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STAGE12-12
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「アンジェラ!! よかった、気がついた!?」
はっとした次の瞬間、真っ先に視界に飛び込んできたのは、見慣れた幼馴染の泣きそうな顔だった。
「……ジュード?」
「うん、僕だよ。大丈夫? 痛いところはない?」
さらりと額にかかる黒髪は、整った顔立ちが映える適度な長さ。ああ、よかった。鎧を着ている『ゲームのジュード』だったらどうしようかと思ったわ。
ちゃんと現実のジュードだ。あの夢は終わったみたいね。
「…………なんか、クロヴィスを殴り飛ばす夢を見てたわ」
「ええ? どんな内容の夢なの、それ」
ぽつりと呟けば、彼は苦笑しながら背中に手を入れて起こしてくれる。
笑い話として流せるということは、現実のクロヴィスは『父親』になっていた彼であり、夢で見たあの胸糞悪い男ではないのだ。
……よかった。もし現実のクロヴィスにもあんな一面があったら、また私の右腕が唸るところだった。
(ええと……ここは、クロヴィスの家でいいのかしらね)
ジュードに支えてもらいながら上半身を起こせば、可愛らしい花模様の壁紙が見えてくる。娘さんのために改装したという、宿屋とは違った印象の部屋だ。
そして私が寝かされていたのは、ベッドではなく応接間のソファらしい。……ああ、そうか。寝室は泥でめちゃくちゃにされてしまっていたのだったわね。
うん、まだ少し夢の感覚が残っているけど、徐々に意識もはっきりしてきたわ。
「……ジュード、私はどれぐらい気絶していたの? あの泥女は……?」
「半日ぐらい、かな。あの泥の魔物は多分何とかなったと思うよ。ただ、操られていた人……サリィさんだっけ。まだ目覚めてないみたい」
私を気遣ってくれているのか、ジュードはいつもよりもゆったりとした口調で、私が寝ていた間のことを話し始める。
いわく、私があの泥女に視界を潰されてすぐに、彼が泥女を蹴り飛ばしたのだそうだ。
泥女が壁に叩きつけられた隙に、ノアが雷の魔術を発動。浄化の魔法を使うまでもなく、泥は倒されて灰になったらしい。
「……敵とは言え、女の人を蹴り飛ばすってどうなのよ」
「アンジェラを害されたら、冷静でなんていられないよ。……反省はしてる」
一応注意をすれば、黒い大型犬はしょんぼりと俯いてしまった。まあ、私のために怒ってくれたのだから、強くは言えないのだけど。
しかし、あの泥女に利用されていたとしても、体はサリィのものだったはずだ。弱い魔物なら素手で倒せる殺戮兵器の蹴りを受けて、大丈夫だったのかしらね。
(念のため回復魔法を使おう。まだ目覚めていないのも、もしかしたらダメージが残っているのかも)
ちょっと不安が残るけど、とにかく泥自体は倒せたらしい。
べらべら喋っていたから特別な魔物なのかと思ったけど、普通に雷の魔術が弱点だとわかったのはありがたい。
……私のほうに干渉して、サリィから抜け出した説も考えられなくはないけどね。
「それで、サリィさんはどこに?」
「君とは別の部屋に寝かせてあるよ。魔術師組が三人がかりでついてくれてる」
「それはまた、厳重な警戒態勢ね」
今のところ多少だるいけど、私の体に何かが入っているような気配はない。確かめる意味も含めて、一度サリィに会っておいたほうが良さそうだわ。
「ごめんジュード、案内してくれる? 彼女に会っておきたいわ」
「任せて。普通に抱っこして運べばいいかな?」
「いや、怪我をしているわけでもないし、歩けるけど」
と答えたのだけど、どうやら幼馴染には聞こえていなかったみたいだ。
背中を支えていた腕を私の肩へ回すと、ジュードはひょいっと私の体を抱き上げた。わーい、おひめさまだっこだー……
「……軽っ!? アンジェラ、ちゃんと食べてる!?」
「食べても筋肉にならない可哀そうな人間もいるのよ! 私とか!!」
お世辞というよりは素で驚いたジュードに、久しぶりのツッコミを返しておく。
何を食べても筋トレを頑張っても、私の体には筋肉がつき辛く、手足はひょろひょろしたままだ。強化魔法を使えばどうにでもできるとは言え、こうして間近で触れれば、幼馴染との腕の太さの差は悲しくなるほど。
「はあ……ディアナ様への道はまだまだ遠いわ」
「さすがに彼女は僕じゃ抱き上げられないなあ。アンジェラはこのままでいいからね」
甘いような甘くないような会話をしながら、私たちはゆっくりと応接間を後にした。
「お、起きたんだ。アンジェラちゃん大丈夫か?」
数分後、二階の奥の部屋へ連れてこられた私は、廊下で待機していたダレンと合流した。
それほど広くはない家だけど、応接間からは一番離れている。ずいぶん警戒しているみたいね。
ディアナ様にいたっては、家の外で見張り中だそうだ。……倒れた時には土砂降りの雨だったはずだけど、今は大丈夫なのかしら。
「彼女は中だよ。まだ目覚めてはいないけど、一応気をつけてな」
「了解です。ジュード、下ろして下ろして」
「もう少しこのままでもいいのに」
渋々と手を離したジュードから下りて、ゆっくりと扉を開ける。
ここは使っていない部屋のようだ。家具らしい家具はなく、別室から運んできたのであろうソファに、サリィが寝かされていた。
「アンジェラか」
その周囲をぐるりと取り囲む魔術師三人と、少し離れた場所で王子様とクロヴィスが椅子にかけている。シエンナさんたちは、街の病院に預かってもらっているらしい。
クロヴィスは……ああよかった。やっぱりさっき夢で会った彼とは別人だわ。特別感もないけれど、悪い気も全く感じられない。
ひどく疲れたその姿は、主人公側ではなく『イベント用のサブキャラクター』と呼ぶに相応しいモブっぷりだ。戦いに出る強者の気配ではない。
(弱くなったことを喜ぶのも失礼だけど、それでもあの最悪なクロヴィスよりはマシね)
人知れずほっと胸を撫でおろしつつ、改めてサリィのほうを見る。
泥まみれになっていた彼女は、今は多少汚れてはいるものの、ちゃんと人の姿をしていた。
ごく一般的な布の服を着用した、どこにでもいそうな華奢なお姉さんだ。怪我も特にはなさそうだけれど……
「……ねえ、敵性反応がまだあるんだけど、取ってもいいかしら?」
「えっ!? ま、まだ泥がついているんですか!?」
なるべく落ち着いた声を心掛けたけど、ウィリアムは思い切り肩を揺らして反応した。
他の皆も冷静を装ってはいるけれど、殺気のような強い空気が混じりだしている。
「ほんの少しだけよ。これならすぐに倒せるわ」
慌てて弁明してから、サリィの体へ近付く。
彼女の浅く上下している胸元に、それは小さな文字で【混沌の下僕】と敵ネームが浮かんでいる。
もしサリィが本当に敵なら、その名前は頭上にばっちり出ているはずだ。やはり彼女は、あの泥女に利用されていただけなんだろう。
同性だからと一応謝罪してから、ずぼっと上着の胸の部分に手を突っ込む。引きずり出したのは、ずいぶんとすり切れた革ひものネックレスだった。
トップについている天然石っぽいものに、親指ほどの泥がこびりついている。敵性反応を示していたのはこれだろう。
「そのネックレス……!」
途端にクロヴィスが驚きの声を上げた。振り返れば、彼は苦しげに眉をひそめてソレを見つめていた。
「これ、もしかして大事なものかしら?」
「いや、安物だよ。二年ぐらい前の祭りで売っていたものだ。……俺が、サリィに買った」
「……ああ」
なるほどね。貴金属が使われているわけでもないそれは、本当に安価で買えるだろう。似たようなものなら、きっとどこでも手に入る。
(……それでも、彼女にとっては特別だったのね)
大切なのは値段でも質でもなく、それが誰から贈られたものであるかだ。
恋する女性らしい、とても純粋で美しい想い。――魔物に利用されてしまうほどの、切ない恋心。
「……ごめんなさいね」
浄化の魔法を使ってみれば、泥の残骸は瞬く間に消え失せて――トップの天然石に深い亀裂を刻んだ。
横から見ていたクロヴィスは、「すまない」と一言だけ呟き、目を伏せた。
それは、つい先ほど夢で出会った彼とは全く違う、ちゃんと人の心の痛みを知る男の顔だった。
はっとした次の瞬間、真っ先に視界に飛び込んできたのは、見慣れた幼馴染の泣きそうな顔だった。
「……ジュード?」
「うん、僕だよ。大丈夫? 痛いところはない?」
さらりと額にかかる黒髪は、整った顔立ちが映える適度な長さ。ああ、よかった。鎧を着ている『ゲームのジュード』だったらどうしようかと思ったわ。
ちゃんと現実のジュードだ。あの夢は終わったみたいね。
「…………なんか、クロヴィスを殴り飛ばす夢を見てたわ」
「ええ? どんな内容の夢なの、それ」
ぽつりと呟けば、彼は苦笑しながら背中に手を入れて起こしてくれる。
笑い話として流せるということは、現実のクロヴィスは『父親』になっていた彼であり、夢で見たあの胸糞悪い男ではないのだ。
……よかった。もし現実のクロヴィスにもあんな一面があったら、また私の右腕が唸るところだった。
(ええと……ここは、クロヴィスの家でいいのかしらね)
ジュードに支えてもらいながら上半身を起こせば、可愛らしい花模様の壁紙が見えてくる。娘さんのために改装したという、宿屋とは違った印象の部屋だ。
そして私が寝かされていたのは、ベッドではなく応接間のソファらしい。……ああ、そうか。寝室は泥でめちゃくちゃにされてしまっていたのだったわね。
うん、まだ少し夢の感覚が残っているけど、徐々に意識もはっきりしてきたわ。
「……ジュード、私はどれぐらい気絶していたの? あの泥女は……?」
「半日ぐらい、かな。あの泥の魔物は多分何とかなったと思うよ。ただ、操られていた人……サリィさんだっけ。まだ目覚めてないみたい」
私を気遣ってくれているのか、ジュードはいつもよりもゆったりとした口調で、私が寝ていた間のことを話し始める。
いわく、私があの泥女に視界を潰されてすぐに、彼が泥女を蹴り飛ばしたのだそうだ。
泥女が壁に叩きつけられた隙に、ノアが雷の魔術を発動。浄化の魔法を使うまでもなく、泥は倒されて灰になったらしい。
「……敵とは言え、女の人を蹴り飛ばすってどうなのよ」
「アンジェラを害されたら、冷静でなんていられないよ。……反省はしてる」
一応注意をすれば、黒い大型犬はしょんぼりと俯いてしまった。まあ、私のために怒ってくれたのだから、強くは言えないのだけど。
しかし、あの泥女に利用されていたとしても、体はサリィのものだったはずだ。弱い魔物なら素手で倒せる殺戮兵器の蹴りを受けて、大丈夫だったのかしらね。
(念のため回復魔法を使おう。まだ目覚めていないのも、もしかしたらダメージが残っているのかも)
ちょっと不安が残るけど、とにかく泥自体は倒せたらしい。
べらべら喋っていたから特別な魔物なのかと思ったけど、普通に雷の魔術が弱点だとわかったのはありがたい。
……私のほうに干渉して、サリィから抜け出した説も考えられなくはないけどね。
「それで、サリィさんはどこに?」
「君とは別の部屋に寝かせてあるよ。魔術師組が三人がかりでついてくれてる」
「それはまた、厳重な警戒態勢ね」
今のところ多少だるいけど、私の体に何かが入っているような気配はない。確かめる意味も含めて、一度サリィに会っておいたほうが良さそうだわ。
「ごめんジュード、案内してくれる? 彼女に会っておきたいわ」
「任せて。普通に抱っこして運べばいいかな?」
「いや、怪我をしているわけでもないし、歩けるけど」
と答えたのだけど、どうやら幼馴染には聞こえていなかったみたいだ。
背中を支えていた腕を私の肩へ回すと、ジュードはひょいっと私の体を抱き上げた。わーい、おひめさまだっこだー……
「……軽っ!? アンジェラ、ちゃんと食べてる!?」
「食べても筋肉にならない可哀そうな人間もいるのよ! 私とか!!」
お世辞というよりは素で驚いたジュードに、久しぶりのツッコミを返しておく。
何を食べても筋トレを頑張っても、私の体には筋肉がつき辛く、手足はひょろひょろしたままだ。強化魔法を使えばどうにでもできるとは言え、こうして間近で触れれば、幼馴染との腕の太さの差は悲しくなるほど。
「はあ……ディアナ様への道はまだまだ遠いわ」
「さすがに彼女は僕じゃ抱き上げられないなあ。アンジェラはこのままでいいからね」
甘いような甘くないような会話をしながら、私たちはゆっくりと応接間を後にした。
「お、起きたんだ。アンジェラちゃん大丈夫か?」
数分後、二階の奥の部屋へ連れてこられた私は、廊下で待機していたダレンと合流した。
それほど広くはない家だけど、応接間からは一番離れている。ずいぶん警戒しているみたいね。
ディアナ様にいたっては、家の外で見張り中だそうだ。……倒れた時には土砂降りの雨だったはずだけど、今は大丈夫なのかしら。
「彼女は中だよ。まだ目覚めてはいないけど、一応気をつけてな」
「了解です。ジュード、下ろして下ろして」
「もう少しこのままでもいいのに」
渋々と手を離したジュードから下りて、ゆっくりと扉を開ける。
ここは使っていない部屋のようだ。家具らしい家具はなく、別室から運んできたのであろうソファに、サリィが寝かされていた。
「アンジェラか」
その周囲をぐるりと取り囲む魔術師三人と、少し離れた場所で王子様とクロヴィスが椅子にかけている。シエンナさんたちは、街の病院に預かってもらっているらしい。
クロヴィスは……ああよかった。やっぱりさっき夢で会った彼とは別人だわ。特別感もないけれど、悪い気も全く感じられない。
ひどく疲れたその姿は、主人公側ではなく『イベント用のサブキャラクター』と呼ぶに相応しいモブっぷりだ。戦いに出る強者の気配ではない。
(弱くなったことを喜ぶのも失礼だけど、それでもあの最悪なクロヴィスよりはマシね)
人知れずほっと胸を撫でおろしつつ、改めてサリィのほうを見る。
泥まみれになっていた彼女は、今は多少汚れてはいるものの、ちゃんと人の姿をしていた。
ごく一般的な布の服を着用した、どこにでもいそうな華奢なお姉さんだ。怪我も特にはなさそうだけれど……
「……ねえ、敵性反応がまだあるんだけど、取ってもいいかしら?」
「えっ!? ま、まだ泥がついているんですか!?」
なるべく落ち着いた声を心掛けたけど、ウィリアムは思い切り肩を揺らして反応した。
他の皆も冷静を装ってはいるけれど、殺気のような強い空気が混じりだしている。
「ほんの少しだけよ。これならすぐに倒せるわ」
慌てて弁明してから、サリィの体へ近付く。
彼女の浅く上下している胸元に、それは小さな文字で【混沌の下僕】と敵ネームが浮かんでいる。
もしサリィが本当に敵なら、その名前は頭上にばっちり出ているはずだ。やはり彼女は、あの泥女に利用されていただけなんだろう。
同性だからと一応謝罪してから、ずぼっと上着の胸の部分に手を突っ込む。引きずり出したのは、ずいぶんとすり切れた革ひものネックレスだった。
トップについている天然石っぽいものに、親指ほどの泥がこびりついている。敵性反応を示していたのはこれだろう。
「そのネックレス……!」
途端にクロヴィスが驚きの声を上げた。振り返れば、彼は苦しげに眉をひそめてソレを見つめていた。
「これ、もしかして大事なものかしら?」
「いや、安物だよ。二年ぐらい前の祭りで売っていたものだ。……俺が、サリィに買った」
「……ああ」
なるほどね。貴金属が使われているわけでもないそれは、本当に安価で買えるだろう。似たようなものなら、きっとどこでも手に入る。
(……それでも、彼女にとっては特別だったのね)
大切なのは値段でも質でもなく、それが誰から贈られたものであるかだ。
恋する女性らしい、とても純粋で美しい想い。――魔物に利用されてしまうほどの、切ない恋心。
「……ごめんなさいね」
浄化の魔法を使ってみれば、泥の残骸は瞬く間に消え失せて――トップの天然石に深い亀裂を刻んだ。
横から見ていたクロヴィスは、「すまない」と一言だけ呟き、目を伏せた。
それは、つい先ほど夢で出会った彼とは全く違う、ちゃんと人の心の痛みを知る男の顔だった。
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