【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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四章 父親の記憶(やや不条理)

四章 4

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「……あ、そうか」
 小藤は閃いた。
 見えないのなら、大雑把でも形が把握できるようになればいい。可視化するのだ。
 つまりは松蔵本人に、家から出ない原因とどうしたいのかを聞くということだ。
 本人がどうしたいのかがわからなければ、初めから動きようがなかったのだ。
「だからきっと光仙さまは、本人が頼みに来たら考えると言ったんだ」
 自分がどうなりたいのか、神様に直接相談する。それが光仙の言う「頃合い」なのだろうと小藤は考えた。その間には、ちゃんと個人で努力をして、どうにもならなかったという過程も必要なのだろう。すぐに神頼みをしては人の成長がない。
「でも松蔵は家から出ないのだもの、したいことがあっても神社までこれない。なら私が話を聞いて、本人の意思を光仙さまに伝えればいいんだ」
 素晴らしい思いつきだと小藤の心は躍った。小藤は人の役に立ちたいという思いが強いのだ。
 その夜、小藤は神社をそっと抜け出した。提灯を持って土の道を歩く。
「うわあ、真っ暗。こんな時間に一人で出歩くのは初めてだ」
 幸いなことに月明かりが青白く周囲を照らしている。月光のありがたみを感じた。
 松蔵の家に向かう途中、小藤の実家の近くを通る。そうはいってもこの暗闇では見えないが、あちらのすぐ近くにみんなが眠っているのだなあと考えがよぎった。
 松蔵の家に到着した。小藤の家と同じような作りの藁葺の家だ。戸締りもないので簡単に戸が開く。
「お邪魔します」
 聞こえないだろうが、つい癖で口に出る。
 土間から上がり、奥の座敷に家族四人が寝ていた。母親と子供三人で、松蔵は長男だ。
「松蔵、松蔵」
 小藤は枕元に座り、菊に以前したように声をかけた。
 何度か繰り返すと松蔵が目を開いて半身を起こした。その姿は半透明で、変わらず寝ている松蔵と二人になった。
 まだ寝ぼけているのか、目をこすっている松蔵にもう一度小藤は声をかける。
「わっ、小藤姉ちゃん。死んだんじゃなかったのか。これは夢か」
 松蔵は飛び起きた。
 松蔵の髪は芥子坊主が伸びて、とはいえまだ銀杏髷ができる長さではないため、頭の側面を五か所で結んだ角大師にしていた。
「そうか、小藤姉ちゃんは神様になったんだっけ。お菊ちゃんが言ってた」
「お菊に会ってるの?」
 小藤は驚いた。菊から松蔵の話題が出たことはなかった。思えば二人は年齢が近いので馴染みがあったのだろう。
「近所だし、お互い身体が弱かったからな。最近はおれを心配してうちに顔を出すんだ。外に出ないのは病気のせいじゃないって何度も言ってるんだけどさ」
「病は治ったんでしょ。それなのに家から出ないって、おっかあが心配して神社に来たよ」
「ああ……」
 松蔵は顔を曇らせてうつむいた。はっきりとした太い眉が下がり猫のようなつり気味の瞳を伏せ気味にして、大きな口が引き締められる。
「誰とも会いたくねえんだ」
「おっとうが死んだから?」
 松蔵の顔はますますしかめられた。
「あんなの、おれのおっとうじゃねえ!」
 松蔵は胡座の両ひざを掴み、うなじが見えるほどうな垂れた。
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