49 / 64
四章 父親の記憶(やや不条理)
四章 3
しおりを挟む
「そういえば松蔵と最後に会ったのはいつだろう。身体が弱いと聞いていたけど、治ってたんだ」
妹の菊と同じで、身体が弱くてほとんど家から出てこなかった。しかし顔を合わせれば挨拶をする生真面目な少年だったと記憶している。年は今年で十二歳のはずだ。
「身体の病から、心の病になったのかもなあ」
松蔵は父親っ子で、よく父の後をついて回っていた。
ところがその父親は半年ほど前に亡くなったのだ。山で遭難したそうで、遺体は引き上げられなかったと小藤は噂で聞いている。
大好きな父を失って、松蔵はさぞ気落ちしたのだろう。なにもする気が起きないのはわかる気がする。
「なんとかならないのかな」
松蔵を助けたいと思い、小藤は神社内の座敷に座っている光仙に話しかけた。
「光仙さま、松蔵のおっかあのお願いを聞いていましたか?」
光仙が小藤に目を向けた。腰まである艶やかな髪が、光沢のある上等な紫の袍の肩から背中にさらりと流れる。視線が合うだけで小藤はどきりとしてしまった。相変わらず心臓に悪いほど美しい神だ。
「参拝者の声はすべて聞いている」
それならば話が早いと、小藤は光仙の前で正座した。
「松蔵を家から出るようにしてください。今回は生き死には関係ありません。外に出すくらいなら、七郎兵衛さんの時のように大掛かりにならないと思います」
「それは放っておけ」
「えっ」
簡単そうな頼みなので、光仙が断るとは思っていなかった。
「松蔵も十二歳、もう立派な働き手です。おっとうが亡くなっているから、あの家じゃ男手は一人でも多く欲しいはずです。おっとうが死んで悲しいのはわかるけど、そろそろ外に慣らさないと家に籠る癖がついてしまうかもしれません」
「本人が困っているとわたしに頼みに来たのなら考えるが、母親が代理ではな」
「松蔵が家から出ないのですから仕方がありません」
光仙は微笑み、目を細めた。その瞳には諭すような色が滲んでいる。
「小藤は変わらないな。手を貸したくなるのは美徳でもあり、時として欠点でもある。見守ることも大切だ」
確かに小藤は困っている人を見ると黙っていられない性分だ。強く優しかった兄のようになりたいと思って行動している影響もある。
しかし、それとこれとは別問題だ。農家の男手は貴重なのだ。
「小藤」
光仙は小藤の肩にぽんと手をのせて立ち上がった。
「物事には適した頃合いというものがある」
そう言って光仙は立ち去ってしまった。
「適した頃合い、と言われましても」
光仙の広い背中を見送りながら、眉を下げて小藤はつぶやいた。
たとえばナスなら、開花してから二十日ほど経った頃が収穫適期となり、ガクのトゲの状態や実の張りなどで微調整して収穫すればいい。目に見えるからわかりやすい。
しかし松蔵に手を差し伸べるのに丁度よい頃合いなど、目に見えるものではない。
しかも、その時が最適だったのか、早かったのか遅かったのかも、誰にも判断できないはずだ。
「目に見えないものは難しい」
小藤は眉を寄せて考える。
「……あ、そうか」
小藤は閃いた。
見えないのなら、大雑把でも形が把握できるようになればいい。可視化するのだ。
妹の菊と同じで、身体が弱くてほとんど家から出てこなかった。しかし顔を合わせれば挨拶をする生真面目な少年だったと記憶している。年は今年で十二歳のはずだ。
「身体の病から、心の病になったのかもなあ」
松蔵は父親っ子で、よく父の後をついて回っていた。
ところがその父親は半年ほど前に亡くなったのだ。山で遭難したそうで、遺体は引き上げられなかったと小藤は噂で聞いている。
大好きな父を失って、松蔵はさぞ気落ちしたのだろう。なにもする気が起きないのはわかる気がする。
「なんとかならないのかな」
松蔵を助けたいと思い、小藤は神社内の座敷に座っている光仙に話しかけた。
「光仙さま、松蔵のおっかあのお願いを聞いていましたか?」
光仙が小藤に目を向けた。腰まである艶やかな髪が、光沢のある上等な紫の袍の肩から背中にさらりと流れる。視線が合うだけで小藤はどきりとしてしまった。相変わらず心臓に悪いほど美しい神だ。
「参拝者の声はすべて聞いている」
それならば話が早いと、小藤は光仙の前で正座した。
「松蔵を家から出るようにしてください。今回は生き死には関係ありません。外に出すくらいなら、七郎兵衛さんの時のように大掛かりにならないと思います」
「それは放っておけ」
「えっ」
簡単そうな頼みなので、光仙が断るとは思っていなかった。
「松蔵も十二歳、もう立派な働き手です。おっとうが亡くなっているから、あの家じゃ男手は一人でも多く欲しいはずです。おっとうが死んで悲しいのはわかるけど、そろそろ外に慣らさないと家に籠る癖がついてしまうかもしれません」
「本人が困っているとわたしに頼みに来たのなら考えるが、母親が代理ではな」
「松蔵が家から出ないのですから仕方がありません」
光仙は微笑み、目を細めた。その瞳には諭すような色が滲んでいる。
「小藤は変わらないな。手を貸したくなるのは美徳でもあり、時として欠点でもある。見守ることも大切だ」
確かに小藤は困っている人を見ると黙っていられない性分だ。強く優しかった兄のようになりたいと思って行動している影響もある。
しかし、それとこれとは別問題だ。農家の男手は貴重なのだ。
「小藤」
光仙は小藤の肩にぽんと手をのせて立ち上がった。
「物事には適した頃合いというものがある」
そう言って光仙は立ち去ってしまった。
「適した頃合い、と言われましても」
光仙の広い背中を見送りながら、眉を下げて小藤はつぶやいた。
たとえばナスなら、開花してから二十日ほど経った頃が収穫適期となり、ガクのトゲの状態や実の張りなどで微調整して収穫すればいい。目に見えるからわかりやすい。
しかし松蔵に手を差し伸べるのに丁度よい頃合いなど、目に見えるものではない。
しかも、その時が最適だったのか、早かったのか遅かったのかも、誰にも判断できないはずだ。
「目に見えないものは難しい」
小藤は眉を寄せて考える。
「……あ、そうか」
小藤は閃いた。
見えないのなら、大雑把でも形が把握できるようになればいい。可視化するのだ。
10
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
田楽屋のぶの店先日記〜殿ちびちゃん参るの巻〜
皐月なおみ
歴史・時代
わけあり夫婦のところに、わけあり子どもがやってきた!?
冨岡八幡宮の門前町で田楽屋を営む「のぶ」と亭主「安居晃之進」は、奇妙な駆け落ちをして一緒になったわけあり夫婦である。
あれから三年、子ができないこと以外は順調だ。
でもある日、晃之進が見知らぬ幼子「朔太郎」を、連れて帰ってきたからさあ、大変!
『これおかみ、わしに気安くさわるでない』
なんだか殿っぽい喋り方のこの子は何者?
もしかして、晃之進の…?
心穏やかではいられないながらも、一生懸命面倒をみるのぶに朔太郎も心を開くようになる。
『うふふ。わし、かかさまの抱っこだいすきじゃ』
そのうちにのぶは彼の尋常じゃない能力に気がついて…?
近所から『殿ちびちゃん』と呼ばれるようになった朔太郎とともに、田楽屋の店先で次々に起こる事件を解決する。
亭主との関係
子どもたちを振り回す理不尽な出来事に対する怒り
友人への複雑な思い
たくさんの出来事を乗り越えた先に、のぶが辿り着いた答えは…?
※田楽屋を営む主人公が、わけありで預かることになった朔太郎と、次々と起こる事件を解決する物語です!
※歴史・時代小説コンテストエントリー作品です。もしよろしければ応援よろしくお願いします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした
迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる