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本編

62. 乙女はそんなに柔じゃない。

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その後遅めの昼食を挟んで、フェリクスはリィナとリアラと再び顔を突き合わせた。  
  
リィナのドレスの仮縫いは、仕立屋から「1カ月で何とかしてみせましょう!」と気合の返事を貰ったらしい。  
今までにもリィナのドレスは作っているし、貴族令嬢の体形が短期間で大幅に変わる事もそうないので、仮縫い後の試着や調整にはそこまで時間を要さないだろうと、完成までは2カ月程で何とかなるだろうと言われて、思ったよりも早い事にリィナは大喜びをして、フェリクスは焦りを見せた。  
  
2カ月で使用人や離れや鍛錬場のあれこれが片付くとは思えない。  
  
だからフェリクスは、ドレス制作に万が一があっては大変だと、式は余裕を持って3か月後に、と言ってみた。  
察してくれたらしいリアラからも同意を貰えたが、リィナが渋りに渋った挙句に涙目になってしまった為に、フェリクスが慌てたようにリィナを宥めてリィナがここぞとばかりに甘えて、リアラが30分程外しましょうか?となったところで我に返ったフェリクスによって多少強引に『誓約式は2カ月半後』という両者の真ん中でまとめられた。  
  
そしてフェリクスは恐る恐る、一番の懸念事項についてリアラに確認をしてみる。  
  
「やはり中央教会でやる事になるのか?」と。  
  
  
答えは意外にも「否」で、思わず聞き返したフェリクスにリアラが微笑む。  
  
「だってリィナはヴァルデマン伯爵の元へお嫁に行くのだもの。伯爵領内の教会で挙げる方が良いのではなくて?」  
「ですが……それでよろしいのでしょうか」  
  
一応遠慮してそう聞いてみたフェリクスに、リアラが小首を傾げる。  
  
「あら、中央教会でやりたいという事であれば、こちらは全然全く構わないけれど」  
  
良いのかしら?と微笑まれて、フェリクスはちらりとリィナを見る。  
  
「リィナは……どうしたい?」  
「私はフェリクス様の領内が良いですわ。中央教会なんて面倒くさそうですし、よく知らない方に大勢来られても嬉しくありませんもの」  
  
あっけらかんとそんな事を言ったリィナに、フェリクスは「こいつ友達いないのか……?」とリィナを見つめる。  
何を勘違いしたのかリィナが頬を染めたので、とりあえず「じゃあそういう事で」と頷きかけて、フェリクスは待てよと首を傾げる。  
  
「うちの教会は小さい上に、巡回教会なんだが……」  
「当日神父様がいらっしゃれば構いませんでしょう?」  
「そういうものか……?」  
「誓う事が出来れば、良いと思いますわ」  
  
何だかフェリクスの耳には「どうでも良いと思いますわ」に聞こえた気がしたが、中央教会でど派手にやらなくて済むのであればまぁ良いかと、そして先ほど見たクラーラの寂しそうな笑みを思い出して、フェリクスは今度こそ「じゃあそういう事で」と頷いた。  
  
領内の事であるから、教会の方にはフェリクスから話を通してその後日程の調整をするという事でこの日は終了となった。  
  
  
❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊ 
  
「………おい」  
「もうちょっと」  
  
フェリクスが部屋に戻って、ほんの少しの荷物をまとめ終えたところにリィナがやって来て、そしてまたしてもぺったりと貼り付いて離れなくなってしまった。  
  
「昨夜のアレは何だったんだ?」  
「今日は流石に少し疲れたので、とっくにフェリクス様欠乏症なんです」  
「早すぎんだろ」  
「次の約束をして頂けるなら、キス 10回くらいで我慢します」  
「────犯すぞ」  
  
唸るように呟いたフェリクスにリィナがパチリと瞬いて、そしてぱぁっと瞳を輝かせた。  
  
「大歓迎ですわ。どうぞ!」  
  
いらっしゃいませとばかりに両腕を広げたリィナの額を、フェリクスはいつもより強めに弾く。  
  
「あぅっ、痛いです……」  
「痛ぇようにしたんだよ、馬鹿。犯すと脅されて喜ぶ奴があるか」  
  
呆れたようにそう言ったフェリクスに、リィナが額を押さえながらこてんと首を傾げる。  
  
「フェリクス様だから、ですよ?フェリクス様からなら、何をされてもご褒美です」  
  
ん、と背伸びをして腕を伸ばしてくるリィナを、フェリクスは諦めたように抱き上げる。  
  
「………女ってのは、すげぇな」  
「何がですか?」  
「脅されてんのにそれが褒美になるあたり」  
「ですから、それは相手がフェリクス様だからです。他の方でしたら泣いて逃げてます」  
  
きゅっと首に腕をまわされて、フェリクスはだからそれがよ、と呟く。  
  
「俺は、大事にしてぇヤツほど触れんのが恐くなる」  
  
ゆるりと抱き締め返してくるフェリクスに、リィナが「今触れてますけど」と言うと、フェリクスが笑う。  
  
「リィナの身体をよ、俺が思い切り抱いたら潰れちまいそうだろ?潰れるが言いすぎにしても、骨の一本二本やっちまいそうだ」  
「それは……そういう可能性も、あるかもしれませんけど……」  
「だからな。こうして囲い込んで何ものからも──俺自身からも守ってやりたくなる。けど、たまにどうしようもなくめちゃくちゃにしたくなる──その衝動が、恐い」  
「フェリクス様……」  
  
リィナを抱く腕に僅かに力が籠ったと思ったらするりと片手が離れて、その手がリィナの頬を包む。  
  
「だからよ、あんまり煽んな。俺にリィナを壊させんな」  
  
自嘲気味に笑うフェリクスの手に、リィナは頬を押し付ける様にして目を閉じる。  
  
「でもフェリクス様。私はフェリクス様にぎゅーってして頂きたいですし、それで仮に骨の一本二本ぽきっといっても、幸せなら良いかしらと、思いますわ。それに、私だって痛ければ痛いと言いますし、嫌なら嫌と、言いますよ?」  
  
すり、とフェリクスの手に甘えるように頬を擦りつけて、リィナはゆっくりと目を開ける。  
  
「ですからフェリクス様──」  
  
フェリクスの両頬を包んで、リィナが微笑む。  
  
「ぎゅって、して下さい」  
  
  
  
  
「んっ」  
  
何度も重ねられた唇が僅かに離れて、また塞がれる。  
抱き締めてくる力は、リィナが痛がっていないかを確認しながら、慎重に、少しずつ少しずつ強くなっている。  
  
今までどれだけ気を遣われていたのかと、恐がり過ぎなフェリクスにも、その事に気付けなかった自分自身にも呆れながら、リィナは唇が離れる度、もっと、と強請る。  
  
 もっと強く抱きしめて欲しい。  
 まだ大丈夫。  
  
 もっと、もっと──  
  
  
今までにないくらい強い力で抱き締められて少し苦しくなってきて、けれどその息苦しさすら幸せで、何だか泣きそうになりながらリィナもフェリクスの背に回した腕に力を込める。  
  
「ね?フェリクス様。私結構、丈夫でしょう?」  
「そうだな──」  
  
フェリクスは力加減を確かめるように一度力を緩めてから、またぎゅうっとリィナを抱き締め直す。  
  
「──が、今日はここまでだ」  
  
ふわりとフェリクスの腕が緩んで、あ、と思った時にはリィナは床へ降ろされていた。  
  
「これ以上やってたら、俺がリィナに食われそうだからな」  
  
口端を上げたフェリクスに、リィナは頬を膨らませる。  
けれどすぐに何かを思いついたようにフェリクスの腕を引いて屈ませると、フェリクスの首筋にかぷりと噛みついた。  
  
リィナがフェリクスの屋敷でつけた痕はやっぱりもうほとんど消えていたので、リィナは同じ場所にちゅうっと吸い付いて、そして前回よりも濃い痕を残せた事に満足そうに微笑むと、フェリクスの首筋を撫でた。  
  
「フェリクス様、次はこれが消える前に会いたいです」  
「まぁ多分次は騎士団に呼び出される時だろうが……コレが消える前かどうかは分からねぇな」  
「では、私からフェリクス様に会いに行っても良いですか?」  
  
上目遣いでそんな事を言ってきたリィナに、フェリクスは片眉を上げると、まだ上気したままのリィナの頬を撫でて小さく笑う。  
  
素面シラフの侯爵から許可が出ればな」  
  
 
 
 
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-* 
巡回教会:
神父様が常駐してなくて、定期的に他の教会から来てくれるような教会の事。 
戦争のあれこれで色々あって神父様不在になった……のだと思います(; ̄ー ̄A 
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