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本編

55. 侍女は気を利かせる生き物です。

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フェリクスの衣装を仕立屋で作る必要がなくなった為、本来翌日のフェリクスの採寸は不要な物となるはずだった。
一瞬泊まらずに帰れるかと期待したフェリクスだったが、雑談の中で採寸が明日だと知ったセヴィオが「じゃあリックの採寸データ回して貰っても良いかな。それで制服の発注かけさせるから」と何とも横暴な事を言い出して、その場でジェラルドとリアラ宛に一筆認めてしまった為に、フェリクスの淡い期待は即座に消え去ってしまった。

帰宅後に事情を説明したフェリクスに、リアラはそういう事ならと、翌日仕立屋に説明する事を快諾してくれた。
結局予定通りにデルフィーヌ家に一泊する事になったフェリクスは、客室に通されて一人切りになって、ようやく息をつく。

どれもこれも、細かい話はこれからだが、一通りの下準備は整った。

騎士団入りの件は、まずはセヴィオから騎士団長であるヴィクトールに話が行くらしい。
改めて騎士団に顔を出す事になるのか、書面で済むのかは分からないが、まぁあいつになら会っても良い──むしろ久しぶりに会って酒でも酌み交わしたいと、フェリクスは小さく笑う。
もしヴィクトールが『入団を認めない』と言えば騎士団入りの話は白紙になるわけだが。

仮に入団がなくなったとしても、剣術指南の話自体はなくならない可能性もある。
騎士達を受け入れる為には空いている2棟の離れの整備を始めた方が良いだろうし、鍛錬場の方も手を入れなければいけないだろう。

使用人達を住み込ませる為に、屋敷内の使用人用の部屋も全てチェックをしないといけない。
今回新たに入れる子供達には雇用契約の書類も準備しなければいけないだろう。

リシャールに領主代行の権限を与えるのも、確か面倒な書類を書かなければならないはずだ。

「あー………」

めんどくせぇ、というセリフを飲み込んで、フェリクスはぐしゃりと髪を掻き上げる。

その時、控えめに客室のドアが鳴った。

「はい?」

返事をすると、ワゴンを押したクラーラが入って来た。

「フェリクス様、本日はお疲れ様でした。もう少ししましたらお嬢様がこちらに伺いたいと──よろしいでしょうか?」

そんな風に聞かれて、フェリクスは首を傾げる。

「来て良いのか?」
「え?えぇ、フェリクス様がよろしいのであれば……」
「どう思う?」

真面目な顔で聞かれて、クラーラは思わず「えぇ……??」と眉を下げる。
そして、そう言えば旦那様ジェラルドに『えっち禁止』というような事を言われたのだとお嬢様が言ってらしたわね、と思い出す。
その後に『お薬があるから大丈夫って言っておいたわ』とそれはそれは可愛らしい笑顔で付け加えていた事は、ひとまず脇に置いておこう。
つまり目の前のこの方は、旦那様からの言いつけを律儀に守るつもりなのだろうかと、クラーラは僅かに首を傾げる。

見た目だけなら「そんなものは知ったことではない」と己の欲望に忠実にリィナをベッドに連れ込みそうな印象を受けるのに、ここ数日でフェリクスが割と常識人で紳士だということを知ったクラーラは、本気でどうすべきか悩んでいるらしいフェリクスに小さく笑う。
尤も、フェリクスの屋敷では昼間から盛っていた事実も忘れてはいないので、クラーラはそうですねぇと呟きながら、丁度良い頃合いになった紅茶をカップに注いでフェリクスの前に置く。

「一緒にお茶をしていて、ついうっかり触れ合う程度、婚約者なのですから問題ないのではないでしょうか」
「ついうっかり、な……」
「はい、ついうっかり」

大事な事なので繰り返したクラーラに、フェリクスはどーもと律義に礼を言ってからカップに口をつけた。

「それではお嬢様には『待っている』とお伝えしておきますね」
「……あぁ。別に急がなくて良いからな」

クラーラはフェリクスに一礼して部屋を出ると、お嬢様は着替え終わった頃かしらと、いそいそとリィナの部屋へと足を向けた。


❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊

「お嬢様、戻りました」

クラーラがリィナの部屋に入ると、謁見用のドレスから身軽なワンピースに着替えたリィナの髪を、鏡台の前でアンネが梳かしているいるところだった。

「ありがとう、クラーラ。フェリクス様は、何て?」
「勿論、待っているから早く来い、と」
「本当?」

ぱっと顔を輝かせたリィナに、クラーラは『多分、内心では』と心の中で付け加えて、微笑みながら頷く。
途端そわそわし始めたリィナの様子に、アンネは手早くサイドの髪をハーフアップにするだけに留めて櫛を置いた。

「ありがとう、アンネ。それじゃあフェリクス様のところに行ってくるわね」
「あ、お嬢様──」

客室までは付き添います、と言おうとしたアンネの声など耳に入っていないのか、リィナは小走りで部屋を出て行ってしまう。

リィナを追う事は諦めてドレスや装飾品を片付けた3人は、客室に近寄るなどという無粋な事はせず、暫しの休憩を取る事にした。

「お着替えの用意はしておかなくて良いかしら?」

使用人用の休憩室で焼き菓子を頬張りながら呟いたベティに、クラーラがお気に入りのハーブティーをこくりと飲んでから「多分大丈夫」と返す。

「だってフェリクス様、お嬢様をお部屋に招くのも迷ってらしたわよ」
「え?『さっさと来い』じゃなかったの?」
「ついうっかり触れ合うくらい婚約者だから問題ないのではって言ったら、何となく頷いた感じ。でも内心ではお嬢様とイチャイチャなさりたいんじゃないかと思って、代弁を」

クラーラがそう言うと、ベティが呆れたように溜息を落とす。

「クラーラって私達には勝手な事するなーとかあれこれうるさく言う割に、たまにしれっとそういう事やるよね」
「アンネとベティはお嬢様の事になると暴走してやりすぎる所があるからよ。私のは気を利かせているだけ」

黙って2人の会話を聞いていたアンネが、肩を竦める。

「物は言いようってやつね。まぁ一応夕食の前になったら様子を見に行って来るわ」
「え、ズルい。私も行く」
「お着替えの用意が要らないのなら、私一人でも良いでしょう?」
「それでも万が一って事があるかもしれないじゃない──アンネ一人で拝むなんてダメ絶対!」

──フェリクス邸で失敗に終わった『誰がリィナの艶姿を拝むか』競争の再勃発である。

クラーラがハーブティーに蜂蜜を追加しながら、そんな2人に向かってのんびりと言う。

「だから、それは3人で一緒に行きましょうって事にしたじゃない。抜け駆けしたら──そうね。1週間お嬢様との接触禁止、とかどうかしら?」

ね?と微笑んだクラーラに、アンネとベティは揃って「抜け駆けなんていたしません」と首を横にぶんぶんと振った。


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