太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

覚悟とサヨナラ

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「君宛にこれが届いていた」

 私の様子を見に来たというディーデリヒさんから大きな箱を受け取った。
 それはビルケンシュトックから届いた荷物である。城下の臨時店舗に来てくれるようになったベルさんに以前からお願いしていたものが届いたのだ。
 老ドラゴンの皮を使って、手袋や皮の胸当てを作ってもらった。男性がつけるような鎧よりは軽いだろうから動きを阻害しないはず。自分の体の形に合わせたそれらはしっくり馴染んだ。 

「…身体はもう大丈夫なのか?」

 ディーデリヒさんの問いかけに私は頷いた。

「大丈夫です。いつでも行けます」

 そういう意味で聞いてきたのだと思ったのだが、なんだかディーデリヒさんは変な顔をしていた。彼は何かを言おうとして口を開いたけど飲み込んでいた。

 ハルベリオン報復作戦に私は向かうことになった。戦争に参加するのは魔術師が中心だが、魔法を使えない兵士らも従軍する。彼らは志願制で、後方から援護していく役目を担う。
 一方で魔術師は強制だ。魔法魔術学校を卒業した中級魔術師以上は、なにか重大な理由がない限りはほぼ確定で参加しなければならない。
 私はまだ17歳。魔法魔術学校では学生の年齢だ。そして貴族の娘。まさかと思っていたらしい村の家族たちは戸惑いを見せていた。

「フォルクヴァルツ様、デイジーはまだ17歳なんです、そんな戦争だなんて」
「マック夫人のお気持ちはわかりますが、国のために命を懸けて戦うのが魔術師としての義務なのです」

 オロオロした様子でお母さんがディーデリヒさんに言い募っている。
 しかし彼は魔術師。それも名門の魔術家系出身の人間だ。魔術師として国を、国民を守るために命をかけて戦うのは当然のことと教えられて育ったのだ。
 そして私も学校でそう学んできた。そうなった時は戦うつもりでいた。

 普通の魔法が使えない庶民として生きてきたマック家の皆は受け入れられないみたいだ。
 ディーデリヒさんの言葉に衝撃を受けたお母さんは青ざめてふらりと立ちくらみを起こしていた。それをリック兄さんが支えてあげていた。

 フォルクヴァルツでも戦の準備を整えているという。彼らもそう時間を置かずに準備を整えたらハルベリオンへ向かうであろう。辺境伯と夫人は領地の守りに徹し、ハルベリオンに向かうのはディーデリヒさんだという。それに加えて私もであるが。

「…ごめんね、お母さん」

 心配してくれるのは嬉しい。
 だけど私は行かなくてはならないのだ。
 私が謝ると、青ざめた顔のお母さんがこちらを見た。彼女の焦げ茶色の瞳に涙が浮かんでいる。
 幼かった私はこの瞳に見守られて、育った。命を救われた。

「──いままで育ててくれてありがとう。…行ってきます」

 私はお母さんに抱きつき、別れの言葉を送ると。続いてお父さん、兄さんたちへと最後になるかもしれないハグを贈った。
 彼らは衝撃を受けすぎて言葉が出てこないようだ。そんな顔をさせたくないのになぁ。
 甥っ子たちとも別れのハグをする。ハロルドが半べそ状態でグズグズしていた。幼いなりに彼もなにか感じ取っているのかもしれない。

 例えば、家族みんなが力ずくで止めるとしてもそれは駄目なのだ。処罰を受けることになる。
 逃げられないことだし、私も逃げる気はない。
 未練を断ち切るようにして後ろを振り返ると、そこにはフォルクヴァルツ一家が勢揃いしていた。彼らは私を迎えに来たそうだが、今回はちょっと一緒に帰れそうにない。

「……父上、母上、兄上、お話があります」

 はじめて敬称で呼ぶのが戦争前、出発直前とはなんとも皮肉なものである。彼らはビクリと肩を揺らしていたが、状況が状況なので、表情を固くしたまま黙って私を見つめていた。

「私を救おうと庇って亡くなった召使いの覚悟に報いなければなりません」

 戦う覚悟は出来ている。
 死ぬ覚悟だって。私はあの嵐の晩に死んでいたはずなのだ。ここまで生きられたのは、ロジーナさんやこの村の家族、元素たちの機転で救われただけのこと。
 ──ならば、次は私が誰かのために戦う。

「私はシュバルツの生まれですが、このエスメラルダに降り立ち、エスメラルダの民たちに育てられ、ここの人たちが作った食料を食べて育ちました」

 マック家の末っ子として大切にされた。愛された。叶えられるものは何だって叶えてくれた。私は幸せだった。

「国の援助で学校に行けて、魔術師になれた。この命をかけて恩を返さねばなりません」

 その言葉を言わずとも、彼らはきっと私の言いたいことを理解していたのかもしれない。

「私が守るべきはエスメラルダ国民なのです。私はこのエスメラルダ王国のために戦いとうございます」

 私の覚悟を聞いた3人の反応はそれぞれだった。夫人は感極まったように泣き始め、ディーデリヒさんと辺境伯は私の肩を叩いて一人前の魔術師として扱ってくれた。

「よくぞ言った。立場が違えども、共に闘おう、妹よ」
「それでこそフォルクヴァルツ家の娘だ」

 これが普通の魔術師としての感覚なのだ。しかし、周りにいたこの村の人達には私達の発言は頭が狂っているように聞こえたみたいである。

「何いってんだよあんたら! 実の娘を戦場に送り込む気か!?」

 その声に私はビクッと肩を揺らした。
 どこかで話を聞きつけたテオが駆けつけてきたみたいだ。

 ……はじめはテオにこのことを言うつもりだったが、やっぱり言わずに黙って行こうと思っていた。
 その方がテオも私のことを忘れやすいだろうと思ったから。テオには運命の番がいるのだ。彼女と幸せになればいい。

「魔術師とはそういうものだ。私達はそのためにいる」
「アステリアは魔術師としての義務を果たそうとしているだけ。国を守るのは、貴族として魔術師として当然のことです」

 辺境伯と夫人が冷静に返すと、テオは眉間にシワを寄せて険しい表情で彼らを睨みつける。ぐるぐると喉奥から聞こえる唸り声は不機嫌そのものだ。

「デイジーはただの村娘だ。貴族としての恩恵を全く受けずに育った。いきなり現れて、貴族扱いして、戦争に行かせるなんて、あんたらどうかしてるんじゃないか? デイジーは都合の良いお人形じゃないんだぞ!」

 その言葉に私は苦笑いしてしまった。
 そういう問題じゃないんだよ。
 貴族じゃなかったとしても、どっちにせよ魔術師なら戦いに行かなくてはいけない。
 こいつなら絶対にこうして止めようとするだろうと思ってた。

 テオの顔を見ると決意が鈍りそうだったから嫌だったのにな。

「……わたくしも、大事な子どもを戦争になど送りたくありません。だけどそれは魔術師として生を受けたからには義務なのです。どうしようもないのです」

 瞳に涙をためた夫人はぐっと飲み込みながら、どこからか小さな包みを取り出した。

「…これには致死性の毒が入っています。…万が一、敵兵から辱めを受けそうになった時は、これで自害なさい」

 まさか毒を渡されて、恥をかく前に死ねと言われるとは思わなかった私は目を丸くして数秒固まった。
 ……だけどそうだな。生きて辱めを受けるくらいなら、死んだほうがマシだ。どんな敵が待ち構えているかもわからないから…
 私は無言でそれを受け取ると魔術師のペンダントロケットの中に収める。

「そんなのおかしいだろ! 行くなデイジー!」

 ガッと力いっぱい握られた二の腕に痛みが走る。
 その痛みすら私の決意を鈍らせる足枷になってしまいそうで怖くなった。

「捕縛せよ」
「!?」

 本当は魔法魔術をこんな風に使いたくなかった。だけどこうでもしなきゃテオは身体を張って止めようとするに違いない。悪く思わないで欲しい。
 テオの身体は私の捕縛術によってガクリと力なく倒れ、地面に転がる。

「…何するんだよ!」
「…私の因縁との戦いなの…止めないで」

 テオは信じられないとばかりの反応をしていた。私はできる限り冷たく、突き放す態度を取る。
 私は魔術師なのよ、貴族の娘なのよ。…あんたとはそもそも生きている世界も責任も違うのよ。
 私が村の平和を守るから、あんたは幸せに笑っていればいいの。

「…あんたは運命の番と沢山子ども作って、孫に囲まれてせいぜい大往生したらいいのよ」

 最後の別れのセリフにしては少々気障だったかもしれない。
 だけどどうか私のことは忘れて、私の分まで幸せになってほしい。

「デイジー! 行くな!」

 テオは血を吐くような声で私の名を呼んだ。もともと私達は出会わない相手だった。すべて元通りになるだけなのだ。…そんな顔しないでよ、らしくないな。
 必死なテオの形相を見た私は小さく笑うと、彼の目の前に手をかざす。
 テオはぎくりと身をこわばらせると、怯えた視線を向けてきた。

「我に従う闇の元素たちよ。この者に心地よい眠りを与え給え…」

 眠りに入る呪文を唱えると、テオは素直に寝入ってしまった。捕縛術を解いてあげると、テオのことをお願いとリック兄さんに声を掛けた。

「強制的に眠らせた。10時間もすれば自然と目が覚めるから安心して」

 すやすや眠るテオの寝顔を見ていたら、後ろ髪ひかれそうだったので、すぐに目をそらしてして踵を返す。
 側に待機していたルルに視線をやると、私は彼女に手を差し出した。

「ルル、私と一緒に来てくれる?」
「主の行くところならどこまでもお供する」

 ルルは躊躇うことなく私の手を取ってくれた。
 彼女の因縁でもあるハルベリオン。
 亡くなった老ドラゴンが喜ぶかどうかはわからない。敵国を滅ぼして、ロジーナさん達が浮かばれるかもわからない。
 それでもいいのだ。
 これは私達のけじめなのだから。


■□■


 私の育った村はハルベリオンとの辺境領内にある。エスメラルダ王国辺境地の領主屋敷に彼はいた。エスメラルダ王国王太子殿下がこれからの作戦指揮を執るためにここまでやってきたのだ。
 久々に再会した彼は睡眠不足なのか、少々お疲れ気味だが、元気なのは元気そうであった。書類とにらめっこしながら側近の人と何やらやり取りしていたようだが、ふと顔を上げた。そして私の姿を見ると、世の女性達が黄色い声を上げそうな笑顔を向けてきた。
 私は挨拶もそこそこに彼に宣言した。
 
「エスメラルダ王国王太子殿下、私はこれよりあなたの配下に入ります。どうぞご命令を」

 覚悟を口にすると、クリフォード王太子殿下はぐっと口ごもっていた。
 覚悟をしていても戦は怖い。それが未知のハルベリオン相手だと、事態がどう転ぶかわからない上に、学生時代の知人友人を王太子権限で派遣するのだ。人の命を操っているようで恐ろしいのだろう。
 しかし彼も国を守る使命がある。息を吸って動揺を落ち着かせると、真剣な顔で私に命じた。

「…高等魔術師アステリア・デイジー・フォルクヴァルツ嬢、貴殿にハルベリオン陥落作戦への出向を命ずる」
「御意」

 左手でマントの端を持ち上げ、右手は心臓の上。気取った魔術師式の礼をしてみせる。

 私は私の使命を果たす。
 大切な人たちを傷つけさせない。
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