隠され姫のキスは魔道士たちを惑わせる

じゅん

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エピローグ 新大陸での生活

エピローグ 1

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 ピチチッ、と鳥の鳴き声が聞こえた。アレクサンドラが目を覚ますと、窓からの日差しが強くなっていた。もう昼近いのかもしれない。
「寝すぎちゃったかな」
 とはいえ、眠ったのが夜遅かったので仕方がないかもしれない。護衛の仕事が長引いたのだ。
隣にはザックが眠っていた。強い視線を放つブルーの瞳は瞼に隠れ、高い鼻梁の影が落ちている。いつも不敵に笑う大きな口は閉じていた。起きていると好戦的な雰囲気を纏うが、眠っていると意外に幼く見える。整った顔立ちは相変わらずで、調子に乗るので本人には絶対に言わないが、未だにアレクサンドラは見とれてしまう。
「おはよう、ザック」
 ザックの唇に触れるだけのキスをして、アレクサンドラがベッドから降りようとすると、腰に腕が巻き付いて引き寄せられた。
「おはよう、アレクサンドラ」
 アレクサンドラ達が大陸を渡ってから半年が過ぎた。
 拠点を定めず、ギルドからの依頼で護衛の仕事を主に請け負っている。つまり、ザックがしていた暮らしにアレクサンドラも同行している形だ。
 新大陸でアレクサンドラ達は結婚式を挙げた。親族も友人もいない。小さな教会で立会人のもと、二人だけで永遠の愛を誓った。大国の皇子・王女の挙式とは思えないささやかさだったが、誓いの重みは変わらない。アレクサンドラは幸せだった。
「あっ」
 ザックがアレクサンドラに覆いかぶさってきた。逞しい腕に抱きしめられる。長い指先がアレクサンドラの柔肌を優しくまさぐった。
「ザック、やめて……」
「やめない」
「んっ……」
 唇もふさがれて、その甘やかさに思わずアレクサンドラはザックにすがりついた。このまま流されてしまいたい気もしたが、そういうわけにはいかない。ギルドに行く約束があるのだ。
「あ、ミルクだ」
「なにっ」
 ビクリとザックが固まった隙に、アレクサンドラは腕の中から抜け出した。
「う・そ」
「お前なあ」
 ザックが項垂れた。
 アレクサンドラたちの生活には、もう一匹連れがいる。白い子猫だ。アレクサンドラに懐いてついてくるので新大陸まで連れてきて、ミルクと名付けた。
「にゃあ」
 ミルクは別室から、「呼んだ?」とばかりに顔を覗かせる。
「オレはもふもふが苦手だって言ってるのに、よく飼う気になるよな」
 ザックは猫が苦手だった。
「ザックが許してくれたからでしょ」
「お前がどうしてもって言うから」
 からかったりはするが、結局ザックはアレクサンドラに甘かった。
 アレクサンドラたちは出かける支度を整えて、にぎやかな街の中心部にあるギルドに向かった。さほど広くはないスペースにカウンターがあり、内側に体格のいい男が座っている。老練の兵士という風貌だが、笑うと愛嬌があった。
「おう、ナイトさん、レティさん、待ってたぜ」
 ギルド長が相好を崩した。アレクサンドラとザックは偽名を使っていた。特にザックは「炎の魔剣士」として有名だったため、魔剣も封印していた。
「二人は優秀だから、指名の仕事がひっきりなしだ。今日はこれを頼むぜ」
 木札に簡単な内容と目的地が書いてあった。魔力のこもったアーティファクト運送の護衛だ。魔具屋から、二日ほど離れた町の富豪の屋敷に品を届ける。
「魔具屋ってことは、魔道士がいるってことか? あまり関わりたくねえって言っといただろ」 
 ザックが難色を示す。
 道具に魔力を込めることは、魔道士にしかできない。必然的に魔具屋は、魔道士が商いをしている場合が多いのだ。そしてザックが警戒しているのは、アレクサンドラを魔道士に近づける事だった。
「分っちゃいるが、お得意さんからの指名だし、報酬がいいからさ」
 ギルド長から金額を聞いたアレクサンドラは、「引き受けます!」と即答していた。同じような依頼内容の報酬より三倍高かった。
「おいおい、金に不自由してねえだろ」
「だって、お得なんだもの。それにザックが強化した指輪をくれたでしょ?」
 アレクサンドラの左手の薬指には、小さな石のついた銀の指輪がはまっている。以前の指輪とは別のものだ。アレクサンドラの能力が他者に感知されないための制御リングであるのは、以前の指輪と同じだ。しかし今度はゼロ距離で制御する。つまりアレクサンドラに触らない限り、媚薬的な効果を与えることはない。
「報酬が高いのは気にしなくても大丈夫だぜ。富豪の旦那は、噂の美男美女の敏腕夫婦に会って、もてなしたいってのもあるみてえだ」
「ほら、せっかくのご指名、受けましょうよ」
 褒められたアレクサンドラは、ますます乗り気になった。
「……まあ、お前がいいなら」
 ザックは不本意そうに承諾した。
 
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