にせ……」
ふと、その名を呼び続けるカールの顔がよぎった。初めて会った時から今もなお、彼は私を決して名前で呼ばない。
アンジェラは別にいて、そちらが本物である。お前は〝偽聖女〟だと。
――私の他に、本当に『聖女アンジェラ』が存在すると?
「……バカバカしい。アンジェラ・ローズヴェルトはこの私よ」
『貴女がどう思おうと、事実は事実よ。ねえ、貴女は誰なの? いつ自分の体へ戻るの?』
「お生憎様。私はアンジェラ以外の何者でもないし、どこへも行く予定はないわ」
ぎっと泥女を睨み返せば、ニヤニヤと笑っていた彼女からも笑みが消えていた。
頭上には【混沌の下僕】とハッキリ表示されている。こいつは魔物で、私たちの敵だ。
……たとえ思うところがあっても、話に耳を傾けてはいけない。
(全く、カールのせいでちょっと動揺しちゃったじゃない!! そりゃ、聖女様らしくはないけど、この世界のアンジェラは私しかいないわ)
だいたい、私だってなりたくてアンジェラに転生したわけではないのだ。叶うなら、もっと前衛向きの体で産まれたかったとも。
それでも、神様も皆も今の脳筋な私を受け入れてくれている。こんな魔物に怯む理由はないわよ!
『……ああ、全く腹立たしい。良かったわね、クロヴィス。貴方への嫌がらせはここまでよ。と言っても、最初から殺すつもりはないから安心なさい。ただ、貴方のせいで苦しむ人がいるのだと教えてあげたかっただけよ』
「……ッ!!」
そっと自らの体をなぞるように見せつける泥女に、クロヴィスは悔しそうに奥歯を噛み締めている。
彼に嫌な思いをさせるためだけに、サリィの体を泥まみれにして、奥さんや赤ちゃんを襲ったりしたわけか。
この泥女こそ、性格が歪みきっているわね!
「……サリィは、無事なんだろうな」
『無事なように見えるのなら、貴方は頭だけではなく目も悪いのね』
「俺が嫌いなら、俺を狙えばいいだろう!!」
『嫌よ。貴方になんて、触りたくもないわ』
ふん、と心底嫌そうに泥女は目をすがめた。
……確かに、サリィはどう見ても無事ではないけど、今すぐに泥を落とせれば助かる可能性はある。『浄化』の魔法を持っている私もいるからね。
「……ノア、さっきの魔術、まだ撃てる?」
「いつでも」
チラッと視線を向ければ、賢者様から頼もしい返答が聞こえた。
こういうお喋りなヤツは、まず話をさせないことが最善策だ。こいつの正体が泥なら、雷の魔術が効くはず。
サリィを殺してしまう魔術ではないことを信じて、とにかく泥女を黙らせ――
『――ねえ』
「……ッ!?」
ほんの一瞬だった。
ノアへ意識を向けた私の目の前に――泥女が迫っている。
抵抗するヒマもなく、広げられた手のひらがぱんっと私の目元に叩きつけられた。
「痛っ!?」
『私ね、貴女のことは――――殺したいぐらい大嫌い』
「アンジェラ!!」
すぐ傍のジュードが慌てて引き寄せてくれたけど……泥が目に入ったのか、視界はどんどん真っ黒になっていく。
(くっ見えない! 早く浄化の魔法を……!)
視界と共に意識まで落ちていく。ダメだ、私がいないと、サリィが――
『さよなら、偽者のアンジェラ』
とぷん、と粘つく音を最後に、そこで私の意識は途切れた。
廃人プレイヤーだった私が、こんな単純な乗っ取りイベントに引っかかってしまうなんて!
(性格悪いとか言ってごめん、妹さん! 貴女も被害者だったのね)
彼女に会った時に感じた嫉妬は本物だった。きっと彼女はクロヴィスのことが好きで、実の姉に対して嫉妬していたのも事実だ。
でも、だからといって、奥さんや赤ちゃんを害する気はなかったのだろう。――少なくとも、今ここにいる青い目の誰かよりは、マシだったはずだ。
『逃げて』と彼女は訴えてくれたのだから。
サリィの体を使っている誰かは、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべたまま、こちらの様子を眺めている。
全身が泥まみれだというのに不快感の一つも見せないのは、泥に関わる存在だからなのか。
――とにかく、こいつは敵だ。間違いなく、私たちの敵だ。
「今すぐ彼女の体から出ていきなさい」
思わず口をついて出た声は、自分のそれとは思えないほどに低かった。
どうやら自覚しているよりも私は怒っていたらしい。使えないとわかっているのに、メイスを掴んでしまうほどに。
『――――はあ?』
クロヴィスに嘲笑を向けていた青い目が、ぐりんと私のほうへ動いた。
体はひどく汚れているのに、その部分だけは妙に美しく輝いている。
私が魔物たちの中に何度も見かけた、あの眼球と同じように。
『出ていけ、ですって? それを、“よりにもよって貴女が”言うなんて……はっ! あははははははははは!!』
「なっ!?」
私を一睨みしたかと思えば、青目の泥女は突然大声で笑い始めた。
先ほどまでの意味深なものではない。本当に、心から笑ってしまったという感じだ。……ちょっと引くぐらいに。
「な、何がおかしいの。笑うところなんてなかったわよ!?」
『おかしいわよ! おかしいに決まっているわ!! だってその台詞は――貴女にこそ言うべき台詞だもの』
「はあ?」
そして今度は、わけのわからないことを言い出した。
『今すぐ彼女の体から出ていけ』――これが、私にこそ言うべき台詞ですって?
「悪いけど、私は産まれてからずっと私よ。この体以外なんて知るわけもないし、貴女みたいに誰かを襲う予定もないわよ」
『それは嘘だわ。だって貴女は『偽者』だもの』
「にせ……」
ふと、その名を呼び続けるカールの顔がよぎった。初めて会った時から今もなお、彼は私を決して名前で呼ばない。
アンジェラは別にいて、そちらが本物である。お前は〝偽聖女〟だと。
――私の他に、本当に『聖女アンジェラ』が存在すると?
「……バカバカしい。アンジェラ・ローズヴェルトはこの私よ」
『貴女がどう思おうと、事実は事実よ。ねえ、貴女は誰なの? いつ自分の体へ戻るの?』
「お生憎様。私はアンジェラ以外の何者でもないし、どこへも行く予定はないわ」
ぎっと泥女を睨み返せば、ニヤニヤと笑っていた彼女からも笑みが消えていた。
頭上には【混沌の下僕】とハッキリ表示されている。こいつは魔物で、私たちの敵だ。
……たとえ思うところがあっても、話に耳を傾けてはいけない。
(全く、カールのせいでちょっと動揺しちゃったじゃない!! そりゃ、聖女様らしくはないけど、この世界のアンジェラは私しかいないわ)
だいたい、私だってなりたくてアンジェラに転生したわけではないのだ。叶うなら、もっと前衛向きの体で産まれたかったとも。
それでも、神様も皆も今の脳筋な私を受け入れてくれている。こんな魔物に怯む理由はないわよ!
『……ああ、全く腹立たしい。良かったわね、クロヴィス。貴方への嫌がらせはここまでよ。と言っても、最初から殺すつもりはないから安心なさい。ただ、貴方のせいで苦しむ人がいるのだと教えてあげたかっただけよ』
「……ッ!!」
そっと自らの体をなぞるように見せつける泥女に、クロヴィスは悔しそうに奥歯を噛み締めている。
彼に嫌な思いをさせるためだけに、サリィの体を泥まみれにして、奥さんや赤ちゃんを襲ったりしたわけか。
この泥女こそ、性格が歪みきっているわね!
「……サリィは、無事なんだろうな」
『無事なように見えるのなら、貴方は頭だけではなく目も悪いのね』
「俺が嫌いなら、俺を狙えばいいだろう!!」
『嫌よ。貴方になんて、触りたくもないわ』
ふん、と心底嫌そうに泥女は目をすがめた。
……確かに、サリィはどう見ても無事ではないけど、今すぐに泥を落とせれば助かる可能性はある。『浄化』の魔法を持っている私もいるからね。
「……ノア、さっきの魔術、まだ撃てる?」
「いつでも」
チラッと視線を向ければ、賢者様から頼もしい返答が聞こえた。
こういうお喋りなヤツは、まず話をさせないことが最善策だ。こいつの正体が泥なら、雷の魔術が効くはず。
サリィを殺してしまう魔術ではないことを信じて、とにかく泥女を黙らせ――
『――ねえ』
「……ッ!?」
ほんの一瞬だった。
ノアへ意識を向けた私の目の前に――泥女が迫っている。
抵抗するヒマもなく、広げられた手のひらがぱんっと私の目元に叩きつけられた。
「痛っ!?」
『私ね、貴女のことは――――殺したいぐらい大嫌い』
「アンジェラ!!」
すぐ傍のジュードが慌てて引き寄せてくれたけど……泥が目に入ったのか、視界はどんどん真っ黒になっていく。
(くっ見えない! 早く浄化の魔法を……!)
視界と共に意識まで落ちていく。ダメだ、私がいないと、サリィが――
『さよなら、偽者のアンジェラ』
とぷん、と粘つく音を最後に、そこで私の意識は途切れた。
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