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幸せなので、なんでもいい

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さて。
私が帝国に嫁いで、半年ほど経った。

陛下には十分に良くして頂き、不満は一つもない。私が嫁いでからは、秘密保持のためと仰って、後宮の警備を見直し、最少人数の精鋭のみに揃えて下さった。私が住まう正妃の部屋の管理は、陛下の乳母でもあった女官長が直々に采配してくださり、何一つ不自由はない。
政務も順調だ。冷酷非道と名高い陛下が溺愛する正妃だと思われているので、他国の出でありながら非常に丁重に扱われ、意見も重んじてもらえる。
男でありながら正妃として遇して下さるだけでなく、これほどまで満たされた暮らしが送れるとは、嫁ぐ前は想像もしていなかった。バレたら殺されるとばかり思っていたのだ。

「王国にいた時よりも、のびのびと寛いでいるかもしれない……」

楽な格好でのんびり自室で珈琲とやらを飲みながら、ひとりごちる。本当に陛下には、感謝の念に耐えない。夜も、陛下が帝城にいらっしゃる時は毎晩ご訪問があり、仲睦まじく過ごせていると思う。

気になることは、一つだけだ。




「そういえば陛下、あの、魔道具の件なのですが」
「ん?なんのことだ?」

私が思い切って口に出すと、陛下はキョトンと首を傾げた。この半年で陛下も随分寛いで過ごされるようになった。今は寝る前の夫婦の団欒だ。このタイミングを逃してはならないと、私は一息に尋ねた。

「だから、寝室の不義密通防止魔道具です!私は気絶している間に射精していないのでしょうか?心配で」
「あぁ、アレか。大丈夫だぞ」
「あ、良かっ」
「あれ嘘だから」
「は?」

予想もしていなかった返答に、思わず固まる。ポカンと口を開けている私に、陛下は「はははっ」と爽やかな顔で笑った。

「いや、そんな面白エロ魔道具あるわけないだろ?ははっ」
「え?え?」
「どんな変態だよそんなの考えつくの」

陛下以外の男の精液には反応してしまうから、闇に呑まれたくなければ気をつけろと脅されていたのに!?嘘だったの!?

「え?で、では、初夜は」
「ん?ああ、普通に奥の部屋に立会人がいたぞ」
「えええええっ」

衝撃的すぎる。そんな。あの頓珍漢で間抜けな一部始終を、全部見られていたのか!?

「大丈夫、俺の父親代わりの宰相と右腕の補佐官だから、バッチリだ」
「なにが!?」

なにも大丈夫ではない!私の性別も失態も醜態も、最初からバレバレということではないですか!しかもそのお二人……

「よ、翌朝普通にご挨拶して下さったのに……!」
「奴らは役者だからな!安心しろ、俺の幸せのために黙っててくれてるよ」
「は?」
「いやぁ、なにしろ初恋を叶えるために皇帝の座をむしり取った俺だからさぁ?そりゃ男だったくらいで手放さないってわかってるからさぁ」
「は?はつこい?は?」

一から十まで意味がわからない。呆然とするばかりの思考速度が遅い私をいつも通り無視して、陛下は幸せそうににっこりと破顔した。

「ってわけだ。これからは死ぬまでイチャイチャして暮らそうな?」
「え、……はい」

どういうわけかは分からないが、素直に頷く。それは、ありがたいお話なので。ですが、あの。

「結局私のこの半年の努力は……」
「とっても可愛かったぞっ!」

蕩けるような甘い目で見つめられ、脱力する。
やはり揶揄われていただけだったのか!
半年間でなんとなく察していたけれど、本当にこの方は子供のように勝手なことをなさる。

「……はぁああああ」
「お、おい、大丈夫か?」

深すぎるため息が出た。ぐったりと椅子にもたれて動かなくなった私に慌てた陛下が、不安そうな顔で声をかける。

「騙してすまなかった、つい出来心で……嫌いになったか?」
「……いえ」

叱られた大型犬のような顔で私を見つめてくる陛下に思わず吹き出す。大陸中から恐れられている皇帝陛下が、まったく、なんて顔を。

「大好きですよ」
「~~っ、可愛いすぎる!」

まぁいいか、幸せだし。
そう思って太い首に抱きつけば、感激した陛下にそのまま長椅子に押し倒された。尻尾をブンブン振って顔を舐めてくる愛しい大型犬に抵抗できるわけもなく、私はそのまま流されたのだった。






「はぁ……もう夕方ですよ。良いんですか?」
「仕方ない、可愛すぎるのが悪い」
「また人のせいにして……」

政務の昼休憩のはずが夕方まで離してくれなかった陛下に呆れる。誰か呼びに来てくれるかと思ったのに、この後宮では日常茶飯事のことなので、誰も気にしてはくれなかった。

「毎日こんな……まったくもう」

つやつやの顔で衣服を整えている陛下を、くたりと横になったまま見上げる。

「……こんなに毎日して、私に飽きないでくださいね?」
「は?」

なんとなく腹が立ってぼやいたら、鏡の前で髪型を直していた陛下が、ガバっと振り向いた。

「なにそれ可愛ッ、もう一戦のお誘いか?いいぞ?やろう」
「違います」

テクテクと近づいて、ちゅ、と珍しく私から唇にくちづけた。そして唖然としている陛下にニコッと笑いかけた。

「夜のおいでを、お待ちしております」
「生殺しかぁ~!」

大きな背中をぐいぐい押して、情けない顔の陛下を部屋から叩き出す。

「愛してますよ、私の陛下。……早く帰って来てくださいね?」
「なっ、え!?も、もう一回、なぁ痛ぅ!」

陛下が入ってこようとしたが、バタンと扉を力任せに閉める。多少頭にぶつかった気がするが気にしない。くすくす笑いながら外から大声で投げられる泣き言を聞く。

「ふふ、可愛い方だ」

廊下で暫く情けない声で鳴いていた陛下は、扉が開かないと察すると全速力で執務室に駆けていった。大急ぎで仕事を終わらせて帰ってくるだろう至上の人を元気にお迎えするため、私は寝台に横になる。

「本当に、この国に嫁げてよかった」

しみじみと呟き、私はぐっと伸びをする。広い新台を独り占めできるのは夜までの短い間だけ。

さて、夜までしっかり休まなければ。
どうせ今夜も朝まで寝かせてもらえないのだろうから。
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