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番外編・もしも笑がお嬢様だったら

ごめん遊ばせ、二階堂笑でございます【1】

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 私の名前は二階堂笑。
 私の家はそこそこ有名な会社を経営している。私はいわゆる【お嬢様】という存在だ。
 そんなわけで蝶よ花よと育てられるわけだが、私は妙にそれがむず痒く感じ、受け入れられずにいた。そのため、幼い頃から少々変わったお嬢様だった。

『私はバレーが習いたいです』
『バレエ? それならいいダンサーを育成している教室を…』
『違います、球技の方のバレーです』

 娘を女の子らしく育てたかった両親だが、私はたまたまテレビで見たバレーボールに憧れ、熱望し、ジュニアクラブでの課外活動に燃えることになる。

 運のいいことに孫たちの中で一番お祖父さんに可愛がられている私は、事あるごとにお祖父さんにおねだりをした。
 5歳のときには「可愛い洋服よりも、バレーボールがほしい」
 7歳のときには「ジュニアバレークラブに入りたい」
 12歳のときには「ピッチングマシーンがほしい」
 そして、15歳のときには「バレー強豪の誠心高校に入学したい」

 どんどんおねだりが大きくなっていったが、大体の願いをお祖父さんは叶えてくれた。
 だがしかし、誠心高校だけは駄目だった。最終兵器・亡くなった愛妻(鈴子お祖母さん)に生き写しと言われる顔で泣き落とししたけど、駄目だった。
 その学校は実家から離れており、普通の公立校ということでセキュリティが怪しいことで渋られる。私はこれでも二階堂家のお嬢様なので、身代金目当てで危害を加えられる可能性があると言われたら、悔しくても諦めるほかない。
 私はお嬢様らしくない娘だが、これでも二階堂の娘だ。それくらいは理解できていた。

 そんなわけでエスカレーター式の英学院で、中等部から高等部へ進学した私はバレーに燃える青春を送っていた。


■□■


 実は私には婚約者がいる。
 私の父は二階堂のグループ会社の社長をしているのだが、そこそこ業績がよく、援助を求めてきたとある家から持ちかけられた婚約話だった。
 私が5歳の時の話である。嫌とか以前に結婚という単語自体あまり身近でなかった。仕事が多忙な両親は私を放置気味だったため、どういうことか聞きづらかったし、気安く冗談を飛ばす間柄でもなかったのでどうのこうの言えなかったとも言える。

 私もお相手も「なんか友達ができた」という感じであった。
 うちに遊びに来た婚約者をバレーの練習に付き合わせたことはあるが、相手はあまりバレーが好きじゃないらしく、私も相手の趣味に興味持てず……別に嫌いってわけじゃないけど、好き合ってもいない。契約された未来の結婚相手、という目でお互いを見ていたと思う。

 学校ですれ違っても軽く挨拶するだけで、パーティには同伴するけど、別にいい雰囲気になるわけでもない。
 周りからはドライな婚約者同士ねといわれるが、政略婚約なのでなんとも言えない。ぶっちゃけ私はこの婚約者・宝生倫也よりも、バレーボールのほうが何千倍も好きだし…。婚約も親の命令だから大人しく受け入れているというだけである。
 まぁそれは宝生氏も同様だろう。私達は契約関係であり、程々の距離を保った関係を築いていると自負している。



「黙っていれば可愛いのに…残念だね、二階堂さんって」

 今、ふざけた発言したのは隣のクラスの上杉だ。
 なにが気に入らんのか、私を見かけると進んでちょっかいを出す嫌な奴なんだ。こいつは絶対に、『人が嫌がることを進んでしましょう』の意味を間違って理解しているんだと思う。

「……あんたに可愛いとか言われたくないんですけど……?」

 私はこいつが嫌いだった。
 私の顔が好きなのかなんだか知らないが、向けてくる視線が異様で寒気がするのだ……。そのため、なるべく近づかないようにしているが、向こうから寄ってくるのだ。

「そんな可愛くないこと言ってると、婚約者に捨てられちゃうよ?」
「……ご心配ありがとう、でも宝生氏は私の性格を知ってるから大丈夫」

 そんな脅し文句つけられてもなぁ…
 こいつと話している時間が無駄だ。さっさと部活に向かおうと踵を返すと、それを引き止めるためか、奴は更に言い及ぶ。

「……知ってる? 宝生くんは外部生に夢中なんだってよ」

 その言葉に私は足を止めて振り返った。
 まぁそれは知っているけど、人の心はどうにもならんからなぁ。止めろと言っても走り出した気持ちは止まらんだろう。
 婚約者がいた上での不貞はちょっとあれかなぁと思ったので、一応宝生氏には諌めごとを言ったが、相手にはあまり響いてなさげである。まるで反抗期中学生男子を相手しているかのようだった。とどのつまり素気なくあしらわれたのだ。
 …私にどうしろと。

 婚約破棄になったら、二階堂の援助は打ちきりになること間違いない。そうなれば宝生氏の家の会社が傾く。その流れでその会社で働いてる社員が路頭に迷うことになる。だから諌めたのだが無駄だった。
 私は婚約破棄された女という肩書きが付くけどもそれだけで済む。しかし宝生氏はそうでない。

 宝生氏が好きな人を選ぶと決めたなら、親を通して破棄に流れていくだろうと思っていた。だから私は様子見をしていた。

 彼はそんなにアホじゃないと信じていた。



「二階堂様、本当によろしいのですの?」
「そうだよ、ヤラレっぱなしでムカつかないの?」
「んー…なんていうか私らって親同士の契約で婚約しただけだし、これで痛い目見るのは宝生氏なんだよね…」

 なんか最近話しかけようとしたら睨まれるし、何もしてないのに、噂になっている夢子ちゃんを守ろうとする素振りをするし……。私はお手上げである。
 下方修正する必要があるようだ。──宝生氏は思いの外アホだったのかもしれない。


「二階堂笑! 今日という今日は許さないぞ!」

 突然怒鳴られた昼下がりの午後。
 廊下で呼び止められたと思ったら、バチンと頬に痛みが走った。火が当てられたかのように熱い。目の前がチカチカして私が目を白黒させていると、目の前には顔を真っ赤にさせて怒る彼の人。

「人を使って姫乃に危害を加えてきたんだろう! お前には失望したぞ!」

 許さないって……何のことだ。
 あまりこういう事言いたくないけど、身の程知らずなのはそっちだよ? 援助は慈善活動じゃなんだぞ? 親同士が結んだ契約だけど、私は未来を縛られて来たんだ。なにを被害者ぶっているのか。

「俺のことなんか好きじゃないくせに、自分の立場が危ういとわかれば嫌がらせを働くのか。いい気なもんだなぁ、二階堂のお姫様は!」

 一方的に言いたいことを言ってくる宝生氏。
 私は意味がわからずしかめっ面で相手を睨むしか出来ない。その間もじんじんと頬は熱を持って、口の中では鉄さびの味が広がる。口の中を切ってしまったようだ。

「誰がお前みたいなバレー馬鹿好きになるんだよ! 二階堂の娘じゃなきゃ、誰もお前なんかに興味持つわけないだろ!」

 ……何があって誤解をしているのか知らんが、そこまで言われるいわれはない。自分の下に何人もの人間がいると思ってんだこのお坊ちゃまは…!
 もう知らん。自分の抱えてる責任を放棄するってなら、好きにしたらいい!

「お前とは婚約破棄だ! ──ぶへぇっ」

 ズバーンといい音がした。流石は私である。
 スパイカー専攻のビンタは効いたらしい。宝生氏は構えていなかったからか、足元グラリとよろめいていた。
 それから一拍置いて、自分がビンタされたのだと理解した彼は頬を抑えて涙目になっていた。カッとなって宝生氏の横っ面を叩いた私を誰が責められるだろうか。先に叩かれたのこっちだぞ。

「な、なん…」
「その言葉、後悔しないな?」
「な、なんだよ、困るのはお前だろぉっ」

 いえ、別に。
 ぶっちゃけ二階堂のお祖父さんは宝生氏との婚約に微妙な顔をしている。しかし、私と宝生氏が不仲というわけじゃないから口出ししてこなかった。
 破棄になったところで、また別の、お祖父様お墨付きの男性を紹介されるだけじゃないかなと思っている。だからそこまでダメージは受けないかな?

「…慎悟、ずっと聞いていたんでしょ?」

 私は隣の教室の出入り口付近で突っ立っている一人の少年の存在に気づいていた。
 彼は数年前にお互いの従兄と従姉が結婚したことで縁戚になった少年である。集まりで遭遇することもあり、そこそこ親しくしてもらっている。
 とはいえ、私に婚約者がいるので向こうが一定の距離を保って、というのが条件だが。私が少々ヘマをした時さり気なくサポートしてくれる気の利く友人だ。
 この加納慎悟という男は若干皮肉屋な部分もあっていけ好かない奴だと誤解を受けるが、単に冷静なだけであり、めちゃくちゃ頼りになる人間なのである。

 私の問いかけに、慎悟は無言でこちらに歩み寄ってきた。その目はなにか言いたそうな色をしていたが、それは私に対してじゃなく、宝生氏に対してだ。だけど今はそれを待っていてほしい。

「証言者になってくれるかな? 宝生氏の今の発言の」
「…あんたはそれでいいのか?」
「いいよ、別に」

 私がアッサリ受け入れると、なぜか宝生氏が口をパッカーンと開けてみっともない顔をしていた。

「ぶっちゃけ婚約が足かせになっていたから、破棄になってよかった。これでバレーに専念できる」
「今の今までバレーに専念してた人間の言う言葉じゃないだろ」
「うるさいよ、慎悟」

 あんたもバレー始めたらその素晴らしさに気づくよって言ってるのに。

「お前、俺に腹を立ててるんじゃ…だから姫乃に嫌がらせを…」
「あいにく、恋愛感情は一切ないよ。そこまで執着してなかったし。よって嫌がらせなんてちゃちな真似するわけがない」

 まぁお互い様だよね。と話を終わらせると、私は保健室に行ってくると側で様子を窺っていた友人に告げた。友人らはみんな私の味方だ。婚約破棄と私の頬の心配をしてくれた。

「軽蔑しましたわ。何様のつもりなのでしょうか」
「女に手を上げるとか最っ低…」

 …と友人らはゴミを見るかのような目で宝生氏を睨みつけると、保健室まで付き添ってくれた。

 こうして私はその日、宝生氏に婚約破棄宣言をされ、後日両家で話し合いが行われた。
 ……向こうの家では平謝り&慈悲を求める声があったそうだが、娘に恥をかかせたとお怒りの両親が破棄に持ち込み、援助も打ち切りとなったそうだ。これから宝生家は大変だろうなぁ……。

 いやぁ、付かず離れずの関係とは言うが、程々な関係だったのが悪かったのか…それともどっちにせよこうなっていたのか。
 婚約破棄に対して、私はそこまで深刻なダメージを受けたわけではないのだが、周りはそうでなく。しばらく腫れ物に触るような目を向けられた。

 私に気を使う慎悟が前よりも堂々と話しかけてくるようになったことで、慎悟の周りにいる加納ガールズがなんか言ってきたが、それはいつものことなのでスルーする。
 なんか彼女らに目をつけられてんだよねぇ私。


 その後お祖父様が新しい婚約者をとお見合いセッティングしたり、サイコパスが目覚めたりと色々事件が起きるのだが、目先の目標はインターハイ出場のための地区大会であり、私はバレーに燃えることになるのである。
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