隠され姫のキスは魔道士たちを惑わせる

じゅん

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五章 マナの樹

マナの樹 7

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「ああ、悪い」
 ザックはアレクサンドラの瞼にキスをして、頬に、鎖骨にと降ろしていく。キスされる場所全てが熱を帯びえていく。上気した肌はしっとりとしてザックの唇に吸いついた。
「あんまりお前が可愛らしいキスをするから、がっついちまった」
「拙くて悪かったわね」
 アレクサンドラは涙で潤んだ瞳でザックを睨んだ。
「なんでだよ。可愛いって言ってるだろ」
 ザックはついばむだけの柔らかいキスを繰り返した。今度は焦れたアレクサンドラの方から深く口づける。
「無理すんな」
「無理じゃないっ」
 ザックに煽られていることに気付かないアレクサンドラは、夢中でザックに口づける。されるがままになっているザックは喉の奥で笑いながら、アレクサンドラを支え、優しく紅茶色の髪をなでていた。
 どれくらい、濃厚な口づけが交わされていたのだろうか。
 聖樹が燃え上がったようだった。
 二人は同時に見上げた。
若木のように鮮やかな緑が、視界いっぱいに広がっていた。風でさらさらと葉がそよぐたび、緑がかった白い光の粒子が舞った。マナだ。
周囲の空気が変わった。まるで浄化されたように澄み渡っている。マナの樹の周辺がオーラを帯びたように輝き、神秘的で神々しかった。
 まさに聖樹だった。
「これが、マナの樹」
 見とれている横で、ザックの身体が傾いた。マナの樹の幹から解放されたのだ。
「おっと、と、んんっ、重いっ」
 アレクサンドラはザックを支えようと倒れ掛かってくるザックを抱きとめたが、ザックの体重を支えきれずに、そのまま後ろに倒れてしまった。
「大丈夫か、アレクサンドラ」
「大丈夫だけど、重い」
 仰向けに倒れたアレクサンドラの上に、ザックが乗っている。ザックの全体重がかかっているので、アレクサンドラは動けない。
「ザック、足、なんともないの?」
「ああ、どうにもなってねえようだな。動かしてみないとなんとも言えないが、今は全身に力が入らない」
 マナの樹が最後に、ザックの魔力と一緒に精力に関わるエネルギーも持って行ったようだ。
「さすがに、唇がふやけそうだったな」
 ザックがニッと笑う。
「無事でよかった、ザック」
「お前のおかげだ。ありがとうな、アレクサンドラ」
 アレクサンドラは首を振って、ザックの背中に手を回した。
(無事でよかった、本当に。二度と会えなくなるかと思った)
 アレクサンドラは特別室に入ろうとしていた。入ってしまえば、ザックが生きていようと、死んでいようと、会えないのは同じだ。しかし、死んでいて会えないとの、どこかで幸せに過ごしているが会えないのとでは、全く意味合いが違った。
「まだ動けそうもねえな。体力が回復するまで、しばらくこのままでいさせてくれ」
 ザックはアレクサンドラを抱きしめた。柔らかいアレクサンドラの胸元に頭を乗せる。
「完全にオレ、魔力製造機だったもんな。お前に魔力を増幅された途端にマナの樹に吸い取られて、オレじゃなかったら死んでた」
 身体中を蹂躙され、ずっと竜巻が吹き荒れている感覚だったという。アレクサンドラはお疲れ様の意味を込め、柔らかいブロンドの髪をなでる。
「マナの樹は、どうしてこんなに短時間で元気になったのかな?」
 今まで聞いていた話では、聖樹がある程度元気を取り戻すのにも、時間がかかるような口ぶりだった。
「さあ。もしかすると、愛する二人の口づけは、特別室の増幅装置よりも効果がある、ってことかもな」
(愛する二人って)
 アレクサンドラはくすぐったい気持ちになった。
 もしそうならば、アレクサンドラとザックでしか成し得なかった奇跡だ。
「マナの樹って、こんなに綺麗だったんだね」
 初めて見た時は、あんなに不気味に見えたというのに。
「歴代の、王女の犠牲の上に成り立ってるんだけどな」
 ザックも、どこまでも広がっている緑の天井を眺めている。
「まあ、結果オーライだな」
 アレクサンドラがザックに顔を向けた。
「お前がやろうとしていたことは叶っただろ。マナの樹は元気になった。特別室に入る必要がなくなったわけだ」
「確かに」
 覚悟を決めていたとはいえ、特別室に入ることは恐怖だった。入らなくてすむのならそれに越したことはない。
「これで、またマナの樹が枯れるまで猶予ができた。マナが国に満ちている間に魔法王国がどう動くのか、オレたちは遠くから眺めていればいい。一度失敗し、多くの犠牲を出しているのに、まだマナに頼ろうとするなら大バカだ。魔法王国なんて潰れてしまえばいい。そうは思わないか?」
「……そうかもね」
 アレクサンドラが夜考えていた、「魔法王国の国民の救済」「王女の悲劇の連鎖を切る」「ザックと共に生きる」。全てを望むことはできないと思っていたが、それが全て叶いそうだ。
 ザックが上半身を起こした。体力が戻ってきたようだ。状態を確かめるように、全身を触ったり、動かしたりしている。「なんともねえわ」と、安堵の息をもらした。
「じゃあ、行きますか」
 ザックは立ち上がって伸びをした。
「どこに?」
 アレクサンドラが問うと、ニッといつもの不敵な笑みをザックは浮かべ、手を差し伸べてきた。
「オレと行くだろ、新しい大陸に」
 周囲にはキラキラとマナが輝いている。旅立ちを祝福するかのようだ。アレクサンドラも満面の笑みを浮かべる。
「行く! ザックと一緒に」
 アレクサンドラは差し出されたザックの手を強く握って立ち上がった。
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