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取引先
しおりを挟む「……んぱい? …………先輩? 着きましたよ。ここですよね?」
「へ?」
気付けば取引先に到着していた。
ヤベェ、ずっと回想してた。
道すがら、同い年ながら俺を《先輩》と呼ぶ明石に、これから訪問する社のことをレクチャーしようと思っていたのに。
でも、あの話はしてやれない。
──この会社のあのトイレには…
いやいやいや、もう取引先の中だ。気を引き締めろ、俺!
俺は頭をブンブン振ると、両手で両頬をバシッと叩き、正面の自動扉をくぐった。
打ち合わせと引き継ぎと明石の紹介を終えた俺達は、エレベーターホールへ向かう。
担当者が見送る中、俺はいつものセリフを口にした。
「スミマセン、緊張しちゃって。トイレお借りしても宜しいですか? あ、見送りも結構です。」
それから、
「あ、オレも。すんません。ありがとうございました。」
担当者にガバリと頭を下げた明石もついてきたのは誤算だった。
でも、俺の頭の中はもう、アノことでいっぱいだったんだ。
個室に駆け込もうとした時、明石もこっち側に来ていることに気付いた。
俺が驚いて明石を見れば、
「あぁオレ、母親の教育のタマモノで《座ってする派》なんスよ。」
と、3つある個室の一番奥へ消えた。
《腹痛》の体の俺も、慌てて1つ開けた手前の扉へ入る。
そこからはもう、理性を飛ばした。
この会社のトイレには、温水洗浄機付便座が付いているのだが、そのパネルには《マッサージ》というボタンが付いている。
コレが本当に、イイ……!!
スラックスとボクサーパンツを脱いで扉のフックに掛けると、俺はそのボタンに指を伸ばした。
オレは確かに、中2の時に部活を続けることを諦めた。
でもそれは理由があるから。ありがちだけど《怪我》だ。
夏休みいっぱい入院して、寝たきりから車椅子、松葉杖、リハビリ…
そんな生活で覚えたのが、大も小も座ってするやり方だ。
最初は、そのフロアで1番胸のデカい看護師さんに面倒見てもらったのだが、面白いほどに勃たなかった。
ずっと、そんな気はしていた。
でも《男を好き》なんて、異常だと思ってた。
だからそんな気持ちには蓋をしてたんだ。
だけど《勃たないこと》で確信が持てた。
で、もろもろ諦めた。
用を足し、手を洗い終えた時だった。
先輩が使ってる個室から、パシャパシャいう洗浄中の音に交じって別の音が聞こえてくることに気付いた。
「………………んっ…は!」
オレは耳を疑うが、そのまま耳を済ませば別の水音も混ざっていることに気付いた。
──先輩…《こっち側》なのか?
扉の真ん前まで行けば、聞いていることがバレてしまうだろう。
オレは息を殺しながらスマホで自宅へ電話を掛けると、リーチを活かして扉に向かって手を伸ばした。
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