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55話 凋落の始まり。 

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 甘いプロポーズの余韻に浸る間も無く、レオンの部下が現れた。
 お父様の密輸に関する調べがついたとの報告を受け、お父様の身柄を拘束することが決められた。
 
『武器の密輸という国の施作に背く大罪を犯した犯罪者』を監視下におくために、だ。


「お前の容疑が定まった。覚悟を決めることだね。オヴィリオ」というレオンの宣言で、お父様に縄がかけられる。

 
 レオンの支配下におくためにお父様は敷地内の『納屋』という名の離れに監禁されることになった。

 蛇足だがお父様が収監された納屋は本物の納屋ではない。
 農園をイメージした庭園の中にある農民の雰囲気を味わうために作った納屋ハリボテである。

 招待客や使用人たちに見送られながら、背を丸め下を向いたままお父様がサグント家の騎士に囲まれて連行されていく。


「おやまぁ。これはなんということでございましょうか。セラノ様は何があったかご存知で?」


 初日の晩餐会で話しかけてきた壮年の男性客……確かファジャ卿だ。
 如何にも『お気の毒だ』という表情をしている。が、目元はわずかに緩んでいる。
 好奇心と侮蔑が隠しきれていない。
 お父様へ同情は全くしていないようだ。


(お父様、よっぽど恨みを買っているのね)


 我が父親ながら救いようがない。
 私は表情を読み取られないように扇子を広げる。


「さぁ私もよく存じませんわ。レオンも政務に関わることだからと詳しいことは教えてくれないのです」

「政務? アンドーラ子爵様は内務官でしたかな。……あぁそういうことでしたら、彼の身から出た錆というものでしょうなぁ」

「オヴィリオさんは噂のある人だったのですか?」

「叩けばいくらでも埃が出る方ですよ。それよりもセラノ様。はるばるエレーラからマンティーノスまでいらっしゃったのに残念なことですね。このままだとパーティはお開きになるかもしれませんな」


 すっかり忘れるところだったが、そもそも私がマンティーノスにやってきたのはヨレンテ主催のハウスパーティに参加するためだ。

 ハウスパーティは数日間にわたって行われるものだ。

 王都から名のあるゲストを招き、宿泊してもらいながら催しを楽しむ社交界の嗜み……。
 ホストとしては金も時間もかかるが一気に知名度も上がるイベントなのだ。

 オヴィリオとしては一世一代と気合を入れて準備したはずだ。

 それなのにわずか二日目にしてこの事態。
 貴族の間で評判は地の底にまで落ちるだろうが。


(落ちるとこまで落ちればいいわ。ううん。落としてやる)


 他人の財産と家名を弄んだのだから。


 継母が両手を叩き、

「皆様、大変失礼いたしました。夫はきっと大したことではございませんわ。何かちょっとした誤解があったのでしょう」と平静を取り繕った。

 女主人としての意地とプライドで何とか保っているようだ。


「これからピアノの演奏とソプラノ歌手の独奏が始まりますわ。王都で人気の演奏家を呼んでいますのよ。ぜひお楽しみになって」


 わざとらしいほどに明るい笑顔で義母はピアニストとソプラノ歌手の名を告げた。

 出演する公演の席を押さえることすら難しい歌手とピアニストの登場に一同ざわめく。
 こんな大物を田舎に数週間招待するとなると、どれだけの金を積んだことだろう。

 我が家の財産を勝手に使い込んで……。
 エリアナとしては苛立たしいだけだが。


(でも目眩しにはなったわ)


 招待客も演者と演目の魅力には抗えないらしい。
 束縛された当主代理よりも、目先の快楽。
 いい意味でも悪い意味でも有閑層なのだ。


(注目を浴びないのは助かった。目立ちたくはないわ)


 罰を受けろとは思うが、身内の断罪まで見せ物にする必要はない。
 私は招待客たちから離れた部屋の隅の席に移動し、背もたれに身を埋めた。


「フェリシアさん」


 ルアーナが息を切らせながら隣の席に座る。
 私の依頼を成すためにかなり急いできたのだろう。
 頬は赤く染まり、ゆるく編み上げた襟足からいく筋か髪がこぼれ落ちている。


「調べがついた?」

「……村の雑貨屋の寡婦でした」とルアーナは私にメモを渡した。


 相手はエリアナとルアーナむすめたちとは五つも変わらない若い未亡人だった。
 三年前に夫を亡くし、村の雑貨屋を営みながら侘しい暮らしをしていたところ、お父様の目に留まったようだ。

 お父様は年を重ねてはいるものの、そこそこ見た目は良くお金持ちで地位もある。
 お金に困った女性がお父様に言い寄られてしまうと逃げる理由もないだろう。


(娘と変わらない年の妾か……複雑ね)


 この欲の太さがあってこそのヨレンテ乗っ取りなのかもしれないが。


「ありがとう」


 私はメモを小さくたたみ、ドレスにつけたポケットに収めた。
 後でレオンに捜査の依頼をしておこう。


「私、お父様が情けないです」


 ルアーナは怒りに体を震わせ涙を溜めている。


「よりにもよって娘と同じ年頃の人に手を出すなんて……」
「何もおかしいことではないわ」


 継母がお父様の妾になったのは今のルアーナの歳だった。
 お父様も若く、今のように立場もなかったけれど、貴族にとっては相手の年齢など拘らない(もちろん成人していればの話だが)。

 ルアーナは意を結したように、両手を握りしめた。


「フェリシアさん、二人だけでお話がしたいのですが。良いですか?」
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