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本編

37. 貴方が残す痕 1 *

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「何だよ、戻っちゃうのか」
「悪ぃな、今日は時間がねーんだ」

ぶすっと頬を膨らませたラーシュの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、フェリクスはリィナを抱き上げたまま屋敷へと戻った。

ラーシュに稽古をつけるからとそのまま鍛錬場に残ったアリスだったが、見送りはすると伝えたら嬉しそうに頬を弛めたリィナに、フェリクスが面白くなさそうな顔を見せたのを見逃さなかった。
おんなにまで嫉妬か?と揶揄からかってみたら、フェリクスはうるせぇと一言呟いて視線を逸らして、そしてフェリクスの腕の中のリィナもそっと顔を伏せた。
アリスよりも上にいるリィナが顔を伏せれば、それはつまりアリスからはしっかりとその表情が見えるという事で──恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうに頬を染めて微笑んでいるリィナの表情をバッチリと見てしまったアリスは、それ以上揶揄う事など出来なくなってしまった。

「──ヤバい、尊い」
「分かります。今のお嬢様は最強にお可愛らしかったですもの」

アリスの呟きに侍女達もうんうんと大きく頷いて、そしてフェリクスは若干顔を顰めると、「戻るぞ」とリィナを抱く腕にしっかりと力を込め直してさっさとその場を後にした。


「部屋に戻るか?」

屋敷に戻ったフェリクスが階段を上りながらそんな風に聞いてきたので、リィナは小さく首を傾げる。

「あの……お仕事のお邪魔にならなければ……もう少しフェリクス様とお話、したいです」

リィナの返答に、フェリクスは小さく口端を上げた。

「昼飯まで借りる」

後ろから付いてきていたアンネ達に首だけ回してそう伝えると、フェリクスはそのままリィナが泊まっていた客室とは違う方向へと足を向ける。
アンネ達は頭を下げて2人の背中を見送った。


リィナは自分が使わせて貰っている客室とも、執務室とも違う部屋に連れて行かれて、パチパチと瞬く。
室内には必要最低限と思える家具しかなく、酷く殺風景な印象を受けた。

「あの、もしかしてこのお部屋って……」
「ん?あぁ、俺の部屋だ」

フェリクスはそのまま部屋の奥に置かれているベッドへと向かう。
そしてそっとリィナをベッドの上に降ろすと、リィナの頬を撫でた。

「──身体、辛いか?」

フェリクスの大きな掌の温もりが心地良くて、リィナはフェリクスの掌に頬を預けて、小さく首を振る。

「運動するのはまだちょっと……というだけで、辛いわけではありませんわ」
「そうか。馬車も、大丈夫そうか?」
「……辛いですって言ったら、今日帰らなくても、良いですか?」
「んなわけあるか。馬車の中に毛布かクッションを敷き詰めるだけだ」
「……残念です」
「ばぁか」

ぴしりと、ちっとも痛くない強さで額を弾かれて、リィナは小さく笑うとフェリクスに向かって腕を伸ばした。

フェリクスはリィナの腕を引き寄せてそのまま抱き上げると、くるりと位置を入れ替えて自分がベッドに腰かけて、膝の上にリィナを乗せる。
リィナはフェリクスの背に腕を回すとぎゅうっと力を込めた。

「昼は、少し早めにするようにマウロに言っておいた」
「──はい」

リィナの迎えは昼過ぎに来ると言っていたから、きっと迎えの馬車はもう王都の屋敷を出発しているだろう。
王都からヴァルデマン伯爵領までは馬車で4時間程の距離だ。
今日は天気も良いし、ここまでの道に悪路はない。
迎えは予定通り、昼過ぎには到着してしまうだろう。

迎えの馬車が溝にはまってしまったり、車輪が外れてしまったりしないかしら、と思いながら、リィナはぐりぐりと額をフェリクスの胸に押し付ける。

「お昼まで……一緒にいてくれますか?」
「そう言っただろ」

リィナの髪を撫でていたフェリクスの手がふと止まって、くんっと小さく引かれる。
引かれるままリィナが顔を上げると、フェリクスから触れるだけのキスが降ってきた。
目を閉じて受け入れて、僅かに離れたフェリクスの唇を追いかけて、今度はリィナからフェリクスにキスをする。

そんな風に、何度か追って追われて、啄むようなキスを繰り返して、そしてどちらともなく顔を離す。

「なぁリィナ。痕を、付けても良いか?」
「──え?」

何を言われているのか分からない様子でリィナが首を傾げたのを見て、フェリクスはリィナの首筋に唇を落とす。

「ここは、見えちまうから付けねー方が良いよな?」
「えっ、あっ……痕、って……」

キスマークの事──と頬を染めたリィナは、それでも何とか小さく頷く。

「そこは……出来れば……」
「じゃあ、こっちだな」

言うや否やフェリクスはリィナのワンピースの前ボタンをいくつか外して、前を寛げる。
そこには既に二晩の間につけられた赤い痕がたくさん散っている。
フェリクスは胸の内側の、まだ痕の付いていない箇所を指でなぞって、唇を落とした。

「んっ……!」

ちゅっと強めに吸われて、リィナの肩がぴくんと跳ねた。

「──痛かったか?」

ぺろりとその部分を舐めて、フェリクスがリィナを見上げる。
リィナは小さく首を振って、そしてフェリクスの服の上からその胸に指を滑らせた。

「私も、やってみたいです」
「ん?」
「フェリクス様に、キスマーク……。つけてみたい、です」

だめですか?と言われて、フェリクスはニッと笑うと、自身のシャツの襟を引いてリィナに向かって首筋を晒す。
リィナはフェリクスの肩に手を置いて膝立ちをすると、ゆっくりとフェリクスの首筋に唇を寄せた。

吸う、という事は、何度もされたから分かっている。
だからリィナは、フェリクスの首筋を恐る恐る吸ってみる。

しゅっと、空気を吸い込むような小さな音がしただけで、吸えた、という感じがしない。
当然、フェリクスの首には何の痕もついていなかった。

同じ場所をもう少し強く吸ってみたら、ちゅうっと音がしてしまって、リィナは慌てて唇を離す。
ふっとフェリクスが笑った気配がして、リィナはそろりと顔を上げる。

「……つきません」

どこか面白そうな表情のフェリクスに訴えると、フェリクスはリィナの腕を取ってリィナの顔の高さまで手首を持ち上げる。
そしてリィナに見せつけるように、ゆっくりとそこに唇を寄せた。

「こうすんだ」

ぺろりと手首を舐められて、そして強く吸われる。
びくりと揺れたリィナの腕を押さえるように掴んだまま数秒、顔を上げたフェリクスがゆっくりと手首を一撫でして、ほらなと笑った。
リィナが手首を見てみると、そこには小さな赤い痕が出来上がっている。

フェリクスはむぅっと唇を尖らせたリィナの唇を突くと、「そのまま」と言ってリィナの頭を自身の首筋に引き寄せる。

「舐めてから、今の口のまんまで吸ってみろ」

言われた通り、さっき手首にされたように、フェリクスの首筋を舐めて、そして吸う。
最中はそれどころではなかったから気付いていなかったけれど、さっきフェリクスは時間をかけて吸っていたから、リィナも頑張って吸い続けてみる。
息が苦しくなって来た頃に唇を離すと、フェリクスの首筋が少しだけ赤くなっていた。

指でなぞってみるけれど、すぐに消えてしまいそうなそれにリィナは眉を下げる。

「やっぱり、ダメみたいです……」

フェリクスはくっと喉を鳴らすと、リィナの頭を自身の首筋に引き寄せる。

「いくらでも付き合ってやる──何度でもやってみろ」


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