八百万町妖奇譚【完結】

teo

文字の大きさ
上 下
38 / 46
ニンゲンちゃま

38

しおりを挟む
「ちゅごいわ! ちゅごい! なぁんておいしそうなのかちら!」

 丸いちゃぶ台を取り囲み、ヤマ、コマ、エマが腰を下ろした。旺仁郎が膳を並べると、三人ともが目を輝かせている。
 タコのおこわ、けんちん汁と卵焼きという有り合わせで作ったメニューだが、干し椎茸と干し貝柱、昆布の出汁をしっかりと染み込ませたおこわは、芳しい香りを放っている。
 汁物は味噌がなかったのでけんちん汁だ。ヤマに無惨に斬られた大根を刻み直し、鰯で作ったツミレ、あとは人参やごぼうなど、あった野菜を放り込んだ。

「食べていい? もう、食べていいよな?」

 少々仕上がりまでに時間がかかったこともあり、コマの空腹は限界なようだ。
 旺仁郎がうんと頷くと、それを合図にしたかのように一気にお椀からおこわを口に書き込んで、誰に追い立てられてるわけでもないのに、間髪入れずにけんちん汁を啜っている。

「うまい! うまい!」

と頷く三人を見て、旺仁郎は満足気に茶を入れた。
 三人は妖であるが、人の飯が美味いらしい。よくよく考えれば、旺仁郎は自分だって人の飯を美味いと思って食っている。

「モモちゃま、ムグムグ、は、おたべにっ、ムグッゴックン、ならないのかしらっ?」
「エマ、食べるか喋るかどちらかにしなさい」

 そう言いながらヤマはエマの口元に着いた餅米を指で摘んだ。

「モモちゃま、遠慮しないで食べておくれ。食材はうちの物だけど、作ったのはモモちゃまだろう?」

 ヤマの言葉に旺仁郎は首を振った。

「ふむ。もしやモモちゃま、何か口を開けられない事情でもあるのかな?」

 箸を置き、ヤマは隣に座る旺仁郎の口元にずいと顔を寄せてきた。
 観ても何かわかるわけでもないだろうにと旺仁郎は少し身体を後ろへ引いた。

「モモは口を開けるのは平気だったぞ。喋らないのは声に異能があるからだ」

 コマは口いっぱいにおこわを頬張り、その隙間から少しくぐもった声で言った。

「声に? なるほど」

 箸を握り直したヤマは、その先端で自分の椀からタコを摘んだ。口を開けるのは平気なんだろう?と旺仁郎の口にくいとそれを押し当てる。
 観念した旺仁郎が小さくそれを口に入れると、ヤマは口元に笑みを浮かべた。まるで小鳥に餌付けでもするかのようだ。

「コマちゃまは、モモちゃまのおこえをきいたのね?」
「おぅ! レンさんだかエンさんだかって言ってさぁ。誰だか知らないけど、どうせもう会えないぞって教えてやったら、その後ぴーぴー泣き始めた」

 だから俺が泣かせたわけじゃないぞと言って、コマは汁を啜っている。

「そうか、その人は外の人なのかな。モモちゃまの大切な人なんだね」
「だとちたら、かわいそうね。おそとのひとなら、モモちゃまはもうそのひとにあえないわ」

 エマの言葉に旺仁郎は説明を求めてヤマの顔を覗き込んだ。
 その仕草に気づいたヤマは、何から話そうかと口元に手を当てている。

「エマの言う通り、モモちゃまが外に戻るのは少し難しいかもしれない。だけどね、僕らが外に出ることに比べたら、ずっと可能性があると思うよ」

 ヤマは立ち上がり、土間へとおりた。もうひと組食器を揃え、おこわと汁をよそって盆に乗せ、お食べと旺仁郎の前に並べる。

「ここは、モモちゃまたちからみたら、もう一つの八百万町。だけど僕たちからすれば、さっき歩いた暗い町やここがもともとの八百万町なんだ」

 そう切り出して、ヤマは静かに語り始めた。

 もう随分昔の話。詳細な記憶が薄れるほど前の話だ。八百万町は静かな山間の、とても穏やかでしかし奇妙な町。そこでは異能の人と妖が共に暮らしていたのだ。
 
「今では考えられないかもしれないね。昔は人と妖の間で、お互いに契約のようなものが交わされていたんだよ。契約を結んだ妖は、人と共に暮らすことが許されていたんだ」

 人が自らの気を与える代わりに、契約をした妖は人を襲わず、その能力を人のために使っていた。契約相手の寿命が尽きると、妖たちはこの八百万町の中心部に舞い戻り、次の契約者を待った。そうしてうまく均衡を保ち、八百万町は人と妖が暮らす町となっていたのだ。
 しかし、残念なことに、ある日その契約が破られてしまった。

「悪いのは僕たちなんだ。もう本当に昔のことで誰と誰かは思い出せもしないのだけど、ある妖が契約相手を食べてしまった。愛しさゆえにとか、何かの弾みにだとか、噂におひれはひれが着いているけど、食べてしまったのは本当なんだ」
「それで、ニンゲンちゃまがおこってちまったの。だからわたちたち、このまちごとおしおきべやにとじこめられたのよ」

 エマの言葉に、ヤマは「まあそういうことだ」と頷いた。

「俺たちはずぅっと許してもらえるのを待ってんだ。また契約して貰えれば、俺たちは人間と一緒に暮らせる」

と、コマが言う。
 コマがやたらと襲いかかってくるのはそういうことかと、旺仁郎は思い至った。完璧な人ではないが、わずかに人の要素を残した自分と契約を結べると思ったのかもしれない。

「ここに閉じ込められた時、記憶も一緒にあやふやになっちまった。だけど、ちょっと覚えてんだよ! 人間ってなんか…こう…いい匂いがして、あったかくて、すごくすごく優しいんだ。頭を撫でられると、そりゃあもう気持ちが良くて。あとは笑うと可愛かったな。そんな気がする」

 お前は全然笑わないけどな、と付け足して、コマは旺仁郎の頬を軽くつねった。

「もうほとんど気がついていたけど、モモちゃまの様子で確信したよ。外の人はみんな死んで、僕らのことを覚えている人はいなくなってしまったんだね」

 ヤマの声音は変わらず穏やかであったが、その表情はどこか沈んで見えていた。旺仁郎は頷くことはしなかったが、おそらくそうだと心で思った。

「向こう側で名を呼んでもらえなければ、扉を探すことは難しい」

 そう続けて、ヤマはお茶を啜る。

「だからあたちたちは、たぶんもうおそとにでられない。ニンゲンちゃまにもあえないし、あたまをナデテもらえないのよ」

 そう言ってしゅんと俯いたエマの頭を、ちゃぶ台に肘を置きながら、コマが撫でてやっている。

「ただね、モモちゃま。あまり期待しないで聞いておくれ」

 ヤマの言葉に旺仁郎は顔を向けた。

「時折り気まぐれに、ほんとに突然扉が開く。どこでいつ開くかはさっぱりわからないけどね」
「お前、灯りの外で鐘の音きいただろ? あれは妖の悪意みたいなのに反応してる。俺たちが悪いからおしおきされてるっていうのに、逆怨みしてる奴らが突然開いた扉めがけて外に逃げ出してるんだ」

とコマがヤマの言葉に捕捉した。

「ああなってしまっては、もはや妖ですらない。ただの邪悪な意思とでも言ったほうがいいかもしれない」

 ヤマはそう言って、残念だとでも言うように首を横に振っている。
 旺仁郎がここに押し込められた時、確かに扉から妖が外に飛び出し、鐘楼の鐘が鳴っていた。
 しかし扉は閉まったとたん、その姿を消した。もしかしたら同じ扉でもこのこの不思議な空間では毎度違う場所で開くと言うことなのかもしれない。

「僕らが無理やり外に出たところで、契約相手がいない妖は受け入れてもらえない。けど、モモちゃまはその人にとても熱心に気を貰っていたようだから、きっと僕らとは違う。だから鐘の音が鳴ったら、それを頼りに進んでみるのがいいかもしれない。もしもその相手が扉の向こうでモモちゃまの名前を呼んでくれたら、上手く外に出られるかも」
「そんなタイミングよくいくとも思えないけどなっ!だいたい妖が飛び出してくる扉の前で人間が名前を呼んでくれるなんてありえないだろ」
「もう、コマちゃま! いじわるいわないっ!」

 そう言って、ペチリとエマがコマの額を叩いた。

「そうだ、ところでコマ」

 ヤマの問いかけにコマが叩かれた額をさすりつつ、なんだ?とその顔を上げた。

「モモちゃまの声の異能はいったいどんなものだったんだ? 防げるようなものならきちんと会話ができるだろう?」

 コマは旺仁郎をチラリとみたあと、次にエマに視線をやった。
 何かを察したのか、ヤマはエマを膝に抱えて、その両耳を優しく手のひらで塞いだ。
 それを確認した後、コマはその口を開く。

「なんかね、すんげムラムラする。突っ込みたくなる」

 そのコマの答えに「言い方よ…」とヤマは目を閉じ、天井を仰いだのだった。






八百万町妖奇譚
ーニンゲンちゃまー

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

少年人形の調教録。

BL / 完結 24h.ポイント:2,144pt お気に入り:45

平凡な男娼は厳つい軍人に恋をする

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:760

不死身の魔女との妖しい契り~そして俺は魔女の剣となる~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:16

ちびヨメは氷血の辺境伯に溺愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:46,641pt お気に入り:5,369

囚われの踊り手は闇に舞う

BL / 完結 24h.ポイント:1,391pt お気に入り:13

そろそろ浮気夫に見切りをつけさせていただきます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:62,431pt お気に入り:3,722

【立場逆転短編集】幸せを手に入れたのは、私の方でした。 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,924pt お気に入り:839

処理中です...