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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。
いなくなったエリカ【宝生倫也視点】
しおりを挟む『倫也、この子があなたのお嫁さんになる女の子よ』
『会社のための婚約だ。相手の不興を買うことをするんじゃないぞ』
そう言って両親が俺に見せてきた写真には人形のように綺麗で可愛い女の子が映っていた。
俺があいつと婚約したのはわずか5歳の時。子供同士の気安さですぐに俺とあいつは仲良くなった。子供の俺には親の言いつけの本当の意味は理解できていなかった。取り敢えず将来結婚する相手だと簡単に把握していたに過ぎない。
『倫也さん、待って』
あいつはいつも俺の後ろを着いてきた。幼い頃はそれでも構わなかったけど、小学生になった時にはそれが鬱陶しいと感じるようになった。俺だって四六時中婚約者といるわけにはいかない。男友達と遊びたいと思うことがある。
あいつがいると、男友達のほうが遠慮してしまって俺は結局あいつと一緒にいることになるのだ。
『倫也、お前はもっと勉強を頑張らないといけないな。来週から家庭教師の時間を増やそう』
『テスト結果がエリカちゃんに負けているじゃないの。エリカちゃんは勉強に加えてお稽古やマナー教室にも通っているのよ。あなた女の子に負けて悔しくないの?』
成長していくにつれて広がってく差。
幅広い事業に手を伸ばしている二階堂家という大きな家と、事業が傾いて政略婚約という形で援助を受けている宝生家。
人嫌いで友達がいない、成績優秀で芸事にも長けたエリカと、それなりに友人付き合いのある、成績が芳しくない俺。
俺が劣等感を感じるようになるのは当然のことだと思う。勉強しろと言われてきて俺は努力していた。だがどれだけ頑張っても追いつけないエリカ。成績が上がっても、明らかなエリカとの差にため息を吐く親の姿を見ている内に俺はやる気喪失していった。
親からのプレッシャー、周りからの比較に俺は押しつぶされそうになっていた。…エリカの縋るような、俺を慕うその瞳が苦手になったのはいつ頃からであろう。
俺はエリカを避け、ぞんざいな扱いをするようになった。エリカが親にチクってしまう可能性も考えないわけじゃなかったが、結局の所エリカはチクらなかったらしい。
この学校ではあいつはいつもひとりだ。俺は何度も言った。友達を作れと。なのに作らないあいつ。なぜ俺に執着するのか俺には理解できなかった。
俺に転機が訪れたのは、高等部に入学する直前。その日は外部入学希望者の入学試験があった日だったと思う。学校に用事があったので、たまたま俺は学校に来ていた。
『あのっ、入学試験会場はどこですか!?』
その日、俺は彼女と出会った。
高等部入学式の時に再会して以来頻繁に話しかけてくるようになった瑞沢姫乃に、俺はいつの間にか心を許していた。
姫乃は俺の弱い部分をしっかり受け止めて勇気づけてくれた。俺は彼女の優しさに心惹かれ、すぐに夢中になった。天真爛漫で可愛くて、俺のことを理解してくれる姫乃。家の立場や婚約などのプレッシャーでガチガチに縛られた俺には新鮮で、癒やされる存在になったのだ。
それをエリカがよく思われないのは分かっていた。あいつに苦言された俺はいつものように一蹴した。エリカは俺に逆らわない。親に告げ口することもしないし、友人もいない。なにかしてくることはないと思っていたから。
だけど。
『うっ、うぅ、倫也くぅん…』
『姫乃!? どうした!?』
『体操着がこんなになってたの…赤城さんがね…二階堂さんに頼まれたからやったって…』
『……エリカが?』
始めはまさかと思った。
姫乃の言うことだから信じたかったが、あのエリカがそんな人を使ってこんな陰湿なことをしてくるとは思わなかったから。
だけど学校中にエリカが扇動して姫乃に嫌がらせを仕向けているという噂が流れるようになったのだ。そんな中でエリカは素知らぬ顔していつも通り孤立していた。…俺にはエリカが何を考えているかわからない。あいつのことがわからなくなった。
『う、うぅ…』
『その頬! …またエリカか!?』
『二階堂さんに言われたからって…打たれたの…』
足で蹴るなどの暴行を受けたのか、姫乃の白い布地の制服に足跡が付いていた。
何度も、何度も姫乃の口から出てくるエリカが首謀者であるという単語。そして学校中に流れる噂。
俺の大事な女性がこんな目に遭っていることが何よりも許せずに、エリカに直談判しに行った。何も知りませんと言いたげなエリカの顔を見たその時、今までのストレスや劣等感などの負の感情も相まって、怒りがこみ上げてきた。
俺はエリカの頬を平手打ちして、決別の言葉を吐き捨てたのだ。エリカが傷ついた表情をしても、俺はこれっぽっちも罪悪感なんてなかった。俺が大事なのは姫乃の方だったから。
いくら婚約者でもやって良いことと悪いことがあるじゃないか。
自分は悪くない。
悪いのはエリカだ。
親には俺の行動についてこっぴどく叱られ、殴られたが俺はむしろせいせいした。
あの後、あんな事件にエリカが巻き込まれて、人が変わったようになったのは果たして俺のせいだったのだろうか?
復学したアイツは変わってしまった。あんなに俺に執着していたのが嘘かのように、知らない人間を見るような目を向けてきて、一切関心を失い……今まで見向きもしなかったバレーボールに夢中になったエリカ。まるで別人がエリカの身体に入ってきているようなそんな気がした。
2年になってひと月経過したある日、1年前の姫乃に対する嫌がらせが複数の人間によって行われ、その隠れ蓑にされたエリカは何も加担していなかった。…指示も実行もしていなかったと聞かされた俺はエリカに謝罪した。謝罪した所でもう婚約破棄した、縁のない人間なのだが…
その時のエリカはなにか言いたげな表情をしていたが、俺を責め立てたり、恨み言を言うことはなかった。まるで他人事だから口出しできないかのような反応で。
それ以降も俺の知らないエリカは、友人たちに囲まれてバレーボールに熱中していた。
夏休みが明け、俺はまたあの感覚を感じた。
縋るような、淋しげな瞳でこっちを見つめてくるエリカとすれ違ったからだ。
……その目を、俺は知っている。自分が知っているエリカが戻ってきたような気がした。だけどエリカは俺に話しかけること無く、遠くから俺を見てくるだけで……
俺はその目から逃げるように決してエリカと目を合わせなかった。ただ怖かったんだ。俺はアイツと向き合うのが怖かった。アイツの想いが重すぎて俺には受け止めきれない。エリカのそばにいると劣等感で潰れてしまいそうだったからアイツを避けていた。
学校前で車とぶつかりそうになって昏倒したエリカがまた俺の知らないエリカに戻った時、俺は何故か喪失感を覚えた。もう二度とエリカには会えないそんな気がした。
それは一体何故だろうか。
今、俺が見ている“エリカ”は一体誰なんだ?
幼い頃出会ったエリカ。人形のように可憐でお淑やかな婚約者だった彼女は、あんな風に明るく楽しそうには笑わない。
アイツの笑顔は…寂しそうに笑った顔しか憶えていない。おかしいな。もっと楽しそうに笑っていた記憶もあるはずのに、俺はエリカが心から笑った顔をあまり憶えていない。
そうだ…俺が、アイツを邪険に扱い始めてからエリカは笑わなくなったんだ。何も考えていなかった幼い頃は、あんなにも楽しそうに笑っていたのに、俺はいつからかアイツの笑顔を見なくなったんだ。
あれはエリカじゃない。
…エリカじゃないお前は一体何者なんだ?
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