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魔道院始末
魔拳の正体
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人間の拳で、竜鱗が破壊される?
あり得ない。
エピオネルの脳の一部は混乱し、一部は怯え、一部は怒った。
だが、竜はその心を分割し、例えば、人間が識者を集めて会議をするような思考を、単独で行うことができる。
エピオネルの統合精神は、起こったことを分析する。
加速された思考は、いま、たったいま、起こったことの結論を出した。
拳による打撃の魔力を乗せた。
魔力による筋力、骨格の強化ではない。熱でも氷でも電撃でも腐食でも振動でもない。
ただ、魔力を打撃として撃ち込んだのだ。
そんなことが可能なのだろうか
古竜エピオネルは、彼女の種族にのみ許された思考力で結論を導き出す。
可能である。と。
ただし、それは、若くして憲法の限界を悟った拳術家が、その後百年に渡って、魔術の研鑽を積み、人間として魔法の限界を極めたところで、一念発起して、また拳法に舞い戻る、などということがない限りあり得ない。
それは魔道の才能と拳術の才能を兼ね備え、いや無理だ。人間の寿命はせいぜい6~70年。
その全てを研鑽に捧げ尽くしても寿命が先に来る。
ただ、例えば、魔力過剰による不老長寿の人間ならば。
理屈は可能。可能だ。
だが、そんなことをする意味がわからない。魔道を極めたなら大魔導師でいいではないか。
まさか、どこぞの迷宮で、魔道を封じられた状態で古竜と殴り合いをする機会に恵まれた、とか。
エピオネルは、自らを古竜の中でも天才であると任じていた。事実このとき、エピオネルはほぼほぼ真実に近づいていたのだが、それを確かめる余裕はない。
鱗は、体からほんの数ミリル浮かせたところに展開していたので、竜鱗の破壊は、イコール、エピオネルのダメージにはならない。
追撃が来る!
エピオネルは、上半身を倒して両手を地につけた。
四足歩行。不安定な二足での歩行に比べ、速度も精度も上がる。ジウルの繰り出した拳の蹴りもすべ空を切る。
そして、攻撃は。
エピオネルは、口腔内の歯を組み替えた。人間のそれから、本来の姿。竜のそれへ。
収まり切らない。牙が口蓋を突き抜け、血が流れるが、そんなものは傷のうちに入らない。
鋭利な刃物を備えたエピオネルの一噛みは、ジウルの肉も骨もまとめて咀嚼するだろう。
いかに強化しようが、人間の肉体には限界がある。エピオネルは古竜だ。全てにおいてそれを超えている。
エピオネルは、土煙をあげて、ジウルの周りを駆け巡った。
ジウルが反応するより。振り向くよりも、エピオネルが回り込む方が早い。
死角からの、ひと噛み。それで全てが終わる。
だが、エピオネルは攻めあぐねていた。
ジウルの拳が。蹴りが。
一撃を彼女の竜鱗を砕いたあの打撃が、襲ってくる。あれは防御不可能だ。
あれを食らってはまずい。
かわすために、エピオネルは距離をとり、また死角へと回り込む作業を続ける。
クソっ!
エピオネルは罵った。攻めあぐねている己の姿に、である。
あの緩くモーションの大きな打撃。続き小刻みでキレのいいコンビネーション。
スピードで勝るエピオネルにも完全に交わし切れる自信はなかった。
すうっと、ジウルが距離をとる。大きな呼吸、そして短くリズミカルな呼吸。
その後、大きなモーションから、例の魔力撃がくる。
そうだ。
エピオネルは気づいた。
打撃に魔力をのせる攻撃には、あの下準備が必要なのだ。その前後の細かいコンビネーションには。
いちかばちか、エピオネルは、ジウルのパンチを、こめかみぎりぎりにかすらせてみた。
これは危険な賭けだった。もし、その細かいパンチにも魔力を乗せているのなら、竜鱗の破壊に止まらない。衝撃だけで、かなりのダメージを受ける危険があった。
だが、衝撃はこなかった。竜鱗も輝きを持ってジウルの拳を弾き返した。
帰って拳を痛めたジウルが、また距離をとる。
わかった。
魔力を込められる打撃は、あの独特な呼吸の後のものだけだ。
つまり、あれを打たせてしまえば、その後の攻撃は全て竜鱗が防御する。
その間に、奴のハラワタごと背骨を噛み砕いて。
END!だ。
ジウルが息を整える。大きく振りかぶった打撃がくる。余裕を持ってかわす。
次の細かいコンビネーションは気にする必要はない。このまま、食らいついて。
竜鱗の防御を破砕したジウルの一撃は、そのままエピオネルの腹筋を貫いた。体をへし曲げて、エピオネルは、舞い上がり、倒れた。
体が。
打ち込また打撃が、全身に耐え難い苦痛をもたらす。
何が起きた。
何が起きた。何が。
「撒いた餌にかかったな、蜥蜴。」
霞む意識に、ジウルの声が聞こえる。
「俺は別に呼吸法なんか使わなくても、魔力を乗せた打撃はいつだってうてるんだ。オマエさんの本気の動きを警戒するあまりに、こんな方法を取ってみたんだが。」
声は呆れたような響きがある。
「まんまと食らいついてくれたもんだな、エピオネルとやら。」
あり得ない。
エピオネルの脳の一部は混乱し、一部は怯え、一部は怒った。
だが、竜はその心を分割し、例えば、人間が識者を集めて会議をするような思考を、単独で行うことができる。
エピオネルの統合精神は、起こったことを分析する。
加速された思考は、いま、たったいま、起こったことの結論を出した。
拳による打撃の魔力を乗せた。
魔力による筋力、骨格の強化ではない。熱でも氷でも電撃でも腐食でも振動でもない。
ただ、魔力を打撃として撃ち込んだのだ。
そんなことが可能なのだろうか
古竜エピオネルは、彼女の種族にのみ許された思考力で結論を導き出す。
可能である。と。
ただし、それは、若くして憲法の限界を悟った拳術家が、その後百年に渡って、魔術の研鑽を積み、人間として魔法の限界を極めたところで、一念発起して、また拳法に舞い戻る、などということがない限りあり得ない。
それは魔道の才能と拳術の才能を兼ね備え、いや無理だ。人間の寿命はせいぜい6~70年。
その全てを研鑽に捧げ尽くしても寿命が先に来る。
ただ、例えば、魔力過剰による不老長寿の人間ならば。
理屈は可能。可能だ。
だが、そんなことをする意味がわからない。魔道を極めたなら大魔導師でいいではないか。
まさか、どこぞの迷宮で、魔道を封じられた状態で古竜と殴り合いをする機会に恵まれた、とか。
エピオネルは、自らを古竜の中でも天才であると任じていた。事実このとき、エピオネルはほぼほぼ真実に近づいていたのだが、それを確かめる余裕はない。
鱗は、体からほんの数ミリル浮かせたところに展開していたので、竜鱗の破壊は、イコール、エピオネルのダメージにはならない。
追撃が来る!
エピオネルは、上半身を倒して両手を地につけた。
四足歩行。不安定な二足での歩行に比べ、速度も精度も上がる。ジウルの繰り出した拳の蹴りもすべ空を切る。
そして、攻撃は。
エピオネルは、口腔内の歯を組み替えた。人間のそれから、本来の姿。竜のそれへ。
収まり切らない。牙が口蓋を突き抜け、血が流れるが、そんなものは傷のうちに入らない。
鋭利な刃物を備えたエピオネルの一噛みは、ジウルの肉も骨もまとめて咀嚼するだろう。
いかに強化しようが、人間の肉体には限界がある。エピオネルは古竜だ。全てにおいてそれを超えている。
エピオネルは、土煙をあげて、ジウルの周りを駆け巡った。
ジウルが反応するより。振り向くよりも、エピオネルが回り込む方が早い。
死角からの、ひと噛み。それで全てが終わる。
だが、エピオネルは攻めあぐねていた。
ジウルの拳が。蹴りが。
一撃を彼女の竜鱗を砕いたあの打撃が、襲ってくる。あれは防御不可能だ。
あれを食らってはまずい。
かわすために、エピオネルは距離をとり、また死角へと回り込む作業を続ける。
クソっ!
エピオネルは罵った。攻めあぐねている己の姿に、である。
あの緩くモーションの大きな打撃。続き小刻みでキレのいいコンビネーション。
スピードで勝るエピオネルにも完全に交わし切れる自信はなかった。
すうっと、ジウルが距離をとる。大きな呼吸、そして短くリズミカルな呼吸。
その後、大きなモーションから、例の魔力撃がくる。
そうだ。
エピオネルは気づいた。
打撃に魔力をのせる攻撃には、あの下準備が必要なのだ。その前後の細かいコンビネーションには。
いちかばちか、エピオネルは、ジウルのパンチを、こめかみぎりぎりにかすらせてみた。
これは危険な賭けだった。もし、その細かいパンチにも魔力を乗せているのなら、竜鱗の破壊に止まらない。衝撃だけで、かなりのダメージを受ける危険があった。
だが、衝撃はこなかった。竜鱗も輝きを持ってジウルの拳を弾き返した。
帰って拳を痛めたジウルが、また距離をとる。
わかった。
魔力を込められる打撃は、あの独特な呼吸の後のものだけだ。
つまり、あれを打たせてしまえば、その後の攻撃は全て竜鱗が防御する。
その間に、奴のハラワタごと背骨を噛み砕いて。
END!だ。
ジウルが息を整える。大きく振りかぶった打撃がくる。余裕を持ってかわす。
次の細かいコンビネーションは気にする必要はない。このまま、食らいついて。
竜鱗の防御を破砕したジウルの一撃は、そのままエピオネルの腹筋を貫いた。体をへし曲げて、エピオネルは、舞い上がり、倒れた。
体が。
打ち込また打撃が、全身に耐え難い苦痛をもたらす。
何が起きた。
何が起きた。何が。
「撒いた餌にかかったな、蜥蜴。」
霞む意識に、ジウルの声が聞こえる。
「俺は別に呼吸法なんか使わなくても、魔力を乗せた打撃はいつだってうてるんだ。オマエさんの本気の動きを警戒するあまりに、こんな方法を取ってみたんだが。」
声は呆れたような響きがある。
「まんまと食らいついてくれたもんだな、エピオネルとやら。」
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