56 / 102
56話 どうしてあなただけが許されるのですか?
しおりを挟む
ルアーナは広間から続くバルコニーに私を誘った。
扉一枚挟んだだけだが、空気は澄み程々に静かだ。
(やっぱり室内よりは気持ちがいいわ)
室内のあの重苦しい空気は耐え難いものがある。
ルアーナも同じ気持ちなのか幾分リラックスした様子で、手すりに手をかけ景色を眺めていた。
私はあえて話しかけず異母妹の出方を見ることにする。
(ルアーナは本当に綺麗な子……)
なのに。
罪を犯した。
何もしなければ、それなりの家柄の相手と結婚し平穏無事な人生を送れただろうに。
いくら便宜を図っても殺人の共犯である以上、今までの当たり前の幸せなどもう消え失せてしまった。
「これで」
ルアーナは振り返った。
「私たちの罪、軽くしていただけるように、アンドーラ子爵にお伝えいただけるのですよね」
「ええ。レオンには伝えるわ。でも判断するのはレオンだから。そこは忘れないでほしい」
「……わかりました」
ガラスのはめられた扉の向こうからピアニストの奏でる軽快なメヌエットと招待客のため息が漏れ聞こえる。
同じ曲をエリアナ時代に好きで弾いていたが、全く違う曲のようだ。
演者の違いでここまで違うのかと驚かされる。
ルアーナは我関せずというように手すりに寄りかかり、
「フェリシアさん。どうしてこんなことになってしまったんでしょうか」
それはこっちが聞きたい。
欲に負けお父様と共謀したからではないのか。
「ルアーナさん。あなたたちが企んだことでしょう?? 私が知るわけないじゃないですか」
「ふふ。確かにそうですよね。あなたはルーゴ伯爵のお嬢様で、エリアナお姉様ではないとわかってはいるけれど、なぜだか聞いてみたくて」
ルアーナは今にも泣き出しそうなのを必死に堪え言葉を続ける。
「絶対にうまくいくと思ったんです」
ルアーナは『ヨレンテの盟約』によりヨレンテの直系しか爵位も財産も継ぐことができないことは知っていた。
けれど、跡取りが途絶えてしまえば、直近の親族が継ぐことはこの世の常。
いくら盟約だとはいえ、イレギュラーな出来事には柔軟に対応し家門を継続させるだろう。
エリアナ亡き今、伯爵家の跡取りはルアーナになるはずだったのだ。
「私はどうしてダメだったのでしょう」
何を言っているのだろう。
全部ダメなのだ。
ヨレンテの血が一滴も入っていないのだから。
「ルアーナ、あなたは盟約を甘くみすぎよ」
盟約自体が王家からの枷なのだ。
枷?いや違う。
200年前にかけられた呪いだ。
ゆっくりと命を奪っていき、いずれその存在をも吸収する呪いだ。
「フェリシアさんの言う通りかもしれません。私もお父様も見通しが甘かったのでしょうね。実績を評価されると考えていたのですから」
これまで治めてきた家族よりも五代ウェステ伯爵の子とはいえ他家の庶子であるフェリシアに継承を認めたのだ。
「私、エリアナお姉様が羨ましかったんです。お姉様と私は同じお父様の子。でも私は村の農家で暮らしていたのに、お姉様は大きなお屋敷で暮らしていたわ。たくさんの使用人に囲まれて豊かで不自由のない暮らしをしていた。なぜ私はこのお屋敷で暮らせないのか納得できなかったの。小さな頃は辛かった」
(理由は一つだけ。あなたが愛人の子だったからでしょ)
しかも入婿の愛人の子だ。
ヨレンテの血は流れていない子にヨレンテ当主と同じ環境を与えることなどない。
「ルアーナさんは嫡子であるエリアナ様を恨んでいたの?」
「恨む……。そうね、憎かったわ。同じ姉妹なのにおかしいと思いませんか?」
「ルアーナさん。この世界、公平ではあっても平等ではないわ。エリアナ様は貴族で当主。あなたはただの平民よ。待遇が違って当たり前だわ」
王族に貴族、平民……。カディスは身分制度のある国だ。
明確に身分が分けられている世の中で、完全なる平等などとあろうはずがない。
それでもなお謳うのならば同じ階級同士の酒の席で行うべきだろう。
私は何の実も成さない論議にうんざりする。
「でも私とお姉様は異父姉妹よ。家族なのよ」
「姉妹? 父親が同じで半分血がつながっている。それだけでしょう」
その家族に毒を飲ませたのに。
家族の認識なのか。笑わせてくれる。
「それだけ??!! フェリシアさん、私とエリアナの違いはそこだけよ。隔てるのはたったそれだけ! なのに天と地のように違っていたのよ! おかしいでしょう?」
「たったそれだけ? 大きな違いでしょう?」
この国において出自や育ちは個人の努力ではどうにもならない。
農家に生まれればほとんどが農夫にしかなれないように。貴族に生まれたら、貴族となり特権と義務を背負って生きていく。
ルアーナは駄々っ子のように首を振った。
「階級なんて大したことないわ。人は努力で越えることができるの!」
「努力でなんとかなることもあるけれど、これだけは無理。どうにもならないことよ。わかっているでしょう?」
ルアーナは貴族ではなくエリアナでもない。
だからどんなに努力しても、ヨレンテでの地位を与えられることもない。
(参ったわね。こんなに拗らせていたなんて)
天真爛漫で愛らしかったルアーナ。
彼女がこれ程までに劣等感を抱いていたとは知らなかった。
自らの中で拗らせ肥大化した自尊心が、お父様に利用されたのか。
自らの子を道具としか考えないお父様のことだ。
ルアーナを言葉巧みに共犯に仕立て上げたのだろうか。
「残念ね。フェリシアさん。あなたがそんな古い考えしかないって悲しいわ」
ルアーナは身を翻し、するりと手すりの上に立つ。
ちょっと待て。
ここは二階だ。落ちたらただでは済まない。
私は声を張り上げる。
「ちょっと、ルアーナ!! 何してるの。落ちたら危ないわ!! 降りなさい!!」
「いやよ」
ルアーナは胸の前で両手を合わせ、その桃色のふっくらとした頬に薄ら笑いを浮かべた。
「ここには私とあなたの二人しかいないわ。私が落ちたら皆は誰のせいだと考えると思います? ねぇ、フェリシアさん?」
扉一枚挟んだだけだが、空気は澄み程々に静かだ。
(やっぱり室内よりは気持ちがいいわ)
室内のあの重苦しい空気は耐え難いものがある。
ルアーナも同じ気持ちなのか幾分リラックスした様子で、手すりに手をかけ景色を眺めていた。
私はあえて話しかけず異母妹の出方を見ることにする。
(ルアーナは本当に綺麗な子……)
なのに。
罪を犯した。
何もしなければ、それなりの家柄の相手と結婚し平穏無事な人生を送れただろうに。
いくら便宜を図っても殺人の共犯である以上、今までの当たり前の幸せなどもう消え失せてしまった。
「これで」
ルアーナは振り返った。
「私たちの罪、軽くしていただけるように、アンドーラ子爵にお伝えいただけるのですよね」
「ええ。レオンには伝えるわ。でも判断するのはレオンだから。そこは忘れないでほしい」
「……わかりました」
ガラスのはめられた扉の向こうからピアニストの奏でる軽快なメヌエットと招待客のため息が漏れ聞こえる。
同じ曲をエリアナ時代に好きで弾いていたが、全く違う曲のようだ。
演者の違いでここまで違うのかと驚かされる。
ルアーナは我関せずというように手すりに寄りかかり、
「フェリシアさん。どうしてこんなことになってしまったんでしょうか」
それはこっちが聞きたい。
欲に負けお父様と共謀したからではないのか。
「ルアーナさん。あなたたちが企んだことでしょう?? 私が知るわけないじゃないですか」
「ふふ。確かにそうですよね。あなたはルーゴ伯爵のお嬢様で、エリアナお姉様ではないとわかってはいるけれど、なぜだか聞いてみたくて」
ルアーナは今にも泣き出しそうなのを必死に堪え言葉を続ける。
「絶対にうまくいくと思ったんです」
ルアーナは『ヨレンテの盟約』によりヨレンテの直系しか爵位も財産も継ぐことができないことは知っていた。
けれど、跡取りが途絶えてしまえば、直近の親族が継ぐことはこの世の常。
いくら盟約だとはいえ、イレギュラーな出来事には柔軟に対応し家門を継続させるだろう。
エリアナ亡き今、伯爵家の跡取りはルアーナになるはずだったのだ。
「私はどうしてダメだったのでしょう」
何を言っているのだろう。
全部ダメなのだ。
ヨレンテの血が一滴も入っていないのだから。
「ルアーナ、あなたは盟約を甘くみすぎよ」
盟約自体が王家からの枷なのだ。
枷?いや違う。
200年前にかけられた呪いだ。
ゆっくりと命を奪っていき、いずれその存在をも吸収する呪いだ。
「フェリシアさんの言う通りかもしれません。私もお父様も見通しが甘かったのでしょうね。実績を評価されると考えていたのですから」
これまで治めてきた家族よりも五代ウェステ伯爵の子とはいえ他家の庶子であるフェリシアに継承を認めたのだ。
「私、エリアナお姉様が羨ましかったんです。お姉様と私は同じお父様の子。でも私は村の農家で暮らしていたのに、お姉様は大きなお屋敷で暮らしていたわ。たくさんの使用人に囲まれて豊かで不自由のない暮らしをしていた。なぜ私はこのお屋敷で暮らせないのか納得できなかったの。小さな頃は辛かった」
(理由は一つだけ。あなたが愛人の子だったからでしょ)
しかも入婿の愛人の子だ。
ヨレンテの血は流れていない子にヨレンテ当主と同じ環境を与えることなどない。
「ルアーナさんは嫡子であるエリアナ様を恨んでいたの?」
「恨む……。そうね、憎かったわ。同じ姉妹なのにおかしいと思いませんか?」
「ルアーナさん。この世界、公平ではあっても平等ではないわ。エリアナ様は貴族で当主。あなたはただの平民よ。待遇が違って当たり前だわ」
王族に貴族、平民……。カディスは身分制度のある国だ。
明確に身分が分けられている世の中で、完全なる平等などとあろうはずがない。
それでもなお謳うのならば同じ階級同士の酒の席で行うべきだろう。
私は何の実も成さない論議にうんざりする。
「でも私とお姉様は異父姉妹よ。家族なのよ」
「姉妹? 父親が同じで半分血がつながっている。それだけでしょう」
その家族に毒を飲ませたのに。
家族の認識なのか。笑わせてくれる。
「それだけ??!! フェリシアさん、私とエリアナの違いはそこだけよ。隔てるのはたったそれだけ! なのに天と地のように違っていたのよ! おかしいでしょう?」
「たったそれだけ? 大きな違いでしょう?」
この国において出自や育ちは個人の努力ではどうにもならない。
農家に生まれればほとんどが農夫にしかなれないように。貴族に生まれたら、貴族となり特権と義務を背負って生きていく。
ルアーナは駄々っ子のように首を振った。
「階級なんて大したことないわ。人は努力で越えることができるの!」
「努力でなんとかなることもあるけれど、これだけは無理。どうにもならないことよ。わかっているでしょう?」
ルアーナは貴族ではなくエリアナでもない。
だからどんなに努力しても、ヨレンテでの地位を与えられることもない。
(参ったわね。こんなに拗らせていたなんて)
天真爛漫で愛らしかったルアーナ。
彼女がこれ程までに劣等感を抱いていたとは知らなかった。
自らの中で拗らせ肥大化した自尊心が、お父様に利用されたのか。
自らの子を道具としか考えないお父様のことだ。
ルアーナを言葉巧みに共犯に仕立て上げたのだろうか。
「残念ね。フェリシアさん。あなたがそんな古い考えしかないって悲しいわ」
ルアーナは身を翻し、するりと手すりの上に立つ。
ちょっと待て。
ここは二階だ。落ちたらただでは済まない。
私は声を張り上げる。
「ちょっと、ルアーナ!! 何してるの。落ちたら危ないわ!! 降りなさい!!」
「いやよ」
ルアーナは胸の前で両手を合わせ、その桃色のふっくらとした頬に薄ら笑いを浮かべた。
「ここには私とあなたの二人しかいないわ。私が落ちたら皆は誰のせいだと考えると思います? ねぇ、フェリシアさん?」
0
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。
可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】お飾りではなかった王妃の実力
鏑木 うりこ
恋愛
王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。
「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」
しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。
完結致しました(2022/06/28完結表記)
GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。
★お礼★
たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます!
中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる