上 下
111 / 209
Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

閑話・姉狼【メイ視点】

しおりを挟む
 わたしは狼。
 父母と兄弟たちと一緒に森の中で暮らしていた。以前までは母のお乳でお腹を膨らませていたが、牙が発達してからは肉も口にするようになった。両親が獲ってくれた獲物の肉を食べたり、その辺に生えている体にいい草を食んだり。
 わたしの頭の中は常に獲物のことと、外敵のこと、安心して眠れる場所、水場のある場所のことばかり。
 その他のことに意識なんか向くはずもなかった。わたしたち狼が中心の世界で、他の生き物はその他大勢。他のことはどうでもよかった。

 わたしたちはまだまだ幼い。父母の庇護がなくては生きてはいけない。だから父母も絶対に側から離れないようにって厳命していた。
 ……なのに、末の弟がどっかに消えた。
 あのバカ、どうせ虫かなにかに興味湧いてどっかに迷い込んだのだろう。心配せずとも、腹が空けば帰ってくるはずだ。
 兄弟の中で一番最後に生まれて、身体が小さいからと母が甘やかすからあんな甘ったれ小僧になったんだ。


 しかし、弟は帰ってこなかった。
 心配で夜中も寝ずにあちこちを探していた母狼は一晩ですっかりげっそりやつれてしまっていた。
 ウロウロしては遠吠えで末息子を呼ぶ。その声の切なさに、父狼が母をなだめるように寄り添うが、母の不安は解消されない。

 仕方ないので一家総勢で弟の捜索をすることになった。
 弟のせいで昨晩から何も食べてない。腹が減ってイライラする。どうせあのノーテンキな弟はそのへんで昼寝でもしてるに違いない。心配せずとも大丈夫だろうに…
 捜索は夜になっても行われた。
 あの弟がこんな遠くまで移動してるとは思えないが、母はこっちに絶対にいると訴えて先陣を切る。仕方ないのでわたしたちは後ろをついていく。
 わたしは空腹も相まって相当イライラしていた。

 夜の闇が支配した森の中にうっすら明かりが灯されている場所があった。そこからふわわんとどこからかいい匂いが漂ってきたので鼻を鳴らした。空にゆらゆらと煙がたなびき、火の気配がした。
 何があるんだろう。その場所に引き寄せられるようにして近づくと、そこには森では見ない生き物の姿があった。
 あれは確か人間。二足歩行の雌だ。
 だけど人間は滅多に森の中に足を踏み込まないはず。珍しい……
 このニオイの発生源はあの人間から…こちらに背を向けているので何をしているのかはわからないが、とても美味しそうな匂いがする…!
 これはなんだ…芳しい……不思議な匂いもするのに、よだれが止まらない…
 お腹すいた…!

「はい冷めた。食べていいよ」
「きゅん! ガウ!」

 その間抜けな声に母の耳がピクリと動いた。気配を消さずにガサガサ音を立てて歩いていると、「ピィエェェ」と警戒する草食獣の鳴き声が聞こえてきた。そのせいで人間が周りを警戒して辺りを見渡し始めた。
 母狼は構わずに草をかき分けて姿を表した。そして、やっと見つけたとばかりに尻尾をパタパタ揺らしていた。

「キャウ!」

 奴もそうだ。うまそうなものを口に咥えた末弟は呑気な顔をしてこちらに近づいてきた。
 どこいってたのー? とノーテンキに問いかけてくる末弟を見ているとどんどんイライラが増幅してきたので、ヤツの横っ面を殴っておく。

「キャインキャイン!」

 その拍子に美味そうな肉がヤツの口からこぼれ落ちたので、それを分捕ってやる。
 じゅわりと口の中に広がる肉の味。いつもの肉とは違う。食感が違う……うまい…。
 もぐもぐ食べていると、末弟が泣きながら人間のもとに吹っ飛んでいった。人間に手懐けられたか…愚かな弟狼め。わたしは情けないぞ。
 わたしが味わうように食べていたからか、他の弟妹が分けてくれとわたしの口周りをペロペロ舐めてきた。絶対にやらなかったが。

 まぁその後わたし達も人間からの施しをしっかり受け取ったのだがな。
 火で炙るとこんなにうまくなるんだな。残念ながらわたしには火を操れないので日常で肉を焼いて食べるのは無理だ。

 弟は人間と別れるのを惜しんでいた。
 人間からは「人間は危険だ、もう近づくな」と言い聞かせられていたようだが、あの人間だけは違う、また会えたらいいなとこれまたノーテンキなことを言っていた。

 どうせもう二度と会わないだろう。
 わたしはそう思っていた。

 だけど再び会った。
 わたしはその人間に生命を救われた。
 急に襲いかかってきた魔獣によって無様に死ぬのだと思っていたのに、人間の不思議な力のおかげで回復した。

 弟の言う言葉の意味がわかった。この人間は違う。
 色々与えてくれたのに、見返りも求めずに立ち去ろうとするのだ。

 ──そうだ、森の奥深くで魔獣になにか施している人間の姿を見たことがある。
 確か、「眷属の契約」だと言っていた。

 親兄弟と違う時を生きる、特別な狼になって人間…主と共に生きるのだ。わたしが死ぬのは主が死んだ時。そして主に契約を切られた時のみ。
 それでも構わない。
 命を救われただけでなく、弟を保護してもらったこともある。一飯の礼もある。
 わたしは誇り高き狼。恩を忘れたりはしないのだ。なにかお返しをせねばならない。

 それに確信していたのだ。
 わたしはいつかこの人間の役に立てる。きっと、ね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【花門!(カモン!)】

霜月 雄之助
大衆娯楽
ヤクザの抗争から 影響範囲を徐々に広げていく…。 そして、 それぞれの思いが交差するとき、 闘いは始まる…。 絡まる糸たちは ほどけることはあるのだろうか? 龍牙組 組長 新垣 哲也たちの 物語。 ※短編集より【公園と893と公衆便所】の スピンオフ―。

元現代人はそれでも安定を切望する

眼鏡から鱗
ファンタジー
思いつきで、ふわゆる設定です。 心を、めちゃ広げて読んで頂きたいです。 不定期投稿です。 ※旧題 現代人は安定を切望するんです ★画像は、AI生成にて作成したものとなります★

チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~

クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。 だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。 リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。 だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。 あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。 そして身体の所有権が俺に移る。 リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。 よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。 お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。 お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう! 味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。 絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ! そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

ちびっ子ボディのチート令嬢は辺境で幸せを掴む

紫楼
ファンタジー
 酔っ払って寝て起きたらなんか手が小さい。びっくりしてベットから落ちて今の自分の情報と前の自分の記憶が一気に脳内を巡ってそのまま気絶した。  私は放置された16歳の少女リーシャに転生?してた。自分の状況を理解してすぐになぜか王様の命令で辺境にお嫁に行くことになったよ!    辺境はイケメンマッチョパラダイス!!だったので天国でした!  食べ物が美味しくない国だったので好き放題食べたい物作らせて貰える環境を与えられて幸せです。  もふもふ?に出会ったけどなんか違う!?  もふじゃない爺と契約!?とかなんだかなーな仲間もできるよ。  両親のこととかリーシャの真実が明るみに出たり、思わぬ方向に物事が進んだり?    いつかは立派な辺境伯夫人になりたいリーシャの日常のお話。    主人公が結婚するんでR指定は保険です。外見とかストーリー的に身長とか容姿について表現があるので不快になりそうでしたらそっと閉じてください。完全な性表現は書くの苦手なのでほぼ無いとは思いますが。  倫理観論理感の強い人には向かないと思われますので、そっ閉じしてください。    小さい見た目のお転婆さんとか書きたかっただけのお話。ふんわり設定なので軽ーく受け流してください。  描写とか適当シーンも多いので軽く読み流す物としてお楽しみください。  タイトルのついた分は少し台詞回しいじったり誤字脱字の訂正が済みました。  多少表現が変わった程度でストーリーに触る改稿はしてません。  カクヨム様にも載せてます。

ヘタレαにつかまりまして

三日月
BL
本編完結。加筆修正中。 乙女思考のヘタレαと現実主義のツンデレΩの甘甘恋愛ストーリー♡ 桜宮 奏は、α家系に生まれたΩ。 桜宮財閥跡取りとしてαを偽装していたが、弟(α)が生まれその必要がなくなる。 16歳の誕生日に、親が決めた相手と番になることになったのだが、その場に自分が目の敵にしていた同級生α、菊川 倭人が乱入してきて・・・ 初出BLove様:17/02/27 09:39 アルファポリス様公開中の話を加筆修正しながらのろのろと更新していきます。 続→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/550368397/487186258 ☆表紙は、陽樹様からヤマカナツーショット頂きました!神様頼みでイメージや配置をリクエストしていたら応えていただけて(。´Д⊂)カンゲキ 魔法のようなメイキング動画はこちら⬇ https://m.youtube.com/watch?v=l8bOe-E0zQY

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

処理中です...