八百万町妖奇譚【完結】

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ニンゲンちゃま

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寒い寒い冬の午後。旺仁郎はコタツで蓮と並んでおでんをつつき、その後ぎゅうと抱きしめられた。
 蓮の胸元は心地よく、温かい。程よく締め付けるその腕の感触が、旺仁郎は愛しくてたまらなかった。
 伝えられた言葉に応えることを許してもらえず、自分の胸の内を開いて見せてやりたいと、目からいくつも涙が流れた。

『旺仁郎、大好き』

蓮の言葉にその爪先を彼の足の甲に擦り付けた。抱き合っているのにもっと近くに寄りたくて、さらに体を擦り付ける。
 蓮の舌先が入り込み口内を弄ると、旺仁郎の胸の内は、美味しいと、気持ちいいと愛しい感情で満たされていく。
 さらに逃すまいと衣服を掴み、自らも舌を絡ませる。

「む、なんだ。積極的だな」

 舌が絡み合い、時折り噛みつくかのように相手の唇が開き旺仁郎の口元を軽く喰む。

「蓮さん……」

 旺仁郎が名を呼ぶと、蓮は口元に嬉しそうに笑みを浮かべその目元を細めるのだ。

「んっ? 誰だ、そいつ? モモ、もうちょっと腰あげて、脱がせられないだろ?」

--ん?モモ?

「……?!」

 旺仁郎は覚醒し、虚ろだった瞳を見開いた。その様子に、跨っていたコマが同じように目を見開く。
 その体を押し除けようとコマの肩を押すが、やはり旺仁郎は非力で、コマの体はびくともしなかった。

「わっ! なんだよ突然?! 今までノリノリだっただろ?」

 旺仁郎はコマの言葉に首を振った。ノリノリだったのではない。寝ぼけて蓮と間違えたのだ。
 この町に着いて彼らの家に案内され、通された客間にふかふかの布団が用意されていたものだから、ほとんどすぐに眠りに落ちた。眠った時は一人だったはずなのだが、コマがいつの間にか入り込んだようだ。

「ていうか、モモ! お前が喋らなかった理由わかったぞ」

 コマはニタリと笑い、旺仁郎の肩を掴んで布団の上に押さえつけた。

「ということで、観念しておれとまぐわれ! その声聞いちまったんだから、我慢できなくても仕方ないだろ? 俺は悪くないもんな! ほれ、脚開け!」

 悪びれもしないコマの腹のあたりを旺仁郎は足で押した。
 それがようやっと抵抗になったようで、コマは少々不自由そうに、表情を歪める。

「なんだよ! さっき名を呼んだ奴に操でも立ててるのか? どうせもう会えないんだ、無駄なことはやめろって」

 旺仁郎は体を激しくばたつかせ、手に当たった枕を握った。渾身の力を込めてそれを振りかぶり、コマの顔面へと打ちつける。
 コマは体をのけぞらせ、その隙にと旺仁郎はするりと下から這い出るが、逃げ切る前に腕を掴まれ立ち上がることを阻まれてしまった。

「ってぇ……暴れんなよっ……て、えっ? な、なんだよ、泣くことないだろ?!」

 旺仁郎の目から溢れる粒を見て、コマは慌てふためいた。

「あー! コマちゃまが、モモちゃまをなかちているわ! ヤマちゃまっ! ヤマちゃま、はやくきて!」

 物音を聞きつけたのか、エマが部屋の戸のあたりから顔を覗かせ大声を出した。

「あ、違う! エマ! ちょっとまて!」

 コマは慌ててエマの口を塞ごうと手を伸ばすが、時はすでに遅かった。

「コマッ! お前ってやつは! おすわりっ!!」
「キャンッ!」



ヤマたちの暮らす家は古めかしい平屋だが、掃除が行き届き、なによりも外から見るより広かった。
 全ての戸を改めたわけではないが、おそらく3人それぞれの部屋と、旺仁郎が借りた客間の他にも後いくつかの部屋がありそうだ。

「今から朝餉の支度をするから、もう少し待っていておくれ」

 そう言って、ヤマは土間におり、その釜戸に薪をくべた。
 彼らは妖だ。何を食べるというのかと、一瞬旺仁郎はヒヤリとしたが、台所の隅に並べられている食材は野菜やら米やらで人間が食べるものと同じものだった。
 旺仁郎は窓の外の橙色の光に目をやった。朝餉とヤマは言ったが、町の様子は旺仁郎がここを訪れた時のまま夕方の光に包まれている。

「ああ、そうか。外は朝や夜があるものね。ここは、ずっとこの灯りのままなんだよ」

 旺仁郎の様子に気づいたヤマが言った。これは陽の光ではなく、町のそこかしこで灯る不思議な炎の灯りだそうだ。それが消えればこの町は永遠に光を失う。だから、炎は大切に守られている。
 ところで、ヤマはその手元に包丁を構え、まな板に大根を丸々横たえ息をついた。
 手も添えずに勢いよく刃を振り下ろすと、大根は不恰好に割れ、片側が流しの方へと吹き飛んでいる。
 何を作るつもりなのかはよくわからないが、ヤマは料理が不得手だということは一目瞭然だ。
 旺仁郎は次にヤマが刃を振りかざす前にと、慌てて背後からその袖を引いた。

「ん? どうしたんだい、モモちゃま。腹が減っているのかな? もう少し我慢しておくれ」

 旺仁郎は首を振り、そっと包丁を握るヤマ手を握る。

「ん? もしかして、モモちゃまが作ってくれるのかい?」

その問いに、旺仁郎は二度大きく頷いた。






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