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本編

54. 野獣は意地を捨てる。

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一応国王陛下の御前である、という事をきれいさっぱりと忘れ去ったリィナとフェリクスは、暫くの間押し問答を繰り広げた。

セヴィオは時折リィナを焚き付けたり援護したりしながら、徐々にリィナの『フェリクス様大好き独演会』と化していく様を、それに比例して『野獣』と揶揄される強面の男が真っ赤になっていって、押し倒さんばかりの勢いのリィナの褒め殺し口撃に酸欠の魚みたいに口をぱくぱくさせている様を、なるほど、これはリックが堕とされたのも頷けるなと観察しながら、クッキーをぽりぽりと消費していった。

セヴィオは元々、1人で国王との謁見に臨んだ上に、謁見の場でも物怖じする事なく『ヴァルデマン伯爵との婚姻の許可』を取り付けにやって来たこの少女の気概をいたく気に入っていた。
だからこそ、あのフェリクスがどうなるか、もしかしたらフェリクスが妻を娶る最後の賭けになるかもしれないと、快く許可を出したのだ。

一月もすれば何かしら結果が出るかとほくそ笑んでいたところに、フェリクスから少女を受け入れる旨の手紙が届いた時は5回程読み直したものだ。
それと一緒に添えられていた『騎士団入団は受け入れられないが、領地で騎士を受け入れて稽古をつけるだけなら構わない』という旨の、鍛錬所というよりも合宿所のようなフェリクスからの提案を見て、そしてその意図に気付いた時に、これは相当あの少女に本気なのだと気付いた。

だからセヴィオは、2人でいる姿を見てみたい興味半分、そこまでフェリクスを虜にしたらしいリィナをこちら側に引き込めれば、もしかしたら騎士団入団も頷かせられるかもしれない期待半分とで、フェリクスにリィナ嬢を伴って登城せよとした。

そして今目の前で繰り広げられている光景のおかげで、セヴィオの中でのリィナの株が更に暴騰した事など、それどころではない当の2人は気付きもしなかった。


結果、リィナのよく分からない熱意に完全に押し負けてしまった──というよりも、あまりにリィナの『フェリクス様大好き独演会』の内容の恥ずかしさダメージが大きすぎて思考停止してしまったフェリクスは、セヴィオに「無闇に呼び出しません」という念書を書かせて騎士団入団を受け入れる事になってしまった。

その念書も、フェリクスが頷いた事に『大・満・足』な笑みを浮かべながらも「陛下、きちんと念書を書いて下さいませね」とリィナが言い出した事だった。
セヴィオの中でまた1つリィナの株が上がった事は、リィナ自身も思考が飛んでいるフェリクスも、やはり気づかなかった。


「楽しみですわ、フェリクス様の騎士姿……」

王都内の為に速度を落として走る馬車の中、うっとりとした表情でそんな事を呟いているリィナの隣で、フェリクスは窓枠に肘を乗せて頬杖をついたまま外を眺めている。

「もう、フェリクス様っ!いつまで拗ねているんですか?」
「拗ねてねーよ」
「嘘です、さっきからこちらを見て下さらないじゃないですか」

ぷんっと頬を膨らませるリィナをチラリと横目で見て、フェリクスは息を落とす。

「──今回セヴィオからの話を受けようと思ったのはよ。そうすれば屋敷の守りも固められるかと思っての事だったんだけどな」

ボソボソとそんな事を言ったフェリクスに、リィナはぱちりと瞬く。

「新米と言えど敷地内を騎士がうろうろしてれば、そう簡単にみたいな事にはならないだろう」
「──乗り気ではないのに陛下からのお話をお受けするのは、私が弱いから……私のせい、ですか」

眉を下げたリィナに、フェリクスがやっと顔を向ける。

「リィナが弱いわけじゃねぇだろ、それが普通だ。『私のせい』だなんて言うな」
「フェリクス様……」
「リィナの事は俺が護る──だが、護ると言ったところで四六時中一緒にいられる訳じゃねぇし、いつ何が起こるかなんて分からねぇ。だから、この際騎士を利用しようと思ったんだ──だがな、惚れた女1人、てめぇの力で護り抜けねぇなんて情けねぇとも思っちまう」

何かと葛藤しているように、自身の髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜるフェリクスの頬に、リィナがそっと触れる。

「でもフェリクス様がご不在になる事も多いでしょうし、私が1人で出掛ける事もあるかもしれません。その時に何か起こって、それで私に何かあったとしても、それはフェリクス様のせいではありませんよ?」
「それでもよ──どんな状況でも俺が、てめぇでリィナを護りてぇって、思っちまうんだよ」
「男の方は、変なところで意地を張るんですのね」

リィナが仕方ないですねと苦笑して、フェリクスに両腕を伸ばす。
フェリクスはリィナを抱き上げると膝の上に乗せて、その柔らかな頬を撫でる。

「私はフェリクス様とずっと一緒にいられるなら、手段は何でも構いませんわ。勿論、フェリクス様が『俺の女に手を出すな!』って護って下さるのが1番素敵だと思いますけれど。でも1人では限界があるのなら、周りに頼ったり利用したりする事は、悪い事ではないと、思います」

リィナがフェリクスの首に腕を回して、ちゅっとフェリクスの唇に軽いキスを落とす。

「意地、か……そうだな。俺はもう、周りの奴らを誰にも奪われたくはないし、奪わせるつもりもない──その為に必要な手段、か」

リィナの顔中にキスを落としながら、フェリクスは苦笑を零す。

「はい。フェリクス様は何でもお一人で背負い込んでしまうようですから──陛下がおっしゃっていらしたように、使えるものはどんどん使ってしまえば良いのですわ。リシャール様も、騎士様も、それに──侯爵家の娘わたしも」

次々と降ってくるフェリクスの唇に、甘やかな吐息混じりに答えたリィナの腰が、僅かに揺れる。
フェリクスがその動きに導かれるようにリィナの首筋に唇を這わせた、その時──

軽い振動と共に馬車が止まった。

「お嬢様、フェリクス様。到着しましたが、ドアを開けても宜しいでしょうか」

外からアンネにそう声をかけられて、リィナは「勿論大丈夫よ!」と少しばかり慌てて返事をした。

僅かな間の後にドアが開いて、膝の上に乗ったままでぴったりとフェリクスにくっついているリィナに、アンネは「お嬢様、普通その状態は "大丈夫" とは言いません」と少しばかり呆れたような顔で言った。


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