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本編

61. 野獣は疲弊する。

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「フェリクス様はどんなデザインのものがお好きかしら?」
「いや、俺は本当にそういうのには疎いので……」

『聞かないで下さい』というオーラを全力で発しているのに、リアラは全く気にすることなく意見を求めて来るものだから、フェリクスは内心で──いや、多分リアラにはバレているのだろうけれど──とてつもなく困り果てていた。

今フェリクスの前には、何種類かのデザイン画が広げられている。
早々に採寸が終わったフェリクスがさっさと部屋を辞そうとしたのを、リアラが引き留めているのだ。

「あら、でも少しくらいは"こういうのが良いな~"とか、ありますでしょ?じゃあそうねぇ……ぱっと見で一番好きなのはどれかしら?」
「ぱっと見……」

並んでいるのはどれもこれもレースやら布やらがたっぷり重なっている、ふわふわひらひらとした物ばかりだ。
フェリクスからしたら、どれでも一緒に見える。
違いを見つけろと言われたら、胸の開き具合だとか、袖の長さくらいしか見つける事が出来ない。

その辺りで好みを言うのであれば、勿論胸元は開いている方が嬉しいし、リィナの細くて白い腕も隠れているよりは出ている方が良い。

そんな事を考えながら、フェリクスはデザイン画を見直してみる。
胸元から首元や肩にかけてが覆われているものや袖が長い物を外してみたら、半分までは減った。
残り数枚……だがここからどう絞り込んでいけば良いのか──。

違いがよく分からないフェリクスは、軽い絶望を覚えながら残ったデザイン画を見比べた。


眉間に皺を寄せて唸り出しそうな勢いで考え込んでしまったフェリクスに、リアラは内心であらまぁと笑う。
リアラとしてはもっと気軽に、本当にパッと見て『こんな感じの物が好きだ』と言って貰えれば良かったのだが、ドレスの事などよく分からないと繰り返していたこの男は、本当に今まで女性の装いには興味がなかったのだろう。
このままリアラが黙っていたらそのうち暴れ出したりするのではないだろうかと心配してしまいそうなくらいに凶悪な目つきになってきているフェリクスに、リアラは「ごめんなさいね」と苦笑する。

「このデザイン画と似たようなデザインのドレスをね、お店の方から何点か持ってきて下さっているのよ。この後リィナが試着をしてみるから、実際にリィナが着ているところを見てみて下さいな」

そんな事を言われて、着ているところを見れば流石の自分でも良し悪し……というより好ましいかどうかくらいは判断できるだろうと、フェリクスは頷いた。



❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊

(勘弁してくれ────)

2時間後、フェリクスはぐったりとソファに背中を預けていた。

リィナの採寸は、元々贔屓にしている仕立屋だったせいかフェリクスの時よりも早く終わった程だった。
その後でドレスの試着が始まって、リィナが着た時の印象を「良いと思う」か「無しで」の二択で答えながら、リィナやリアラの意見も併せて何とかかんとか残り3着まで絞ったところまでは、まぁ順調だったと言えよう。

問題はその後だった。
スカートのひらひらの入り方だとか、レースがどうだとか、後ろのずるずるした布の事だとか、フェリクス的にはどうでも良いところでリィナとリアラが悩み始めて、そして意見を求められて、意見など出てくるはずもないフェリクスの精神はごりごりと削られていた。

(俺の意見、要るか!?要らなくないか!!?)

どちらが良いと思いますか?と聞かれて必死に考えて返事をしたところで、少し経つとリィナが「でもやっぱり……」と言い出して結局元に戻る。それの繰り返しなのだ。

「フェリクス様、大丈夫ですか?」

後ろから声を掛けられて、フェリクスはのろのろと顔を向ける。

「……リディか」
「まぁ、すごいお顔になってます……少し休憩なさっては?」
「いや、しても良いなら喜んでそうしたいんだが……」

どうやら姉の試着を覗きに来たらしいリディに、ものすごく心配そうな顔をされたフェリクスは力なく項垂れる。

「これ、終わんのか?」
「女の子にとって誓約式のドレスは一生に一度きりですもの。すぐに決められるようなものでもないと思いますよ」
「……正直、俺には何がなんだかさっぱり分からん」
「まぁ」

ぐったりソファに背中を沈ませたフェリクスの様子に、リディはくすくすと笑って、そしてトルソーに着せられているドレスに目をやる。

「私は、自分が着るなら絶対ロングトレーンのドレスが良いです」
「ロング、トレー……?」
「トレーン、です。ほら、あんな風に後ろが長くなっている」

うっとりしながらリディが見つめているドレスを、フェリクスも改めて見てみる。
残ったデザイン画の3枚中2枚がその"ロングトレーン"とやらで、リィナもどうやらそこは譲りたくないらしい、という事は分かっている。
"ロングトレーン"ではない残りの1枚は、リィナが試着した時にフェリクスが「それが一番リィナらしい」と言ったドレスに近いものだ。

「何であんなズルズルしてるのが良いんだ?歩きにくいだろ」

何となくリィナやリアラには言えなかった事を小声でリディに聞いてみると、リディが驚いたようにぱちぱちと瞳を瞬かせた。

「一生に一度のドレスですよ?歩きにくいなんて、そんな事関係ありません!レースもフリルも普段のドレスでいくらでもつけられますけど、トレーンはそうつけられる物でもありませんから。やっぱり誓約式ではふわーーっとしたいです!」

握りこぶしまで作って熱弁しているリディに、フェリクスは「そうか……」と曖昧に頷くに止める。

「あら?リディ来ていたの?」

その時ようやくリディの存在に気付いたらしいリアラに、リィナも振り返る。

「リディ、ちょっとフェリクス様に近いわ……」

ソファの背もたれ越しに話していたリディとフェリクスを見て、リィナがぷっと頬を膨らませる。

「あら、だってフェリクス様が死にそうになっていたんですもの。フェリクス様だけでも少し休憩して頂いてはどうかしら」

そんな事を言ったリディに、フェリクスは思わず天使か、と呟く。
けれどリディがすぐにリィナに「私もドレス見てみても良い?」と言ったばっかりに、結局有耶無耶のままとなってしまう。

「良いわよ」と頷いたリィナに、パッと顔を輝かせてリィナとリアラの方に向かったリディの背を見送りながら、フェリクスは零れかけた溜息を飲み込んで、気合を入れる様に背筋を伸ばした。
女性が3人──仕立屋も居れると6人になるのだが──集まると、この後更にだろう事を何となく予想したからだ。


そこから更に1時間かかって、昼食の時間などとっくに過ぎている頃になってやっと、何とかドレスのデザインが決着したらしい。
結局ほぼ放置されながらも退室する事は許して貰えず、結果的にドレスのデザインがどうなったのかもよく分かず、精神だけを削りに削られまくったフェリクスは、一旦与えられた客室に戻ってばたりとベッドに倒れ込んだ。

コンコンと控え目に鳴ったドアに返事をすると、クラーラが入ってきた。

「間もなく昼食のお時間ですが……その前に冷たいお飲み物でも、と」
「あー……助かる。マジで死ぬかと思った」

クラーラが笑いながらグラスをテーブルに置く。

「死ぬだなんて大袈裟ではないですか?あぁ、でも素敵だったんでしょうねぇ、婚礼用のドレス」
「俺にはよくわかんねーが……まぁ、真っ白ってのが特別感あるってのは確かだな」

ベッドからのそっと起き上がって来て、グラスの中身を一気に飲み干したフェリクスのグラスにお代わりを注ぎながら、クラーラが少し寂しそうに微笑む。

「私達も仮縫いですとか調整の時にでも、お嬢様の婚礼用のドレス姿を見られると良いんですけどね……」
「あ?式の時に見られるだろ?」

フェリクスの返しに、クラーラがまさか!と慌てたように手を振る。

「アンネは付き添えると思いますが、私とベティはお留守番です」
「何でだ?リィナ付きの侍女なんだから、当日の準備なんかも手伝うんじゃねーの?」
「だって私達は孤児院出の平民ですもの。中央教会で執り行われるような盛大なお式にはとても……」

寂しそうな雰囲気はありつつも、諦めているように微笑んだクラーラにフェリクスはそんなもんなのか?と首を捻って、そしてやっぱり『中央教会で盛大に』やるんだろうかと、また項垂れた。

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