アーリウムの大賢者

佐倉真稀

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閑話3(他視点)

帝王グラオザーム(帝王SIDE)

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 息苦しい。
 ずっと思っていた。
 何が息苦しいのかとずっと探していた。押さえつけるような父のあの態度が苦しかった。気晴らしに殴られ、痛めつけられて、許しをこう余の姿を見て笑う。父はポーションを常備していたから、傷は跡形もなく体は元に戻った。しかしだからと言って痛みがなくなったわけではない。

 いなくなればいいとそう思った。だから殺したが、殺すのは一瞬で、それはつまらなかったと、後で思った。
 父がやっていたように、痛めつけては回復させるほうが玩具は長く持つ。絶望を宿すその瞳は余に歓喜をもたらした。そのうち反応がなくなると、つまらなくなって、始末させた。壊れた玩具はいらないのだ。

 この領土を出れば豊かな森が広がるが、そこを我が国の領土とすると途端に草木は枯れ、実りは無くなり、土地は枯れ果てる。不思議なものだ。この国は呪われてるのだ。この国は力の国というがやっていることは野盗やゴロツキと変わらない。建前があるだけ始末が悪い。しかも悪いと思ってないものばかりだ。余を筆頭に上にいるものは搾取するのが己の責務だと思っているかのようだ。

 だが、実らないなら奪うしかないではないか。

 玩具も餌がなければ壊れるのだから。

 隣国アルデリア王国には龍がいる。ワイバーンを飼いならし、空から奇襲してくる。この騎竜部隊の存在が帝国を狭い領土に押し込めた。
 かつてこの大陸の中央を支配していた帝国はアルデリアに敗北し、西側を切り取られ、商業国連合に東側と南側を切り取られた。北は北方の小国が手を組み、抵抗を見せ、帝国は今の領土になった。
 それでも兵力で劣る北方を攻めるが思うようにいかないのが最近の我が帝国の実情だった。
 前帝王は食料を奪うために戦争を仕掛けていた。
 領土にすると実りがなくなるとわかっているので奪うだけ奪ったら、領土にはせずにしていた。
 余が即位してからまだ戦争はしていない。
 だがそろそろ新しい玩具も必要だ。
 食料も足りない。
 北を攻めることにしよう。
 北の人間は色が白い。その白い肌が赤く染まるのは楽しいだろう。

 戦争がしばらくなかったことで溜め込んだ食料を奪う楽しみもある。
 さて、殺しあう絵は余を楽しませてくれるだろうか。

 兵を動かすにも色々と物入りだ。情報収集もかねて野盗に扮した部隊を国境付近に放つ。
 小さな村を襲い、街道を通る商人を襲い、必要にたる物資を集めた。
 思いの外時間がかかったが使い捨ての兵を北方に送るだけの準備は整えた。
 北方の兵力も把握した。

 負けることはないはずだった。

 だが我が帝国は大敗した。北方も魔術師は少なく、歩兵中心となった戦いであったはずだ。通常であれば、数の多い方が勝つ。
 報告を見ればラーン王国の部隊がもたらした被害が多かった。あの国は傭兵まがいの騎士団を持っている。練度の差ということか。
 そして数少ない魔術師団は魔法で倒されている。
 そんな強力な魔術師は北方に存在したという報告はない。
 魔術師団は序盤にもう後方に下がったと報告にある。
 では身を隠して動き回る部隊がいるということか?

 次の戦は一年後に仕掛けた。

 前回と同じような結果になった。

 何か、いや、誰かが巧妙に動いている。しかも魔術師だ。それも、隠蔽魔法か気配遮断の使える凄腕の魔術師。
 被害をもたらしているものはもう一人いるが、これは純粋な力押しだ。対処はできる。
 魔法は厄介だ。
 魔力に対する耐性がないとたやすく被害を受ける。
 我が帝国人は魔力量も少ない。魔力が多いのは貴族と王族。裕福な家庭のもの。

 平民や玩具が魔力が少ないというのはなんとなく理由が知れる。
 これほど荒廃した土地に住む帝国人が魔力が少ないのは当然のことだ。
 ではその魔術師は豊かな国の者。
 我が帝国に敵意のある者。
 国レベルか個人レベルかは知らないが、面白い。

 次の戦争ではその正体を暴いてみせよう。

 ああ、もうこの玩具も壊れたか。
「いつものように処分しろ。」
「はっ」

 余は手についた玩具の血を舐めた。
 きっとその魔術師の血は甘いだろう。
 捕えて玩具にする。

 ああ、その時が楽しみで仕方ない。
 この息苦しさも、その時になくなるのだろうか。

 魔術師を揃えて、その魔術師をあぶり出すことにした。
 余もひさしぶりに戦場へ出よう。あの戦場の空気はいい。殺しあうあの、光景は余を高揚させる。
 玩具も捕まえられる。

 その日が来るのが待ち遠しいなど、久しくなくて、玩具を弄ぶ手に力が入って壊してしまった。

「いつも通りに。」
「はっ」
 この側近も、いつも青い顔をしているが体調が悪いのだろうか。
 それとも十分に食べてないからか。
 今度の戦ではもっと略奪するよう指示をせねばな。

 さて、その魔術師はどこにいるのか。
 ラーン王国の“金の狂戦士バーサーカー”はすぐ見つかった。
 白い鎧に金の髪、ひときわ長身で、がっしりした体躯のメイル。
 その後ろから所属部隊が掃除屋をしている。
 一番後ろにいる指揮官と貴族らしいものの動きは見覚えがある。

「屍肉あさりか。あれでは活躍しがいもあるまい。」
 手柄は上のものが全て吸い取る。我が帝国の貴族は皆そうだ。ではあの者は平民ということか。
 あの者も丈夫そうで、玩具としては楽しめそうだが。
 今は例の魔術師だな。
 しかし我が軍の動きは酷い。いくら訓練してない民兵や奴隷といっても酷すぎる。
 これでは倍以上の人数差がないと難しい。この3年で随分減ったから補充せねばなるまい。

「見つけました!!!」

 やっとか。指で示された方向を見る。
 魔法が解けて、姿が現れる。
 フードを被った、小柄な人物。
 フードから零れた茶色の長い髪が舞った。

「向かうぞ!ついて参れ!」
 乗っていた馬に鞭を入れその人物の元へ向かう。さりげなく包囲をするようすでに命じてある。
 面白い玩具を逃すわけにはいかない。

「お前か。散々我が軍を弄んだ、という魔術師は。子供ではないか。」
 フードからチラチラと覗く顔を見て、余は驚いた。
 子供であるが、壮絶な美形だ。これはいい。
「………………。」
 だんまりか。生意気な。
「だんまりか?お前一人にだいぶ兵がやられたようだ。お前はたやすく死ぬなどできないと、心得よ。」
 これからこの玩具をどう甚振ってやろうかと考える。ああ、ゾクゾクしてきた。
「兵の命など、毛ほどにも感じていないくせに。」
 子供の声だ。通る、いい声をしている。確かにその通り。兵など消耗品だ。補充すればいい。しかし、金がかかるし、すぐに補充できるとは限らない。

「くくっ確かに。だが余は余の許しを得ず、余のものを壊す者は許さぬ。お前は余が飽きるまで余の気晴らしに付き合ってもらおうぞ。」
 こいつはすぐに壊れない。楽しめそうだ。
 怯えて震えるわけでもなく包囲されて平然としているように見えた。
 だが違った。手が震えていた。
 恐怖を感じているのか、と思った。それならつまらないか、と思った瞬間だった。

「誰に向かって口を聞いている?ヒューマンごときが。」

 威圧のこもった低い声が聞こえた。ヒューマンごとき?

「たかだか生まれて17年の小僧に、そんな口を聞かれるいわれはない。1000年は生きてから言え。僕と、僕の大事なものに手を出すというなら帝国は潰すぞ。」
 何を言っているのだこいつは。子供とはお前のことだろうと、口を開きかけて。
 圧倒的な魔力とは物理的な圧力を伴うと初めて知った。

 気を抜くと気を失う。現に周りにいた者達は膝を折った。
 魔力感知に長けている魔術師から悲鳴が上がった。
 この者は何者だ?
 死の恐怖を感じている。
 この余が!初めて!!

「何者、だ?お前……」
 引き絞るように声を出した。力を入れなければ声は出なかった。

「僕に応える義理はないね。」
 軽い調子で答えたその者はひらりと宙に浮かんだ。
 その上空に龍が出現した。
 突然だ。
 羽ばたきに吹き飛ばされそうになる。その龍の背に乗った魔術師はまた恫喝を放つ。

「いいか?これ以上手を出したら本気で潰す。覚悟しろヒューマン。」
 そのまま龍とともに空の彼方に去っていってしまった。
 あまりの出来事にこの余がぽかんとして見送ってしまった。

「クク……あーっはははっ……」
 我が帝国軍が敗走する中、余は楽しくて仕方がなかった。

 あの魔術師を捕えるのならば、搦め手でいくしかあるまい。あの者の大事なものを捕えておびき寄せる。
 さすがに龍を操る者などアルデリアの者としか考えられん。発言を考えればエルフかもしれないがエルフは魔法を使わない。

「戦はしばらくお預けだ。国内を整えて、あの者に対抗せねばならん。退くぞ。」

 ああ、これから楽しくなる。

 捕まえるぞ、待っていろ、魔術師。

 息苦しさは消えていた。
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