異性の世界はこちらです

神崎未緒里

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whispering of the devil

ある男の願い

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 静かに暗闇を歩く1人の男。
 黒づくめの服に大きなシルクハットが目を引く。
 言葉を発することもなく、
 ただどこかに向かって歩いている。
 そして、あるビルの屋上にたどりつくとこう言った。



「さて、今日も始めるといたしましょうかね。」



 その男は人の願いを叶える仕事をしている。

 心の奥底に押し込んでいる本当の願いを叶える。

 ちょっとした人助けのような仕事を。

 今日もこの街の中から、
 小さな願いの声を聴き分けて、
 その願いを叶えていく。

 このお話はそんな男が叶えた、
 多くの願いの中の一つのお話です。



ーーーー



 俺はただただ街を歩いていた。
 毎日、職場と家を往復するだけの平凡な人生を送っている。

 だが、そんな俺でも時々飲みに行くこともある。
 同僚に誘われてキャバクラに行くこともある。

 しかし、そんな時いつも、
 自分の人生のつまらなさを痛感させられる。

 キラキラと輝く女性達と自分を比べてしまう。
 そんな必要はないのにだ。

 あんな風に輝いた人生を歩んでみたい。
 時々ふと頭をよぎることはある。

 しかし、そんなことはあり得ないのだ。

 中年の小太りの男にそんなキラキラとした
 人生が訪れることは絶対にない。

 あの日、あの瞬間まで俺はそう考えていた。





 その日はなぜかいつもと違う道を歩きたい気分になった。


 そして、あるビルの前で小さな歌声に気が付いた。

 なんと表現してよいかわからない不思議な音声。

 しかし、それはとても心地よい、
 心が落ち着く歌声だった。

 俺はどうしてそうしたのかわからないが、
 音声に引き寄せられるように、
 そのビルの方へと歩きはじめていた。

 目の前に階段が見えると、
 迷うことなく上へ上へと昇っていった。
 その歌声に導かれるように。

 そして、すぐに屋上の扉の前に立っていた。

 歌声は最初よりもとても大きく、
 ハッキリと聞こえていた。

 その歌声の正体を知りたい一心で、
 俺は扉を開けた。



 



 何もない暗闇の屋上に、見知らぬ一人の男が立っていた。

 その男は俺を見ると、優しい微笑みを浮かべた。



「ようこそ、導かれし者よ。どうぞこちらに」




 男はそう言って私に手を差し出した。

 俺は操られるようにその男のほうへと進み、
 男の前で立ち止まった。



「では、まずは出会いの握手をいたしましょう。」



 自然と右腕が動く。

 そして、男の右手と握手をする。
 なんとも言えない心地よさを感じた。



「なるほど。かしこまりました。
 あなたの願い、しかとお伺いいたしましたよ。」

 なんだ?俺の願いだと?

 何を言っているのか全く分からない状況ではあったが、
 男と握った手がなぜか離すことができない。

 それどころかずっと握っていたいと自然と考えてしまうぐらいだ。

 しばらくそうしていると
 男は俺の右手を離し、数歩後ずさった。

 そして、胸に手を当てながらこう言った。



「では、いまからいくつか質問をしますので、
 「はい」か「いいえ」で答えてくださいね。」



 どういうことだ?

 そう考えるよりも早く、
 俺は「わかった」と答えていた。



「よろしい、ではまず一つ目の質問です。
 あなたは今の自分の人生に満足していますか?」



 この質問を聞いた瞬間、心臓がドクンとするのがわかった。
 なぜだか、急に自分の人生がつまらなく感じた。



「いいえ。」



 思わず、そう答えてしまった。



「わかりました。では、どんな人生がお望みですか?
 キラキラとした人生ですか?」



 この時にふとキャバクラで出会った
 キラキラした笑顔のキャバ嬢の顔が浮かんだ。

 そう、あんなキラキラとした人生が送ってみたい。

 なぜか強くそう考えてしまった。

 その瞬間こう口にしていた。



「はい。」



「わかりました。では、今からあなたの人生を
 お望みの形に作り変えますね。」



 なんだと!?どういうことだ?



 困惑する俺を無視するかのように、
 その男はまたあのなんとも心地よい歌を歌い始めた。

 しばらく聞き入っていると、
 その歌声は俺をを包み込むように
 体の中に響き渡ったっていった。

 そして、自然とその歌声に身を委ねるように目を閉じていた。



「では、ここから少々痛みが伴いますが我慢できますよね?」



 男の口元がニヤリとしたようにも見えたが、
 何も考えることができない俺はただコクリと頷いていた。



「いいでしょう。
 さぁ、クライマックスへとまいりましょう。」



 男がそう言うと、俺を中心にみたことのない魔法陣のような、
 光の円が描かれていった。

 その線がすべて描き終えられると、俺の身体が光で包まれた。

 それを見届けるように男がこう言った。



「さぁ、想像しなさい。
 あなたが思うキラキラとした人生を送っている人物を」



 キラキラとした人生を送っている人生。

 そう言われてやはりあのキャバ嬢の姿が思い浮かんだ。

 だが、あのキャバ嬢の顔が
 ”もう少し可愛かったらよかったのに”とか、
 ”もう少し胸が大きかったらいいのに”とか、
 なぜか次々とこうだったらいいのに!
 という言葉が頭の中にあふれてくる。

 そして、こんな女性の姿だったら
 キラキラとした人生を送れるだろう。

 なぜかそんなことを感じる1人の女性の姿が出来上がった。



「いいですよ。そう、それはあなた自身。
 これからのあなた自身の姿なのですから」



 男がそんなことを言っているのが聞こえる。

 なんだと?これからの俺?

 ふと我に返りそうになった瞬間、
 なにか胸のあたりに激しい痛みを感じた。






 ビキビキと音がする。
 そして、胸が大きく膨らんでいっているのが自分でわかる。

 続いてその痛みは腰へと広がっていく、
 ミシミシという音とともに腰がくびれていく。

 同じようにお尻が変化をはじめると、
 全身に痛みが広がった。
 あまりの痛みで立っていられないほどだったが、
 不思議とその痛みに慣れてきていた。

 しばらく身体中が変化していくのを感じていると、
 ついに顔が焼けるように熱くなった。
 あまりの痛みに目を閉じる。
 すると、すぐに頭皮がゴワゴワと動き出すのがわかった。
 髪の毛が物凄い勢いで伸び始めているのだ。

 しばらくそんな激痛が続いた。







 そして、しばらくすると
 俺を覆っていた光が次第に消えていき、
 魔法陣のような模様も消えていった。
 同時に俺の身体の痛みも噓のように引いていった。

 ついさっきまでの自分の身体の感覚と違うことはわかる。
 しかし、まだ自由に動かせるような感覚はなかった。

 状況がひと段落したのを確認したのか、
 男がこういった。



「では、生まれ変わったあなたの姿を見てみましょうか?」



 男はそう言って、
 マジシャンのように大きな鏡を取り出した。
 そして、そこに自分が映し出された、はずだった。







 しかし、そこに映っていたのは、
 さきほど思い浮かべた女性そのもの。
 最初に思い浮かべたキャバ嬢から
 俺が思い描いた理想が反映した、
 美しい女性だった。



「まて、これはどういうことだ?」



 俺はやっとのことでその一言を発した。

 男は静かにこう言った。



「私はあなたの願いを叶えたまでです。
 あなたがキラキラとした人生を歩みたいと願ったのではありませんか?」



 そうだ、確かに俺はキラキラとした人生を歩みと願った。

 しかし、姿が変わったからと言っていきなりどうしたらよいのだ?
 困惑する俺に男はこう言った。



「今、この瞬間に以前のあなたはこの世からいなくなっています。
 そして、私が用意した新しい人生を始めることになるのです。」



 なんだと?そんな勝手なことがあっていものか?
 なんとも言えない憤りを感じていると、
 男は続けてこう言った。



「ちなみにあなたは男性ですか?女性ですか?」



 何を言っているんだ?
 俺は男性・・・


 ん?
 目の前の鏡に映っているのはどう考えても女性だ。


 あれ?
 男性か女性かどっちって?


 そう、私は女性。
 だって、目の前に映っているじゃない。



「私は女性よ?見ればわかるでしょ?」



「よろしい。そう、あなたは女性です。
 毎日充実した日々を前向きに生きる女性です。
 では、最後のプレゼントをいたしましょう。」







 男がそういうとふわっとした光が身を包むと
 着ていた服が変わっていく。

 それが終わるとほんのわずかに残っていた
 俺という存在が消えていくのがわかった。

 そして、なにかずっと知っているはずなのに
 初めてみるかのような多くの風景や
 出来事が自分の中に流れ込んでくるのを感じた。



「さて、これですべて完了です。
 あなたは今、この瞬間から新しい人生を歩んでいくのです。」



 男がそう言って私に微笑みかけた。

 私は男の微笑みに答えるように自然と微笑み返した。

 そして、男に背を向け階段へと歩き出していた。

 その私の後ろ姿に向かって男は最後にこう言った。



「あなたが人生に迷ったらまたここにいらっしゃい。
 いつでも話をお伺いしますよ。」



 私は軽く会釈をして家路についた。



 ーーーー



 その瞬間から私は新しい人生を歩んだ。

 やりがいのある仕事、
 素敵な友人、家族にかこまれ、
 そして恋をして、結婚をして、
 子供を産んだ。

 そう、私はとても充実した人生を送っていた。

 しかし、ある日、
 なぜか私はあの男のことを思い出した。

 特に人生に迷ったわけではないが
 もう一度だけあの男に会いたい。

 なぜかそう思った。

 あの不思議な夜からもう何十年も経っている。
 それなのに私は再び
 あのビルの屋上にたどり着くことができた。

 そしてその屋上にはあの男が立っていた。

 男は私を見ると笑顔で迎えてくれた。



「ようこそ、またお会いできましたね。」



 男はそう言って、
 私に手を差し出した。
 私は、男の手を握り、
 男の前に立ち止まった。

 そして、私はその男に言った。



「あの時、あなたは、私に何をしたのですか?」



 男は私の問いかけこう答えた。



「私はただあなたの本当の願いを叶えただけです。
 本当の自分として生きられるようにね。」


 その瞬間、私はすべてを思い出した。

 そう、なんともつまらない気力もない
 つまらない人生を送っていた1人の男であったことを。
 そして、今、自分が感じている人生の充実感との大きな差についても。

 そうか、私はこの男のおかげで
 本当の自分として生きることができたんだ。

 私は男に「ありがとうございました。」と
 感謝の気持ちを伝え、男のもとを後にした。

 そう、私はこの新しい人生をより
 充実したものにするために歩き続けるのだ。
 そんな想いを胸にしながら。


ーーーー


「ふふふ、まさかこんなにうまくいくとは思いませんでしたね。
 ねぇ、サタンさん?」

 男の足元から大きな影が街を包んでいた。
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