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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

勘づく人間がひとりふたり。

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「う、うぅ…頭が…」
「二階堂様! お気を確かに!」
「…あんたがここまで頑張ってるのを見るの、初めてだわ…」

 中間テスト1週間前、私はすでに瀕死状態であった。
 そうだった…英は誠心とは比べ物にならない位学力が高いんだった。1日や1週間で乗り越えられるものじゃなかったんだよ…
 私は半泣き状態で幹さんお手製のテストを解いていた。今までにないくらい勉強して既に脳みそはキャパオーバーを迎えている。エリカちゃんの脳みそなのに何故なの!?

「そこ違うよ、二階堂さん。確か教科書にいい例題が載っていたはずだけど?」
「…出たな上杉!」

 真横から掛けられた声に私は過剰反応をした。防衛本能と現在勉強しまくって神経質になっているせいか、いつもより反応が激しくなってしまった。

「人を害虫みたいな言い方しないでくれないかな?」
「私の背後に立つな! 声をかけるならある程度距離を保ってから声をかけろ!」
「…神経質だなぁ」

 やれやれと私を仕方のない子みたいな目で見てくるが、そんな反応される謂われはないぞ。上杉あんた…自分がエリカちゃんに何してきたか、さっぱりスッキリ忘れてるでしょ? 今更ポイント稼ごうとしても無駄だからな!

「どこがわからないの?」
「あんたの情けは受けない!」
「そんな事言える状況なの? 素直に甘えなよ」

 上杉は近くの席の椅子を持ってくると、私の隣に座ってきた。近いよあんた! 誰が教えて下さいと言ったか!
 そういえばこいつも成績上位組だったな……精々私のバカさ加減に頭を抱えるが良い…!

 私の頭の悪さに辟易させてやろうと思って、上杉に勉強を見てもらったけど…こいつ教え方うめぇぇー。
 うわー悔しい。私のバカさ加減を出し惜しみなく発揮したのに、サラリと流して解決してしまうよ。何者なのこいつ。

「二階堂さんは決して頭は悪くないんだから、バレーの情熱をもう少し勉強に注いだらどうかな?」
「余計なお世話だ」

 上杉は私をおだてる余裕があるらしい。今までの流れで私の頭が悪くないと感じるエピソードあった?
 …やっぱりこいつ変態だな。普通は教えても理解しない相手にイライラして投げ出したくなると思うんだけど。

 結局最終下校時間の鐘が鳴るまで、私は上杉にマンツーマンで勉強を教わった。傍にぴかりんと幹さんと阿南さんがいたし、危険なことはなにもないだろうと思ったのと、私が本気で切羽詰まっているからだ。あと頭いい人同士で話があうのか、幹さんと上杉は意気投合していた。会話が楽しそうだったので、追い払うタイミングを失った。
 …エリカちゃんならこの二人の話題についていけていたのだろうか? エリカちゃん、中学の時の成績はいつも学年50位以内だったから頭良かったんだと思う。
 …私いつもテストの順位表はほぼスルーしてるんだけど…幹さんにしても慎悟にしても上杉にしても、周りには頭がいい人が多いなぁ……エリカちゃんの婚約者であった宝生氏は何位だったのかな?


■□■


 短いようで長かった中間テスト期間が終わり……私は成績表を見てバタリと机の上に倒れた。

「おぉ、頑張ったじゃない」
「…だめだ、これじゃママにがっかりされてしまうわ…」

 私の成績表を見たぴかりんが健闘を称えてくれたけど…優秀とはいえない結果だもん…一応ぐんと成績は上がったけど…全然だ…

「二階堂様、日頃の努力が大事なのですよ。二階堂様はまずは基本をしっかり理解して、応用を学びましょう」
「うぅ、幹先生厳しい」

 幹さんは冷静に私へ指摘してきた。でもそうなんだよ。今の私は理解が穴ボコ状態。基礎ができていなくて解けない問題がある。暗記物ならその辺り問題ないんだけどね。
 英学院高等部の2年生は約250人。その中で私は順位が50位程上がっていた。リアルな順位は言わないけど、上位ではないよ。
 この勉強を、これを毎日……私、過労死してしまうかもしれない……

 成績表配布のときはゲソーンとやつれていた私であったが、お昼の時間になったら少し元気になった。凹んでいたらお腹すいたの。美味しいご飯食べて元気出そう。
 あと1ヶ月位で春高の予選始まるし、気分切り替えていこう!

 私が友人たちと食堂に向かっていると、掲示板前に人だかりが出来ていた。毎度の順位表張り出しか。学年1位の所に幹さんの名前があり、私は真顔になった。
 バカな私に勉強を教えるという苦行をした上でトップ独走とは恐れ入る。私は幹さんに手を合わせてお辞儀をしておいた。
 幹さんが困った表情をしているが、せめて拝ませてくれ。本当バカでごめん…

「あーでも、いつもと顔ぶれ変わらないね。上杉君が2位で、加納君が3位…それ以下もいつもと同じだ」
「ですね。上杉様と加納様はいつも順位争いしている形ですし」

 そう言っている阿南さんも50位以内。ぴかりんは100位台前半。みんな頭いいな~。私は1位から50位までざっと眺めて…そこに宝生氏の名前がないことに気がついた。

「……」

 まぁお坊ちゃんと言っても皆が出来るってわけじゃないか。私も人のこと言えないし。
 



 今日は食堂でアジフライ定食を選んだ。ここのアジフライ美味しいんだよね。フライものは揚げたてが一番美味しい。温かい内にいただこう。私はいつものように友人たちと昼食を囲んで食事をしていた。

「おい、エリカ」
「…ん?」

 私がアジフライを頬張っていると宝生氏が声を掛けてきた。
 なんだ? また瑞沢嬢がナントカって話しに来たのか? なんで人が物を食べてる時に声を掛けてくるかな。
 宝生氏はこちらを真剣な目で見下ろしてくるが、敵視は感じられない。ただ、こちらを探るようにガン見してくるので居心地が悪い。何だよ、今更エリカちゃんの美貌に気づいても遅いぞ。

「なに?」
「話がある」
「食べながらでも良いなら聞くけど」
「…いや、ここじゃ話しにくい話だから」
「……?」

 宝生氏が以前のような敵対心を向けてくることはなくなった。瑞沢嬢に関するいじめ問題の誤解が解けたからであろうか。だから私に突っかかってくることは無くなったのだが… 
 今更何の用だというのか。
 私は普段どおり食事を終わらせると、宝生氏に連れられて噴水のある中庭に連れてこられた。もしかするかなと思ってポケットの防犯ベルをしっかり握っていたのだけど、私の心配は杞憂であった。
 到着するなり、単刀直入で宝生氏から話を切り出された。

「聞きたいことがある」
「なに?」
「…お前は…本当にエリカなのか?」

 おぉ、この質問久々だな。しかし宝生氏、婚約者だったくせに気づくのが遅すぎない? 色ボケしててわかんなかったか?
 私は肩を竦めて苦笑いした。
 
「…なんで?」
「……夏休みが明けた頃から…一時期だけ。エリカが車に轢かれそうになって倒れるまで…エリカが戻ってきていたような気がした」

 宝生氏は暗い表情でこっちを見てくる。何か思いつめたような表情で、エリカちゃんを捜すような視線を向けてきた。
 私はなんて返すかを迷って何も言えずにいた。

「…あの目で、俺をじっと見つめていた」
「……」
「一途に俺を想ってきていたのは知っていた。だけど俺はあいつのそれが重荷に感じていたんだ」

 宝生氏が語り始めたのはエリカちゃんのこと。想われるのが重いと…私は2人の間でどんな事があったのかは深くは知らない。
 ただ、エリカちゃんにとって宝生氏が全てだったということだけ知っていた。

「俺は何もかもエリカに劣っていた。家柄も、財力も、学力も…そんな相手と将来のことまで決まってしまっていて…劣等感で潰されそうだった」
「……結局婚約破棄になっているし、二階堂エリカとあんたは無関係になったじゃない」

 それで解決なんじゃない? 
 私の正体を暴きたいのかと思えば、自分の苦悩を語るんかい。…表向きエリカちゃんとあんたは微妙な関係なんだから、そういうのやめときなさいよ。
 宝生氏は浮かない表情をしている。何もかも劣っているとか……そんなの私全く知らないしさ、家柄云々は先祖が偉いのであって、学生である宝生氏やエリカちゃんはまだ全然偉くないよ? お仕事してから威張りなよ。
 あと学力? あんたは私の今の成績を知っているかい? 教えたら元気出るかな? もれなく私が元気失うけど。勉強しろよ勉強。私が言うなって話だけど。
 
「…知ってどうすんの? あんたにはもう出来ることはなにもないよ」
「……」

 私のその言葉に、宝生氏は疑惑が確信に変わった表情をしていた。もうこれが答えでいいだろう。正直宝生氏に正体をバラすメリットがないと思うし。何処かの誰かがエリカちゃんの体に入ってしまっていること、エリカちゃんはもういないことさえ知っていたらいいでしょう。もう無関係の人間だし。

「話が以上なら私は戻るけど、他になにかある?」
「…いや」
「そ? じゃあね」

 その場に宝生氏を残したまま、私は校舎に戻っていった。
 
 私じゃなくてエリカちゃんに言ってみたら良かったのに。1ヶ月くらい時間があったのに、エリカちゃんが戻ってきたって気づいていたのに、どうしてあんた達は話さなかったの?
 あんた達婚約者同士だったんでしょ? 5歳から側にいただろうに…



「二階堂さん」
「…またあんたか」
「テスト結果どうだった?」
「……」

 階段を登って教室に戻っていると、奴と遭遇した。突然声を掛けられて数秒心臓が止まった。私を殺しに来てるのかあんたは。
 ねぇ、あんた待ち伏せしてたの? 暇なの?
 私はジト目で上杉を見上げたが、こいつには恩を作ってしまった。だから渋々報告した。

「…順位は上がってた」
「そっか、よかったね」
「その件ではありがとう。だけどどんなに親切にされても…私があんたを好きになることないからね? 何度でも言うけど」

 ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべる上杉に念押ししてその前を通り過ぎようとした。
 だが、私の肩を力強く掴んで引き留めた上杉はそのまま階段脇の防火扉に私を押し付けてきた。ドン、と扉が大きな音を立てる。

「!? なにするの!」
「…僕ね、前の二階堂さんが一番好きだけど……今の君も結構気に入っているんだ」

 蛇が獲物をロックオンしたかのような視線。私は上杉のその目と発言を受けて石像のように固まった。

 ……は?
 
「僕はね、欲しい物は手に入れないと気がすまない性分だから。…諦めないよ」
「……」

 上杉はそう宣言すると、あっさり私を解放した。

「ほら、教室に戻ったほうが良いよ。山本さんたちが心配してたから」
「……」

 …やっぱりこいつ怖い。
 それは宣戦布告のつもりなのであろうか…

 しばらくの間、上杉に掴まれた肩が震えていた。


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