アーリウムの大賢者

佐倉真稀

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金の夢と、失くした記憶(ヒューSIDE)

細い糸

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 青の結晶の報酬をもらいにボルドールの工房を訪ねた。
「あー悪い悪い。渡してなかったか?」
 悪びれもせずに、しれっと言うボルドールを半眼で見る。

「何にも?」
 ガハハと笑って胸を張るボルドールがニヤニヤしながら言ってきた。
「色つけるから許せ、許せ」
 バンバンと肩を叩かれた。痛いっつーの。

「そうだ、あの剣、手入れするぞ。出せ」
 手を出されて首を傾げた。
「火竜剣だよ。」
 ああ、あの剣か。ボルドールが傑作だ! と自慢してきた奴だな。
 そう思いながらアイテムボックスを探るが、ない。
 あれ?

「ない」
「は?」

 なんで、ないんだ。あの剣……。
 そう思って、頭の片隅を何かがよぎる。微かに胸がチリっと痛んだ。

『……ありがとう……』
 はにかむような微笑み。金と翠が嬉しそうに俺を見る。

 そうだ。あげた。
 ーーーに。

 ああ。会いたい。
 会いたい。ーーー!!

 何故だか、わからない。感情がぐちゃぐちゃに乱れる。

「どうした? ヒュー……」

 ボルドールの顔が見えない。なんで……。
 パタパタと涙が落ちた。
 泣いているのに、気づいた。

「あれ? なんで……」
 なんで、こんなに苦しい。
「ヒク……っ……」

 ボルドールの前なのに、止まらなかった。
 止まらなかったんだ。

「で、結局どこにやったかわからないと?」
 ボルドールが顎に手を当てて首を傾げる。俺だって首を傾げたい。

「アイテムボックスから出すわけないんだけど。……誰かにあげた気も、しないでもない。」
 ボルドールが目を見開いて口を開けたまま固まった。

「はあああ!? お前が!??」
 あまりの大声に、状態異常無効が仕事をした。俺の鼓膜は守られた。

「ありえん。そもそもあげるほど親しい間柄の剣士なんていないだろう?」
「あーうん。そうだと思うんだけど、ないのは確かだし。あの剣の所有者登録、してなかったから魔力を辿るのも無理だしなあ」
「ヒューが所有者登録させないであげるはずもないだろう?覚えてないのか?」
「あったとしたら、青の結晶を採ったときかも。実はその結晶採ってから出てくるまでの記憶が飛んでるんだ。多分、出会った誰かにあげたんじゃないのかな?」
「……それは本当か?」
 ボルドールの眉が寄る。

「その時からちょっとおかしいんだ。俺。加護で状態異常にかかるはずはないんだけどね。実はアイテムボックスからなくなったの、それだけじゃないんだ。」

 俺はおどけたように肩を竦めて見せた。さっき改めてアイテムボックスの中身を確かめた。
 一応リスト化してるので使ったものはわかるようになっている。

「作り置きした食料、二週間分。素材がいくつか。あと、ダンジョンに入るまでなかったものが一つ。大きな魔石だ。火属性で魔力がかなり詰まっているから、多分、ボスを倒した後のドロップアイテムっぽい。それがあった。そんな大物と戦った記憶はない」

『……二人で倒した……』
 ああ、ーーーが、俺に取っておけと言ったのだ。二人の討伐記念に。

 頭がずきりと痛んだ。
「う……」
 思わず頭を抱えて蹲った。

「どうしたヒュー?」
 俺は頭を上げて首を振った。
「だ、大丈夫……」
 ボルドールが驚いた顔をした。
「目が……金色? いや、消えた?」
 目が金色? そういえば龍もそんなことを言っていたような?

「とりあえず、しばらく龍の塒にこもってる。報酬忘れてた件は一度だけ俺の無理を聞いてくれるってどう? 色はつけないでいいよ。例えば剣を打ってとか、防具作ってとかね? ボルドールの待ち客飛び越してでも作って欲しいって言ったら作ってくれよ?」
 冗談めかして、言ってみた。

「大賢者の頼みごととあれば聞かないわけにはいかんなあ。その代わりまた採取依頼したら受けてくれるんだろう?」
 ニヤッと笑ってヒゲを撫でたボルドールは俺に頼み返した。
「龍の鱗ならいくらでも?」
 笑って手を振って、ボルドールの工房を出た。帝国の動向は定期的にミハーラが情報を掴んでくれるだろう。

 俺はほとぼりが冷めるまで引きこもろう。きっとーーーは、もう危ない目には合わないはずだ。
 ずきりとまた痛んだ。

「頭痛持ちじゃないはずだけどな……」
 王都の市場で大量に食材を買い込んだ。龍の塒に戻って、料理を始めた。
 龍の好物のクッキーと、消えた食料の補填。食料はあって困らないからな。
 それから……。

 マリッジリングとか、エンゲージリングとか、作ってみようか。この世界はあまりそういうことはしないのだけど、将来のために考えておこうか。

 金の世界だ。……いつもの、夢?

 そこに、メルトがいた。悲しそうな顔をして。

『ヒュー、俺、浮気した。』
 え、どういうこと?
『ヒューだと思って、勘違いした。』
 え? 勘違い?
『ヒューが迎えに来てくれたって思った……だけど違った。許してヒュー……』
 あまりにも悲しそうな顔をするメルトを思わず抱きしめる。
 メルトが悲しむことはないんだ。
 俺が悪い。迎えに行くって約束をしたのに、思い出せない俺が。
 夢ではこうして会えるのに。この夢での逢瀬が、俺とメルトを結ぶ細い糸のような繋がり。

『浮気? 何があったの? メルトが浮気するなんて信じられない。謝らないで。俺が思い出せないばっかりに迎えに行けない。許しを乞うのは俺の方だよ?』
 腕の中にいるメルトは相変わらず、いい匂いがする。柑橘系の、爽やかで、それでいて甘い香り。
 ああ、テントの中に残っていた、あの残り香と同じ匂い。

『俺も、思い出せないんだ。こうしてると思い出せるのに』
 メルトをぎゅっと抱きしめる。そのメルトは随分、思い出よりは成長していて。
『俺、フィメルらしくないって言われてる。ヒューはこんな俺でもいい?』

 ん?? どこからどう見ても、フィメルだけどなあ? そいつらは目が節穴なんだよ。
 今のメルト? ……やべえ、俺の理想の筋肉が目の前に……。
 思わず、腕から解放して、上から下まで、そして後ろにも回ってみた。
 鼻血出そう。尻なんかすごい。そりゃあ、目が行くよ。触りたい。

『メルトは随分綺麗になったよ?この胸も、腕のしなやかな筋肉も、この引き締まった尻も』
『ヒューは時々変なこと言う。』
 赤くなって口を尖らすメルトは可愛くて……。ついキスをしてしまう。
『……ん……』
 甘い、メルトの魔力。夢の中だけ、繋がってるのかもしれない。
 いや、細く細く、俺が感じ取れないほどだけど。ずっとずっと、繋がっているんだ。
 この金色の細い糸は。

『愛してるよ、メルト』
『俺も好き。愛してる。ヒュー』

 そしてつかの間の逢瀬を甘い夢で満たした。

 でも、起きると忘れてしまう。
 そういう時は必ず頭が重かった。手を伸ばした先のシーツの冷たさが、胸を刺した。

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