アーリウムの大賢者

佐倉真稀

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王都アルデ(ヒューSIDE)

ダンジョンでの記憶

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「これは僕が作ったものだ。でも、僕も記憶がない。12年前、僕もダンジョンに行って、一部の記憶が欠けてるみたいなんだ。僕はデッザの近くにある幽玄迷宮に行った。メルトは?」
 メルトに戸惑った表情が浮かぶ。
「ヒューが作った? でも俺、ヒューに会った記憶はない。俺はラーン王国の岩山ダンジョンっていう初心者レベルのダンジョンに見習い騎士全員で行って……シャドウバットの群れに遭遇して罠にかかったらしいんだ。罠にかかったらダンジョンの入口に転移していて、でも、俺が罠にかかってから2週間経っていたって聞いた。罠にかかってから入口に立っていたのは俺にとっては一瞬で……その間、ヒューに会って、これをもらった? 覚えてない、そんな……」
 最後の方は独り言のようになって、頭に手をやって、痛みに堪えるような顔になる。そしてそのままメルトは気を失う。
「メルト!」
 俺は大人の姿になって倒れるメルトを抱きとめた。
 メルトの身体をうっすらと金色の光が包む。明滅するそれはメルトがなにかに抗っているように見えた。
 ベッドに横たえ、メルトを見つめる。

 金色の光。

 神の光と言われるそれ。
 俺も、龍に何度か指摘されていた気がする。
 夢でも見てるはずだ。
 12年前の幽玄迷宮での出来事。
 記憶がない間のこと。

 俺の伴侶、俺の運命だ。
 出会っていたらもう囲い込んで離さない。
 それなのに、記憶を奪って離された?
 神の領域だ。
 神が俺たちに干渉している?

 何故だ?

 俺からメルトを奪うなら、神だって許さない。
 世界と引き換えにしたって、俺はメルトを護る。

 メルトが気を失っていたのはそう長い間じゃなかった。
 体感で10分ほど。うっすらと目を開けたメルトの顔を俺は覗き込んだ。
「大丈夫? 気分は?」
「大丈夫だ」
「メルトが倒れている間、メルトがうっすらと金色に光っていた。それは魔力じゃなかった」
 そう言うとメルトが体を起こした。
「ああ、そういえば俺、たまに戦闘中に我を忘れることがあって、その時のこともあまり覚えてないことがある。その時は目が金色に光ってたっていうのは聞いたことがあるな」
「え、メルト、〝狂戦士〟スキル持っているの? いや、そうじゃないな。金色か……もしかしたら俺達はダンジョンの罠じゃなくてもっと厄介な罠にかかっていたかもしれない。騎乗具の依頼を片付けたらラーンに行こうか。どっちにしろ、俺はメルトのご両親にご挨拶をしたいしな」
 俺はそっとメルトを抱きしめた。メルトは力を抜いて俺に体を預けてくる。
 愛しい、メルト。

「なあ、ヒュー、こうやって筋肉をつけるにはどんな食事をとればいいんだ?」
 急にメルトが聞いてきた。ん? ご両親の挨拶と筋肉はどう関係するんだ?
 ああ、でもこの素晴らしい筋肉を維持したいって思っているのかな? 俺がメルトの筋肉に見惚れるから。
 いや、そうじゃない。筋肉が素晴らしいからメルトに惚れたんじゃないぞ?
 きっとメルトのことだから、真面目な話なんだ。
「ん? バランスよく食べるのはもちろんだけど、蛋白源である肉を食べるのがいいんじゃないかな? 特に鳥肉ね。脂のある所よりささみや胸肉がいいかな? メルトは肉をよく食べるようだからそんなにいい筋肉がついたんだと思う。もちろん鍛えないと付かないけど」
 答えるとぎゅっとメルトの腕に力が入った。俺も答えるように強く抱きしめた。
「ありがとうヒュー。このペンダントは、戦争に参加した時も守ってくれた。俺がここにこうしているのはヒューのおかげだ」
 俺は焦燥感に駆られてポレシ戦役に参加したことを思い出した。
 帝国の少年の目。狙われていたのは誰だったのだろう。
 もしかしてメルトはあそこにいた?
 あの時も、俺の記憶には抜けがある。
 不思議と、普段は気にならないが、あの後、何かが手から零れ落ちるようで怖かった。
 あの焦燥感は胸の奥底にまだあって、時々俺の胸をチリチリと焦がす。
 もしかしたらダンジョンに何かがあるのかもしれない。
 メルトの言う、岩山ダンジョン。
 ご両親に挨拶をしたら、二人で行ってみようか?

「メルトは俺の大事な伴侶だから、守れて嬉しい。なんとか、その記憶を取り戻さなきゃな。事件は現場に戻れっていうし、その岩山ダンジョンと俺の行った幽玄迷宮に行ってみるか。幽玄迷宮は冒険者ランクを上げないと入れないから、まずはその岩山ダンジョンだな」
 メルトが頷く。
 まずは結婚式についてだ。ラーンは海を渡って大陸を横断しないと通常は行けない距離だ。時間がかかる。
「メルト、結婚式なんだけど、招待したい人がいるなら、ラーンに行ったときに招待状を渡すといいよ。結婚式は母屋でやることになると思う。俺は、勇者と結婚したけど、グレアムっていうアルデリアの魔導士として結婚したから、ヒューとしては初婚なんだ。貴族として届け出をしないといけないからいろいろ手続きあるんだけど、ハディーがやってくれると思うから……メルト・クレムになるからメルトも貴族だね?」
 メルトの顔が驚愕に染まった。
「え、平民が貴族に?」
「アーリウムはそうなんだよ? 貴族の籍に入れば貴族に。平民の籍に入れば貴族も平民だね? あ、貴族が嫌なら俺がメルトの家に婿入りしようか? そうなると結婚式はラーンですることになるかな? ハディーに言わないと……」
「いい。俺がヒューの家に入る。その、俺でいいなら。貴族のしきたりはわからないからいろいろ教えてくれ」
「わかった。それじゃあ、打ち合わせに母屋に行くか」
 俺はそういって、メルトと共に母屋に転移した。

 ハディーといろいろ打ち合わせて、メルトは衣装の採寸に及び腰になった。宥めるのにイチャイチャしてたら、ハディーが咳払いをして俺たちはぱっと離れた。
「あ、そうだ。夕飯にカレー作れって言われたんだけど、料理長に厨房貸してもらってもいいかなって伝えてくれる? ハディーも食べる?」
「カレーだって!? 僕はライス派だよ!?」
 あ、ハディーも好きだったなあ。周りの使用人たちもざわざわしている。
「俺はナンのほうが好きなんだけど、今日作るのは師匠好みだからそうなるかな?」
 まあ、俺の作るのはジャパニーズカレーだからナンよりご飯が合うんだけど。
 ナンを焼く専用の竈も作ってアイテムボックスに入っている。
「ふふ。大量に作っておいてくれるかな!?」
 大量かあ。正直、いろいろやることがあってそこに注力したくはないなあ。
 うん。料理長に丸投げしよう。きっと新しいレシピも開発してくれる。
 香辛料もそのうち大量生産されるんじゃないかな?
「あー……わかった。スパイス調合のレシピ書いとくよ。料理長に作ってもらえるように」
「あれ? どうしたの? 門外不出とか言ってなかった?」
 ハディーが俺を奇妙なものでも見たような目で見た。
「ん? 別にカレーとかは自重しないことにした。美味しいものは広がったほうがいいでしょう? スパイスとかももう少し、庶民向けに輸出できるようにしたいと思うんだけど」
 前世の日本がカレー天国だったように。だれでも手軽に美味しい物を作れたらいい。
「今は貴族しか買えないくらいの値段だからね。国外では。我が国だってようやっと全領域にいきわたったって感じだからね」
 ハディーが現状を呟く。交通の便が悪い。馬車の旅だからな。
 この世界の現状を憂いた話をハディーとしていたら、いきなりハディーが言い出した。

「そうだね。ラーンに龍の爪の出張所を作って調味料を売るとかだね。貴族への流通は別口でするようにするけれど、まず貴族の買い占めが起こらないようにする対策は必要だろうね。デッザはヒューが頑張れはいいんじゃないのかな?」
「俺が!?」
「そう。自分たちが住むんだろう? 子供もそっちで育てるつもりだろう? だったら環境を自分で整えるくらいしてみたら? それくらい甲斐性を見せたほうがいいんじゃないか? メルトが惚れ直すように」
「惚れ直す……」
 メルトが俺に惚れ直す!?
「が、頑張ってくれ」
 メルトが赤い顔で俺を励ましてくれた。

 よおーし! 頑張っちゃうぞ!
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