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56話 どうしてあなただけが許されるのですか?

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 ルアーナは広間から続くバルコニーに私を誘った。
 扉一枚挟んだだけだが、空気は澄み程々に静かだ。


(やっぱり室内よりは気持ちがいいわ)


 室内のあの重苦しい空気は耐え難いものがある。
 ルアーナも同じ気持ちなのか幾分リラックスした様子で、手すりに手をかけ景色を眺めていた。

 私はあえて話しかけず異母妹の出方を見ることにする。


(ルアーナは本当に綺麗な子……)


 なのに。
 罪を犯した。
 何もしなければ、それなりの家柄の相手と結婚し平穏無事な人生を送れただろうに。
 いくら便宜を図っても殺人の共犯である以上、今までの当たり前の幸せなどもう消え失せてしまった。


「これで」


 ルアーナは振り返った。


「私たちの罪、軽くしていただけるように、アンドーラ子爵にお伝えいただけるのですよね」
「ええ。レオンには伝えるわ。でも判断するのはレオンだから。そこは忘れないでほしい」
「……わかりました」


 ガラスのはめられた扉の向こうからピアニストの奏でる軽快なメヌエットと招待客のため息が漏れ聞こえる。
 同じ曲をエリアナ時代に好きで弾いていたが、全く違う曲のようだ。
 演者の違いでここまで違うのかと驚かされる。

 ルアーナは我関せずというように手すりに寄りかかり、


「フェリシアさん。どうしてこんなことになってしまったんでしょうか」


 それはこっちが聞きたい。
 欲に負けお父様と共謀したからではないのか。


「ルアーナさん。あなたたちが企んだことでしょう?? 私が知るわけないじゃないですか」
「ふふ。確かにそうですよね。あなたはルーゴ伯爵のお嬢様で、エリアナお姉様ではないとわかってはいるけれど、なぜだか聞いてみたくて」


 ルアーナは今にも泣き出しそうなのを必死に堪え言葉を続ける。


「絶対にうまくいくと思ったんです」


 ルアーナは『ヨレンテの盟約』によりヨレンテの直系しか爵位も財産も継ぐことができないことは知っていた。
 けれど、跡取りが途絶えてしまえば、直近の親族が継ぐことはこの世の常。
 いくら盟約だとはいえ、イレギュラーな出来事には柔軟に対応し家門を継続させるだろう。

 エリアナ亡き今、伯爵家の跡取りはルアーナになるはずだったのだ。


「私はどうしてダメだったのでしょう」


 何を言っているのだろう。
 全部ダメなのだ。
 ヨレンテの血が一滴も入っていないのだから。


「ルアーナ、あなたは盟約を甘くみすぎよ」


 盟約自体が王家からの枷なのだ。
 枷?いや違う。
 200年前にかけられた呪いだ。
 ゆっくりと命を奪っていき、いずれその存在をも吸収する呪いだ。


「フェリシアさんの言う通りかもしれません。私もお父様も見通しが甘かったのでしょうね。実績を評価されると考えていたのですから」


 これまで治めてきた家族よりも五代ウェステ伯爵の子とはいえ他家の庶子であるフェリシアに継承を認めたのだ。


「私、エリアナお姉様が羨ましかったんです。お姉様と私は同じお父様の子。でも私は村の農家コテージで暮らしていたのに、お姉様は大きなお屋敷で暮らしていたわ。たくさんの使用人に囲まれて豊かで不自由のない暮らしをしていた。なぜ私はこのお屋敷で暮らせないのか納得できなかったの。小さな頃は辛かった」


(理由は一つだけ。あなたが愛人の子だったからでしょ)

 しかも入婿の愛人の子だ。
 ヨレンテの血は流れていない子にヨレンテ当主と同じ環境を与えることなどない。


「ルアーナさんは嫡子であるエリアナ様を恨んでいたの?」

「恨む……。そうね、憎かったわ。同じ姉妹なのにおかしいと思いませんか?」

「ルアーナさん。この世界、公平ではあっても平等ではないわ。エリアナ様は貴族で当主。あなたはただの平民よ。待遇が違って当たり前だわ」


 王族に貴族、平民……。カディスは身分制度のある国だ。
 明確に身分が分けられている世の中で、完全なる平等などとあろうはずがない。
 それでもなお謳うのならば同じ階級同士の酒の席で行うべきだろう。

 私は何の実も成さない論議にうんざりする。


「でも私とお姉様は異父姉妹よ。家族なのよ」
「姉妹? 父親が同じで半分血がつながっている。それだけでしょう」


 その家族に毒を飲ませたのに。
 家族の認識なのか。笑わせてくれる。


「それだけ??!! フェリシアさん、私とエリアナの違いはそこだけよ。隔てるのはたったそれだけ! なのに天と地のように違っていたのよ! おかしいでしょう?」
「たったそれだけ? 大きな違いでしょう?」


 この国において出自や育ちは個人の努力ではどうにもならない。
 農家に生まれればほとんどが農夫にしかなれないように。貴族に生まれたら、貴族となり特権と義務を背負って生きていく。

 ルアーナは駄々っ子のように首を振った。


「階級なんて大したことないわ。人は努力で越えることができるの!」

「努力でなんとかなることもあるけれど、これだけは無理。どうにもならないことよ。わかっているでしょう?」


 ルアーナは貴族ではなくエリアナでもない。
 だからどんなに努力しても、ヨレンテでの地位を与えられることもない。


(参ったわね。こんなに拗らせていたなんて)


 天真爛漫で愛らしかったルアーナ。
 彼女がこれ程までに劣等感を抱いていたとは知らなかった。

 自らの中で拗らせ肥大化した自尊心が、お父様に利用されたのか。
 自らの子を道具としか考えないお父様のことだ。
 ルアーナを言葉巧みに共犯に仕立て上げたのだろうか。


「残念ね。フェリシアさん。あなたがそんな古い考えしかないって悲しいわ」


 ルアーナは身を翻し、するりと手すりの上に立つ。

 ちょっと待て。
 ここは二階だ。落ちたらただでは済まない。

 私は声を張り上げる。


「ちょっと、ルアーナ!! 何してるの。落ちたら危ないわ!! 降りなさい!!」
「いやよ」


 ルアーナは胸の前で両手を合わせ、その桃色のふっくらとした頬に薄ら笑いを浮かべた。


「ここには私とあなたの二人しかいないわ。私が落ちたら皆は誰のせいだと考えると思います? ねぇ、フェリシアさん?」
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