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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

好きな食べ物はカレーです。あ、タイカレー食べたい。

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「エリカさんのご趣味は…生け花? まぁ、今度是非作品を見せてくださいね」
「えっ? おほ、おほほほ…」

 相手方のお祖母さんにそんな事を言われて、私は冷や汗をかいた。
 花なんて生けたことございませんけど!? それエリカちゃんの特技じゃない?
 こういうのって釣書詐称なんじゃ…。何も確認されずに釣書制作されて、向こう側に渡されていたから、何が書かれているのか全くわからない。
 内心は嵐であるが、私はえへえへと愛想笑いを続けていた。これは付き合いだ。二階堂のお祖父さんの顔を立てるためのお見合いなんだ…。
 
 お相手の男性からはお見合い始まってからずーっと顔を凝視されていて、笑顔を維持するのが大変だった。エリカちゃん美少女だもんね。そりゃガン見するか。
 お相手はお坊ちゃん男子校に通う高校3年生。私と同い年だが、エリカちゃんの1歳上。海運会社を経営する一族の子息で、まぁ育ちの良さそうな青年。清潔感があって性格が良さそうな、親しみやすいフツメンだ。第一印象では好感が持てた。
 お名前は西園寺さいおんじ貴徳たかのりさんというらしい。

「…エリカさんの好きな食べ物はなんですか?」
「好きな食べ物…ですか」

 先程からずっと付添いの大人たちの会話が続いており、お相手は一言も喋らなかったのだが、ここに来て初めて私に話しかけてきた。 
 私は彼からの質問に息を呑んだ。
 …何が正解だ? 何がお嬢様らしい好きな食べ物なんだ?
 悩みに悩んだ末に出た答えは…

「…ふ……フォアグラと…キャビアですかね」

 本当に好きな食べ物はカレーです。





 池の中でスイスイ泳ぐ錦鯉を眺めながら私は無事にお見合いが終了することを願っていた。

「お見合いなんて時代錯誤だと感じていたのですが、あなたの写真を見て一度会ってみたいと思いました」
「さ、左様ですか…」
「実際にお相手も写真よりも可愛らしい方で…」
「あ…ありがとうございます…」

 お淑やかに、当たり障りなく、相手の気に触れないように……
 私は阿南さんをイメージしながらお嬢様を演じていた。心では念仏のようにお淑やかお淑やかと言い聞かせながら。

 後は若いお二人だけで、と見送られた私達は、お見合い場所のお高そうな料亭の中庭を散歩していた。
 形式だけと言っておきながら、しっかり振袖を着せられたので動きにくい。振袖嫌いじゃないけど苦しい。どうしたらエレガントな振舞いに見えるかを第一に考えながら今日は行動しているが、大丈夫だろうか?

「あ…僕はずっと男子校へ通っているので女性に慣れていないせいで…なにか失礼をしていたら申し訳ない」
「えっ? いえいえ! 何もしてません大丈夫です!」

 私がお淑やかを偽装していたらその態度が不自然だったらしく、西園寺さんはなにかしてしまったんじゃないかと誤解されてしまった。
 違うの。ボロを出さないように必死になっているだけです。

「よかった」

 屈託なく笑うその笑顔は爽やかそのもの。全然喋ったことないけど、この人性格良さそう。

「…僕の母は早世してしまって…祖母や通いの女性のお手伝いさんにお世話になりましたけど、同じ年頃の女性と関わることがほとんど無くて…」
「そうなんですね…」

 小さい頃に亡くなったのかな。それは寂しいだろう。両親が揃っているエリカちゃんとはちょっと違うけど、寂しい思いをして過ごしたのならちょっとだけエリカちゃんと境遇が似てるかも。

「エリカさんはお料理も得意とか。お淑やかで可憐で。絵に描いたような僕の理想の女性そのものです」

 ……ごめん、それ私じゃないんだ。
 私、お淑やかでも可憐でもないし、カレーしか作れないんだよ。
 私はこの場で謝罪してしまいたかった。だが夢見るように浮かれている彼の顔を見ていたら口に出せずに……

 お見合い終了後に二階堂ママに「ダメダメ! 私が相手じゃ彼が可哀相だ!」とお断りをしてもらい、お見合いクエストは無事終了した。
 いい人だと思うけど、彼の理想の相手じゃない私では彼があまりにも可哀想過ぎる。彼がいい人そうだから尚更に。
 だからといって自分を殺して彼の理想を演じるのは私が嫌だ。

 …もうちょっと早くエリカちゃんと彼が会っていれば、いい方向に進んだかもしれないのになぁ…


■□■


 お見合いの話はこちら側からお断りしたという形で終わった。適当にまだ前の婚約を引きずっているとか、自分には分不相応だとか言い訳して。

 この話は終わった。
 終わったはずなんだけど、何故か英学院の正門前に彼はいた。

「………西園寺さん、なぜ、ここに……」
「…お断りされたのにここまで押しかけるというのはマナー違反だというのは分かっているんです。ですがどうしても諦めきれなくて」

 部活のある日は夜まで正門には向かわない。その日の放課後も私は体育館でバレーに勤しんでいた。すると正門横にある警備室から、私に来客だと体育館の方まで連絡が入ってきた。それで私が正門へ向かうとそこには西園寺さんがいたのだ。
 まさかお断りしたことに文句を? と思ったんだけど、違ったらしい。

 私は今までバレーをしていたのでユニフォームの上にジャージというスポーツスタイル。彼はお坊ちゃん学校の学ラン姿。とても…私達は浮いていた。
 ちょうど帰宅部の生徒達が多く行き交う時間帯であるのも相まって、私達は目立っていた。正門のゲートを通過しながら皆がこっちをチラ見してくる…

「せっかくのお話をお断りしてしまったのは大変申し訳なく思っております…」
「…断られてしまったのは残念ですが、これから僕のことを知ってもらえたらきっとエリカさんも前向きに考えていただけると思うんです」

 彼にギュッと手を握られ、ストレートに好意をぶつけられた。いきなりか。
 ガチでエリカちゃんを気に入ってるんだね西園寺さん。でもね、エリカちゃんはもう転生してしまったのだよ…目の前にいるのは別人なんだ…

「あの…お見合いのときにお渡しした釣書はですね、見栄を張って虚偽の記載をしていたんです」
「…虚偽…?」

 思い切ってぶっちゃけることにした。
 相手から怒られるかもしれないけど、スッキリ終わらせないと駄目だと思ったから。

「…私の特技はバレーボールです。お花なんか生けたことがありません」
「……バレーボール…」
「料理も…カレーだけは得意ですけど。それに私、お淑やかとは程遠いガサツな女です!」
「……」

 色んな人にガサツと言われるし、自分でもガサツだな~と思ってます。中々癖って直らないものなんだよ。

「フォアグラやキャビアよりもカレーが好きです! そもそもこの学校に来て初めて食べたくらいです!」

 フォアグラなんて【フォアグラが出来るまで】を動画で見てしまって以来トラウマ級だよ。美味しかったけど頻繁に食べたいとは思わない。
 案の定西園寺さんは目を丸くしていた。驚いただろう、釣書に書かれた嘘八百に。いやエリカちゃんとしてなら嘘じゃないけど、中身が私だと嘘になるという罠ね。

「騙してごめんなさい! 私は西園寺さんの理想には程遠い人間なんです。なのでもっといいお相手を探したほうがあなたのためかと…」
「……」

 西園寺さんは言葉を失ってしまったらしい。沈黙が痛い…
 すまん…だけどこれで女性に苦手意識を持たないでおくれ。きっと君にはもっといい相手が現れるはずだ…

「…だから様子がおかしかったんですか」
「えっ?」
「こちらのエリカさんが本当のエリカさんなのですね」

 キラキラキラ…とエフェクトが掛かりそうな笑顔を浮かべる西園寺さん。私はその眩しさに耐えきれずに目をぎゅっとつぶってしまった。
 何この人。純真100%か。

「僕の理想はお淑やかで可憐な人ですけど…あくまで亡くなった母の影を追って、勝手に理想にしていたに過ぎません」
「はぁ…」

 西園寺さんは寂しそうに笑んでいた。記憶の奥底にいるお母さんを思い出しているのだろうか。いくつになっても母親の存在は大きいよね。

「…僕の母は身体が弱い人だったんです。なのに無理を言って僕を産んでしまって…そのせいで身体を弱くして…」
「…そんなこと言ってはお母さんが悲しみますよ。あなたのお母さんはきっとあなたのせいにしてないはず」

 出産って命がけの行為なんだよ。
 日本は医療が発達しているからそう感じないだろうけど、命が命を産むってことは大変なことなの。西園寺さんのお母さんが何を考えていたかは知らないけど自分のせいで、なんて言わないでくれ。
 私は母が命がけで産んでくれた命を亡くしてしまった立場だから尚更そんな言葉を聞きたくなかった。

「…優しい女性ですねエリカさんは」
「えっ?」

 優しい?
 何がよ。今のは私が聞きたくないって自分勝手なわがままを言っただけだよ。
 私はもう訳が分からなかった。お坊ちゃんのツボにハマった意味がわからない。女性慣れしてなさすぎて、何でもかんでもツボってしまうのか? 彼の将来が心配になる。悪い女に引っかかってしまうのでは?

「…僕は元気な女性もいいと思います。あなたのような女性と温かい家庭を築きたいのです。…改めて二階堂エリカさん、僕と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」
「……」

 私はプロポーズまがいの告白をされて頭が真っ白になった。セレブについていけない。何でさっきの流れで告白になったわけ?

 これはどんな返事が正解なの?
 お嬢様らしい返事なんてわからないよ!

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