太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

熱い腕の中、届いた召集

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 深い深い森の奥。人の気配が遠ざかったこの場所は人の生活圏よりも更に奥まった場所。子どもの頃からこの場所に引き寄せられては草の上で寝転がっていた。自分が何者なのかを自問自答するために。

 ── 私は捨てられていたのではなく、ロジーナさんと元素達によって戦禍から助け出された。そしてこの場に置かれた。
 私の脳裏に焼き付く雷雨の記憶は赤子の時のあの晩の記憶。その記憶はあるのに、ロジーナさんの記憶はまったくない。彼女がどんな顔だったか、どんな声だったかも全くわからない。

 私を助けて命を落とした彼女はどう思っているのだろう。仇を追い詰められなかった私のことを怒っているだろうか。

「……ここにいたのか」

 その声に私は目を動かさず、空を見上げ続けていた。
 一人になりたいのにどうして探し出すのか。

「また匂い辿ってきたの?」

 私の声はつっけんどんに聞こえたことであろう。しかし今の私は冷静に会話する余裕がないのだ。

「あまり外を出歩くなよ。残党が残ってるかもしれないだろ」

 そう言って私を起こそうと腕を引っ張ってくる憎たらしいはずのあいつ。…私を連れ戻しに来たのだろうか。
 私は今の自分が情けなくて、許せそうになくて、テオの気遣いを受け入れられなかった。
 
「一人にして」

 テオの手を振り払って地面の上に逆戻りした。しかしテオは諦めずに、再度私の手を掴んで引っ張ってきた。
 …獣人に力で勝てるとは思わない。寝転がっていた私は、草の上に座ったまま上半身だけ起こされたのだが、むぎゅっと弾力のある筋肉に包み込まれて一瞬思考停止した。くっついた部分からドクンドクンと力強い鼓動が聞こえてくる。

 テオの熱い腕の中に閉じ込められたのであると我に返った私はその胸に手をついて押し返す。

「離して」

 慰めてくれているつもりなのだろうが、私はそんなもの求めていない。ひとりにしろと言っているのに何なのだこいつは。

 私は暴れた。腕を突っぱねたり、握った拳でテオの背中をボコボコ叩いたり、ジタバタもがいたり。
 離そうとしないので、やけくそになってテオの肩にオデコをガンガンぶつけたりもした。いくら頑丈な獣人でも、頭突きは痛いはずだ。
 それでもなお、テオはその腕を離さなかった。

「…殴りたいなら好きなだけ俺を殴ればいい。それでお前がスッキリするなら安いもんだ」
「離してよ…!」

 私は人を殴りたいんじゃない。一人になりたいのだ。
 自分の感情と戦っているんだ。自分なりに消化しようとしているだけなのだ。それに周りの人を巻き込む気はない。
 なのにテオは私を抱え込み、暴れる私の背中を撫でて来る。その手の優しさに私の瞼がじわりと熱を持つが、涙を飲み込むようにして耐えた。

「自分のせいでメイドが死んだと思うのは考えすぎだぞ。そんなことない、あの人はお前を救えてよかったと考えてるはずだ」

 はぁ? …何を言っているの?

「そんなの本人に聞かなきゃ分かるはず無いじゃない! ロジーナさんはもうこの世にいないのに、わかったような口聞かないでよ!」

 カッとなって私は怒鳴った。
 テオに何が分かるのよ、綺麗事言わないでよ。
 救えてよかった? 私のせいで人が死んでいるんだよ、いいわけないじゃない。そんな簡単に受け止められるわけがないでしょうが!

「メイドが動かなければ、お前は城の中で息絶えていたはずだ。……そしたら俺はお前とは出会えなかった」

 …そんなの、わからないじゃない。
 ディーデリヒさんみたいに、城の中でうまく隠れていたら救われたかもしれない。万が一私が殺されていたとしてもその時はその時。出会わなければ、テオも私の存在など知らないままだった。
 テオには運命の番がいるのだから大したことではないはずだ。
 …運命の番がいるくせに、私を好きとか、馬鹿じゃないの。運命なんでしょ、獣人のくせに何抗おうとしてるのよ。なんなの、あんた本当に……。

 テオは私の首元に顔をうずめると、つぶやくように言った。

「…俺は、お前が救われて良かったと思ってる。そのメイドがお前を逃がそうと行動しなきゃ、今のお前はいない。俺は彼女に感謝してる」

 すりすりと甘えるように顔を擦り付けられるとくすぐったい。身を捩ってみるが、隙間なく抱きしめられているので離れられそうにない。

「その人はお前に希望を託した。メイドの分まで幸せになってやれよ」

 体温の高い身体に抱きしめられると、自分も熱が上がったように熱くなってきた。テオの力強く脈打つ心臓が、私も生きているのだと伝えてきているようであった。

 耐えていたのに。
 私を泣かせようとするなんてあんたは今もいじめっ子なのか。
 殴りつけていた拳はいつの間にかテオのシャツを握りしめていた。

 私はテオの胸に顔を押し付けて泣いた。声を押し殺すんじゃなく、まるで小さな子どものように声を張り上げて泣いた。
 テオは何も言わずに、私の身体を更にきつく抱きしめてきた。


 ロジーナさんの本音はもうわからない。だけど彼女は命を懸けて私を守ってくれた。
 それならば私もこの生命を無駄にすることなく、なにかに役立てなくては。

 私にできることは……ハルベリオンにこれ以上好き勝手させないことだ。
 でなければ歴史は繰り返す。

 ──フェアラートを討つ。
 そして、ハルベリオンを崩壊させる。

 私の前に新たな道ができた。
 私の命が生かされたのは、それの為なのだ。
 

■□■


 その2人の姿を見たのはたまたまだった。
 仕事のお昼休み中のテオに会いに来たのは、テオの運命の番。同じ狼獣人の2つ年下のレイラさん。背が高くて、身体はしなやかな筋肉に包まれておりスタイルがいい。同じ種族の彼女はテオの隣に並ぶとすごく絵になる。

「テオ! 来ちゃった」
「……レイラ…もう来ないでくれと言っただろう」

 彼女は差し入れを入れたバスケットを持って押しかけてきたようである。
 ──なのだが、テオは彼女を突き放すような発言をしていた。拒絶しているはずのテオの様子は異様で、テオの身体はレイラさんを求めているように見えた。
 ……テオは私を好きだと言っていた。
 だから私に操立てしているのではないだろうか。運命の番を前にしてもそれに応えようとしない彼は、本能に抗っているのかもしれない
 テオからの突然の告白は驚いた。その気持ちはありがたい。でも私は応えられそうにない。

 私は手元で握りしめた手紙を見下ろし、ため息を吐くと踵を返した。
 運命の番である彼らの間に割って入る訳にも行くまい。テオには大切な話があったけど、また改めよう。

 運命の番と一緒にいるテオを見ても、冷静でいられるつもりでいたが、私の胸の中はモヤモヤして面白くなかった。だけど人間である私は獣人社会のことにまで口出す権利はない。
 私はテオの想いに応えてあげられない。だから何も言わずに見守るだけ。

「…ほら見ろ、運命なんか所詮呪いだ」
「ルル」

 用事がない時は森の中に行ったり、畑の世話のためにフォルクヴァルツ城に戻ったりと自由に過ごしているルルが人化した姿で背後にいたものだから私は驚いた。
 彼女は運命の番たちを睨みつけ、過去を思い出して憎悪の感情を表に出していた。……家族を捨てた、父ドラゴンを思い出しているのだろうか。

「これだから運命の番は嫌いなんだ」

 彼女からしてみたら、運命の番は美しいものではなく、おぞましい呪いに見えるみたいだ。
 そんな彼女をたしなめることなんて出来ない。私はただ苦笑いして彼女の背中を押した。

「ルル、行くよ」
「…言わないのか、あいつに」

 ルルにはお見通しみたいだ。どこかで話を聞いたのだろうか。ルルは私の手元にある手紙を見ながら眉間にシワを寄せている。

「…どっちにしても行かなくちゃいけないし。…あそこに割って入って行くのも気が引けるから」

 一応私の口から言っておこうかなと思って来たんだけど…むしろあいつなら止めてくるかもしれない。

「…もう二度と会えないかもしれないんだぞ」

 ルルらしくない弱気な発言に私は少しばかり驚いた。
 人と関わって生活するようになって、情緒面が育ったのか。それとも老ドラゴンのことを思い出しての発言か。


 ──戦争が始まる。
 今回のことでエスメラルダ側には人死にはなかったが、物的被害はあった。そして何よりも、領土に攻め入られたからには黙っていられない。攻め入って来た理由も非人道的なので、このまま放置するわけにも行かない。
 エスメラルダ国王はハルベリオンへ報復すると宣言した。
 そして私はエスメラルダ王国に魔術師としての籍を置いたままだったので、それによって召集がかかったのだ。
 どっちにせよ、私はフォルクヴァルツの娘なので戦うことは避けられないであろう。

 宿敵との戦いは避けて通れない。
 今度は必ず仕留める。絶対に逃したりしない。

 アステリア・デイジー・フォルクヴァルツの名を背負って。
 亡くなった領民やロジーナさんの無念に報いるために。
 大切な人たちを守るために。
 ──私は戦おう。
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